あ、しまった、とレオが思った時にはもう遅かった。切り口からジワリとのぞく赤。鮮やかな色をしたそれは、ゆっくりと、でもとどまるところを知らず溢れてくる。
ザックリいったなあ、とどこか他人事のように思った。痛みはまだ感じていない。
左手人差し指の腹、たかだか一センチほど。それでも思いのほか深く刃が入ってしまったらしく、赤色はレオの視界に徐々に広がっていく。
ぼんやりと自分の血液の溢れるさまを眺める。頭の中では包丁洗わなきゃとか、食材しまって止血、消毒して絆創膏貼って、とか。しなければならないことは思いつくのに、どうにも実行に移せない。
月永レオは、痛覚に疎い。
痛みを感じないわけではない。痛みを感じるのが遅い。他人の感覚はわからないが、人より痛みを感じない、のだと思う。レオ自身は勝手にそう分析している。レオにとって痛みは、鋭くもなく、己の体を刺すようなものでもない。鈍い、ぼんやりとした熱が、ただただ伝わってくるだけだった。
痛がるわけでもなく、さりとて我慢しているわけでもなく。血が流れるのを見ているだけで時間は過ぎていく。
それでも急に、耳慣れたメロディが飛び込んできて我に返った。
夕焼け小焼け、日が暮れて。歌詞のないピアノの音がかすかに外から聞こえる。子供たちに帰宅を促すメロディ。どこかもの悲しさをはらんだそれは、夕方十七時を告げるチャイム。
音楽と時間が結びついて、レオはふと思い出す。そういえばあいつは、何時に帰ってくるって言ってたんだっけ――。
その時。ガチャガチャと玄関から音がした。ぱたん、と静かに扉が閉まって、またガチャリと鍵の音がする。
「ただいま帰りました」
まごうことなきそれは、同居する恋人の――司の声で。
廊下を抜け、リビングからキッチンへとひょっこり顔をのぞかせ、「レオさん、」と言いかけた司が固まった。
「おかえり、ツカサ」
「おかえりって…あなた何やってるんですか!?」
顔面蒼白、口をわななかせて司がレオに飛びついてくる。そのまま持っていた包丁を取り上げられ、すでに傷口が固まりかけていた左手を司がそっとつかんだ。
「切っちゃった」
「切っちゃったじゃないでしょう…!?とにかく洗いますよ」
「お前、傷の手当の仕方とか知ってんの?」
「バカにしないでくれます!?そのくらいわかります!」
とにかく、と司に手をつかまれたままシンクの前に移動する。ざあ、と水を流されて手についた血を洗い流させられる。
「しみないですか」
「うん、平気」
「ならよかったです、って言っていいものかわからないですけれど」
きれいに血を洗い流されて、タオルで水けをふいて。いつの間にやら用意されていた消毒液と絆創膏で処置される。絆創膏は普通のと違う、ちょっと高いやつ。傷が早く治るので有名な、ふにふにした絆創膏。
「こんなのなくても舐めてれば治るって」
「痕が残ったらどうするんですか」
司の声は少し鋭くて、怒っているときの声だとわかる。ごめん、と小声で謝れば、絆創膏を張られた指をさらりと撫でられた。
「もっとご自分を大事にしてくださいって、何度も言ってますのに」
「うん」
「あなたがよくても、心配する人はいっぱいいるんですから」
「うん」
語りかける司の声は、芯が通っていて、まっすぐで、ちゃんと心に響いてくる。ぐす、とそのうちに鼻をすする音が聞こえて、この子にこれ以上心配かけたくないと素直に思った。
「ごめん、ツカサ…」
「…次は、こんなことないようにしてくださいね」
「分かった」
涙を流す司を見ながら、今更のようにじわりと傷口が痛み始めた。
カット
Latest / 71:12
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
リアルタイムワンライ
企画
初公開日: 2021年05月23日
最終更新日: 2021年05月23日
ブックマーク
スキ!
コメント
企画 開催終了
5/23(日)21:00-22:00 お題「流血」
上記は企画の推奨参加時間です。
企画そのものは当日中であればお好きな時間に開始できます。
5/23 0:00-23:59のうち、お好きなタイミングで参加してください。
制限時間の60分が終わると加筆できなくなります。
(23:00以降に企画を開始した場合、開始した時間から60分間は執筆できます)
テーマの「流血」について、程度や理由等は問いませんが必要に応じて年齢制限・注意書きを忘れずお願いいたします。

開催期間

2021年05月23日 00:00 ~ 2021年05月24日 00:00

制限時間

1時間
お題に添えてるのか不安!そして短いです!
レオ司同棲設定呼び名捏造、流血描写はあんまりありません。