中等部に進学したら同じ部活に入りたいと言ったのは確かに江晩吟なのだが、どうやら違うものに興味を持ったらしい。それでも運動部に入るだろうと思っていたのだが、江晩吟が選んだのはなんと調理部。どういうことかと思ったのだが、なにやら理由があるともごもごと誤魔化されてしまう。しつこく追及するとうるさい!と怒られ拗ねられる可能性もあるため、そうなの…と納得してみせるしかない。夏季休暇はこれから先も一緒に過ごせないと落ち込む『お兄ちゃん』たち、藍曦臣、魏無羨、金子軒、それと一応藍忘機とは違い、聶懐桑と金光瑤はにっこにこだった。
さて、江晩吟である。夏季休暇を一緒に過ごせないのが悲しくて悲しくて仕方なかったはずの彼が、どうして調理部に入ったのか。そんなの理由はひとつしかないのだが、察してくれたのは姉がいちばん最初、次は金光瑤と金子軒、聶懐桑、聶明玦、意外にも魏無羨より藍忘機の方が先に理由を察した。
「晩吟、今日の活動ではなにを作るの?」
「ドライフルーツをいっぱい入れたパウンドケーキ」
「わたしも遊びに行こうかなぁ。そして晩吟が作ったパウンドケーキを魏兄たちより先に食べるの」
「懐桑、いい考えですね」
「でしょう?」
「お前たちはお前たちの部活に顔を出せ」
午前中の中休み、金の双子と聶懐桑は江晩吟の教室に顔を出していた。魏無羨は先生に仕事を任され、藍忘機はその手伝いで来ていない。そう言えばわかりやすくしょんぼりとしたが、仕方ないと寂しそうに笑った。わかりやすい強がりに金子軒が江晩吟の頭を撫で、聶懐桑はほっぺたをふにふにと摘んで揉んで挟んで撫でた。
「調理部の活動は週に二回、結構色んなものを作るんだね」
「この間はブイヨン作りとか言ってたな。あれどうなったんだ?」
「冷凍庫に小分けして入れられてるよ。今度カレーとか、色々作るんだ。そしたら運動部に差し入れするって」
「…確かに去年そんなこともあったな」
「部活は中高合同だもん、曦臣兄さんにも食べてもらえるね」
「…うん」
一回目は無難にクッキー、二回目は炊き込みご飯をおにぎりにして、三回目はカスタードを作ってそこからお菓子を作り、四回目はチーズケーキ。五回目はからあげ。全部、江晩吟は部活終わりの『お兄ちゃん』たちに差し入れた。いいなと手を伸ばしてくる知らない先輩に驚き魏無羨か金子軒の後ろに隠れ、それでも持ってくる江晩吟に藍忘機は問うた。君は兄上に食べてもらいたくて持ってきているの、と。
ほんとうは夏季休暇を一緒に過ごせないのが悲しくて、運動するのだって好きだから同じ部活に入ろうと思っていた。でも中学に入る前の最後の夏季休暇、聶明玦に説得され作ったご飯を食べてもらった時。美味しいと言ってもらえたのが嬉しかった。お世辞かもしれないけどまた作ってと、今までいちばん美味しかったと言ってもらえたのが嬉しかった。なにより自分が役に立ったと明確にわかり、求められたのが嬉しかった。
料理は姉がするし、母に言えば手伝いをやらせてもらえる。それで十分だとは思えなくて、誰もが驚いた選択をしたのだ。どうせ食べてもらうのなら美味しいものを、もっと美味しいものを、そしていつか望まれるものを作ってあげたい。作れるものをではなくて、なんでも、どれでも、遠慮なくリクエストをしてもらいたい。料理の練習をしたいのならいい部活があるよと金光瑤に教えてもらい、江晩吟は調理部への入部を決めた。
「じゃあこうしよう。わたしはカメラを持っていって、晩吟がパウンドケーキを作ってるのを撮る。立派に活動してることになるよ」
「こういう時の美術部って便利ですよねぇ。絵画、彫刻、写真、映像もありなんて」
「光瑤はどうするんだ?」
「大人しく活動場所で碁を打ちます」
囲碁の全国大会で優勝した金光瑤は部員相手では張り合いがないと言うが、部員たちにとってはいい練習だ。退屈だと思っても仕方のないことだし、終われば江晩吟がパウンドケーキをくれるのが決まっているのだと自分に言い聞かせる。そのままもう少し話そうとしていたが予鈴が鳴り、金子軒、金光瑤、聶懐桑は教室へと戻っていった。
午前、午後の授業が終わり、放課後の部活動の時間。調理部の活動がある日は校内にいい匂いが漂い、今日もまた溶けたバターの匂いに始まりパウンドケーキの焼ける匂い、それもどうやらプレーンとチョコレートの二種類だと鼻をひくつかせる者が多かった。
「江くん、アイシングの準備はできた?」
「はい。固さはこれくらいで大丈夫ですか?」
「ばっちり」
「ああー、どうかドライフルーツが沈んでませんようにー!」
「沈んでたら次は沈まないように反省…」
「打てる手はぜーんぶ打ったからなにが悪いかわからない」
「ドライフルーツが重いとか?」
「あんまり細かくしすぎても悲しいじゃんか。ねぇ、江くん」
「俺もそう思います」
調理部に所属しているのは江晩吟を含めて二十三人。同じ中学一年生は江晩吟ともうひとりだけでほとんどが先輩だが、優しく穏やかな人ばかりで江晩吟も楽しく活動できている。そして江晩吟は調理部の先輩たちが『お兄ちゃん』たちとなにかしら話をしていたことを知らないし、その話の内容はできれば忘れたい恐怖だったとしか先輩たちも言わないことだった。
「江くんは今日作ったのもいつもの先輩たちのとこに持ってくのか?」
「藍兄弟、金兄弟、聶懐桑と魏無羨だったか」
「なかなかにすごい集団だよなぁ」
「…恐ろしいよな」
「ああ…」
「たぶん大人気ないっていうんだぜ、ああいうの。藍曦臣とか特に」
「曦臣兄さん…藍先輩は優しいですよ?」
「そうだろうとも」
訳知りというように頷く先輩たちを見て、江晩吟とたったひとりの同学年生の人は目を見合わせ、不思議そうに首を傾ける。なにかあったのかと何度か聞いたことはあったが、知らないままの方がいいこともあるんだよと言われてしまったのだ。江晩吟にとっては全員が優しい『お兄ちゃん』で、恐ろしいという単語にどう頑張っても当てはめられない。自分が知らない一面があるのは寂しいような悔しいようなだが、そういうこともあるのだと聶明玦に言われたのでそういうものなのだと納得した。
私立学校らしく設備が充実しているため、二種類のパウンドケーキをふたりでそれぞれひとつずつ、ふたりで二個、実質ひとり一個焼けるだけの型やオーブンが調理室にはある。本来なら部長を務めている高校三年の生徒がひとりで二種類を焼くことにはなっていたのだが、六人に差し入れると言っている江晩吟が先輩たちのアドバイスをもらいながらひとりで二種類焼いていた。焼き上がったら中までちゃんと火が通っているかを確認して、冷めたらアイシングをかけて、固まったら切って用意してある保存容器に詰める。
「まだ焼けてないのに嬉しそうだな、江晩吟」
「えっ」
「江くんはいつも楽しそうに作ってるね」
「いいことだぞ。顰めっ面で作るよりずっといい」
「今回も喜んでもらえるさ。なんたって君の手作りだ」
「…はい」
パウンドケーキが焼けるまでタイマーではあと残り二分とちょっとだが、もう少し焼かなければいけないかもしれない。片付けとかが終わって調理室を出るのはもっと先で、運動部の『お兄ちゃん』たちが終わるのは更にその先。
「美味しくできてるといいな」
お疲れ様と言って、邪魔にならないところでパウンドケーキをあげる。食べたそれが美味しかったか聞いて、そして。
美味しいよ、阿澄。
だいすきな人が笑ってくれるのが、いちばん、嬉しい。今のところ全部に言ってもらえてるけれど、今回はどうだろう。残り十秒、オーブンの前にしゃがみ込む江晩吟は、よく膨れていい焼き色が付いているパウンドケーキを取り出すために、ミトンを両手にはめた。ピーッと焼き上がりを知らせる音。調理室いっぱいに、魅力的な甘い匂いが満ち溢れた。
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みんなのかわいい弟江澄のおはなし
初公開日: 2021年08月18日
最終更新日: 2021年08月18日
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