手にしていた本をテーブルに置き、窓の外を眺める。気が付かないうちに日は傾き随分と時間が経っていたようで、こはねは小さく息を吐いた。少し前に入れていた紅茶もすっかり冷めており、こはねがティーカップに触れたところで指先は陶器の冷たさを感じるだけだ。紅茶が冷えるほどの時間没頭していたとなると、悪魔と言えども同じ体勢でいれば体も凝り固まる。ぐぅっと腕を伸ばしているところで、コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。
「小豆沢、入っても大丈夫か?」
「あっ、うん! 大丈夫だよ、青柳くん!」
 こはねの返事から数拍してゆっくりと扉が開かれて、冬弥が顔を覗かせた。椅子から立ち上がったこはねがそのまま冬弥に近付いていく。彼女から伸びたしなやかな尻尾がゆるゆると左右に揺れているのを見て、まるで犬のようだと浮かび冬弥は笑みを零した。そんな冬弥の様子を見て首を傾げるこはねに、彼女の追及が来る前にと冬弥は口を開く。
「今日はもう誰も来ないだろうから、そろそろ教会を閉めようと思う」
「確かにもう夜も近いし、それこそ急ぎの用がある人じゃないと来ないよね」
「……そうだな」
 少しだけ眉を下げ、困ったような表情を浮かべながら冬弥は笑う。病院ならともかく、教会に急ぎの用があってやってくるような人間なんて、それこそ悪魔や屍人と言った悪しき存在を退治してもらうことを目的としていることなんて、こはねも当然理解しているはずだ。それを仄めかすようなことを退治される側の存在が、退治する側の存在に向けて言うのは頭から抜け落ちているのか、それとも自分が冬弥には退治されることなんてないと信じ切っているのか。別の理由があるにしろ、それを察することが出来るほど冬弥はこはねをまだ理解しきれていない。いくら彼女の家名を教えてもらっていたとしても、自身のテリトリーである教会で彼女が過ごすようになったとしても。
「じゃあ、借りていたティーカップとか片づけちゃうね」
「そうしてもらえると助かる。その間に俺も出る準備をしておくから、終わったらこの部屋で待っていてくれ」
 冬弥の言葉に、こはねが了承の返事と共に強く頷く。その姿を見てから冬弥は小部屋を後にした。ぱたぱたと軽い足音を響かせて部屋の奥へとこはねが戻る姿を脳裏に浮かべ、彼は頬を微かに緩ませる。きっと彼女は自分の言葉に従い、ティーカップを片付けたらあの小さな部屋に戻ってただ冬弥のことを待っているのだろう。部屋を、教会を抜け出してそのまま出て行くこともせずに。揺れる尻尾も相まって本当に犬らしいなと、自身の豊かな想像力に冬弥はくつくつと笑った。
 祭服から普段着に着替え変える準備も終えた冬弥は、部屋で待つこはねの元に向かう。先ほどと同じようにノックをして扉を開けると、そこには冬弥が想像の中で描いていた通り、椅子にちょこんと座ったこはねが待っていたため、今度こそ堪えきれず冬弥は軽く噴き出した。
 こはねが門の外に出たのを確認してから、冬弥は教会内の結界を張り換える。こはねも含め、悪しき存在は一切入ってくることがないようにするための結界は、こはねと出会ってからもう何度も張ってきたものだ。この教会に着任してから、冬弥の結界を張る技術は格段に上がった。より効率的に、より効果的に。実地で覚えていくのが一番だと神学校では教わってきたが、まさしくその通りであったのだと冬弥は一人頷く。
「……大丈夫そうだな」
 門の前に手を翳し、結界の様子を探っていくが綻んでいる個所や歪な個所は見受けられない。これなら教会に悪しきものが入り込むことはないだろう。呟いてから冬弥はゆっくりと体を振り向かせ、後ろで待っていたこはねの方を向く。
「待たせたな、小豆沢」
「ううん、大丈夫だよ。他はもう大丈夫?」
「あぁ。扉には鍵もかけているし、門も閉めたから大丈夫だろう。流石にここまでやってきて入り込むような悪戯をする者もいない筈だ」
「ふふ、それもそうだね」
 くすくすと笑うこはねにつられるように冬弥も笑みを零す。街から幾分か離れているこの教会は、届く街灯りが少ないこともあって悪戯目的でやってくる者は殆どいない。以前、冬弥の前任者がいた頃にはそういう若者もいたらしいが、それも聞いた話なだけで姿を見たことはない。もちろん、いないに越したことはないため、冬弥がそれを悩むことなんてないが。
 一歩、こはねが足を踏み出したのを見て、冬弥もそれに倣うように歩みを進める。ランタンであたりを照らすことも出来るが、幸い今日は満月の日であった。薄暗い夜道と並んで歩く冬弥とこはねを、月明かりが柔らかく照らす。雲のない空のおかげで視界は良く、どうせ街に戻ればランタンの灯りを消すことになるのだからと、そのまま歩いていく。
「そういえば、青柳くんは夕ご飯はどうするの?」
「昨日作ったスープが残っているから、帰りにパンを買って家で食べるつもりだ」
「そっかぁ。……あ、それなら」
 ポン、と手を合わせてこはねが冬弥を見上げる。月明りを反射した丁子色がキラキラと輝く。何を言うのだろう、小さく首を傾げる冬弥にこはねは楽し気に笑いかけた。
「えっとね。この間、友達から美味しいからってワインを貰ったんだ。でも、私一人だと飲み切れないし、青柳くんがよかったら貰ってくれないかな?」
「友達が?」
「うん。あ、くれたのは悪魔の友達だけど、呪いとかはないし、毒とかもないと思うよ! 友達も私が飲むためにくれたものだから」
「……それを俺がいただいていいのだろうか」
 こはねの貰ったものなのだから、彼女が飲んだ方がいいのではないかと思い、その意図を込めて冬弥は言葉を返すが、そんな冬弥の疑問を吹き飛ばすようにこはねは笑う。
「うん、だからね。もしよければなんだけど、今日一緒にご飯を食べませんか?」
 まるで歌うように告げるこはねの言葉に、冬弥は少しだけ目を丸くする。そんな冬弥の姿を見て、まるで悪戯が成功した子供のような表情を浮かべたこはねが、冬弥よりも一歩前に足を進めた。ゆらゆら揺れる尻尾とこはねの頭を飾る硬質な角を視界に入れ、冬弥は改めて彼女が悪魔なのだと実感する。たまに集会に訪れた同年代の青年が、魅力的な女性の事を小悪魔のようだと評していたのを、彼は今になって思い出す。あの時はどうしてそのような評価をするのだろうかと考えていたが、確かにそういう評価はあっているのかもしれない。現に、冬弥はこはねからの魅力的な誘いを拒もうと思えないのだから。
「……もちろん、喜んで」
「! えへへ、嬉しいな」
 頬を薄紅色に染めて微笑むこはねから、冬弥は目を離せない。揺れる感情は辛うじて隠すことが出来ているが、表情に出てしまっていないかと妙に不安になる。これで、こはねが冬弥の感情から得られるエネルギー目的で、こんな素振りを見せているのであればまだ心の切り替えも出来るが、そうでないことを、冬弥は十分に理解している。だからこそ、それが厄介なのかもしれないが。
 こはねにバレないように、冬弥は小さくため息をつく。それはある意味こはねに向けてのものであるし、自分に向けてのものでもあるからだ。きっと、こはねはそれに気付いてしまうだろうけれど、少しでも隠そうとしているものをわざわざ掘り出すような性格はしていない。現にその意図を組んだこはねは、ぴくんと尻尾を揺らすだけで冬弥のため息に関しては何も触れずに、そのまま言葉を続ける。
「じゃあワインと、あとなにかワインに合いそうなものを持って青柳くんのおうちに行ったらいいかな?」
「それで頼む。俺もなにかスープ以外にも用意しておこう」
 とん、とん。跳ねるような足取りでこはねが冬弥の前を歩く。その後を続けるように歩く冬弥も、どこか嬉しそうな空気を身に纏っている。
 地面に映し出した二人のシルエットが踊っているようであることを知るのは、空で瞬く星々と二人を照らす月のみであった。。
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書き下ろしSS用ライブ
初公開日: 2021年07月25日
最終更新日: 2021年07月25日
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webオンリー用ネットプリントのSSを書くためのライブ
センシティブ話練習のためのテキストライブ
偉い人は言いました、「ないなら書けばいいじゃない」そんなわけで冬こはのセンシティブ話を練習するための…
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七草
【二次】SS書いてく【初めてのテキストライブ】
桃鬼のむきょまゆめSSを書いて行こうと思います。書きあがったものはXにて投稿予定。
渚紗