夜の山中。
白い校服の裾を広げて、藍曦臣は地面に座り込み、江澄はその膝の上に抱えあげられている。
ふーっ、ふーっ、と荒い息をつく藍曦臣に抱き込まれて、江澄は呆然としていた。
なにが起きたか理解はしているが、どうして抱きつかれているのかはわからない。
「沢蕪君……」
返事はない。ただ、首筋に熱い息がかかるだけ。
藍曦臣になにが起きているか、正しく江澄は理解していた。彼がくずれ落ちる前に慌てて口に放り込んだ丸薬は、きちんと役目を果たしてくれるだろうか。
ざわざわと風が葉を揺らす。
信号符を師弟にすべて渡してしまったのは失敗だった。藍曦臣は持っていないだろうか。尋ねてみようかと思うものの、この様子ではたとえ持っていたとしても取り出す余裕はなさそうだ。
「すみません、江、宗主……」
「いや……」
江澄が少し体を離そうとすると、しがみつくかのように抱きしめる力が増した。
鼻腔を白檀の香りが満たす。
江澄は白い校服の端をつかんだ。
こんなところで、なにを言おうとしているのか。下唇をかむ。だが、藍曦臣はひどくつらそうで、見ていられない。
「あ……」
ふいに藍曦臣が大きく息を吐いた。続けて、首と耳の境に、あたたかなものが押しつけられた。
「江宗主……」
江澄は息を飲んだ。体の内側から湧き上がるようにあふれた熱が、顔にも、足にも、満ち渡る。
「沢蕪君、その、もし、よければ」
「いけない、江宗主」
藍曦臣は初めて腕の力をゆるめた。
「その先を言っては、いけない」
正面からのぞき込まれて、息が詰まる。
その瞳は暗い中でもわかるほど、熱に飲まれてぎらついていた。
江澄は吸い込まれるようにして目を閉じ、唇を合わせた。
次の瞬間、後頭部を押さえ込まれて、舌が唇を割って押し入ってきた。口の中をなめ回す舌に、自分の舌を差し出すと、じゅっと吸われた。
「んっ」
江澄は藍曦臣の首に腕を回した。胸をしめつける感情に名前を付けられない。
初めての口づけをこんなふうに交わすことになるとは思っていなかった。いやではない。それどころか、たぶん、これはうれしい。
藍曦臣は口を離すと、今度は江澄の首筋にかみついた。
ぞわぞわとしびれが背筋を走っていく。
「うわっ」
どさり、と地面に押し倒されて、江澄は目を見開いた。
覆いかぶさる藍曦臣も、何故か驚いたように動きを止めた。
気がつけば、袷はくつろげられて、夜の気配が胸をかすめていった。
「沢蕪君?」
「すみません……」
腕を引かれて、体を起こされて、再び江澄は藍曦臣の腕の中に戻った。
「江澄、すみません」
藍曦臣は江澄の背中を払い、髪についた木の葉をていねいに取り去った。しかし、腕を離す様子はなく、江澄は理由もわからずにされるがままになっていた。
「沢蕪君、その」
「もう、薬が効いてくるのでもう少し」
やはり腕を解く気はないらしい。
江澄は身じろぎをして、体を藍曦臣に預けた。
びくり、と藍曦臣がふるえた。
また、瞳が江澄をのぞき込む。
熱は去っていない。ただ、その輝きはさきほどよりもおさまって、いつもの藍曦臣のまなざしに近い。
江澄はまぶたを落とした。
二度目の口づけはやさしく触れるだけだった。