「はい、どうぞ」
「わーい!」
「ありがとう!」
子供たちとの授業を終えた後、勉強道具を片付け終えたマルファスが広間の扉をくぐり抜けると、先程まで机に向かって難しい顔を並べていた子供たちの嬉しそうな笑顔が目の前を駆けて行った。
その中で、一人だけマルファスの前で立ち止まったキマリスが勇ましい声で言う。
「早く行かないとオマエの分も無くなってしまうぞ?」
「?」
子供たちの後を追うように走り出したキマリスの背中を見送った後、辺りを見回してみるとやけに人の姿が多かった。みな思い思いの場所で談笑したり寛いだりしている。ふと、マルファスはそんな彼らの手にマグカップが握られていることに気が付いた。
そういえば、何やら甘い香りが広間中に漂っているような気もする。
甘ったるくて、胸やけしそうになるこの香りをマルファスは以前にも嗅いだことがあった。
「はい、どーぞ」
香りが一層強くなって、声を掛けられた方へと首を回すと、そこにはアミーが居た。両手に持ったトレーの上には周りが持っているものと同じマグカップが並んでいて、そのひとつひとつから白い湯気がゆらゆらと伸びていた。
「ホットチョコレートって言うのよ。今みんなに配っているの」
「ホットチョコレート?」
「うまっ! なにこれうまっ!?」
聞き慣れない言葉に首を傾げるマルファス。その隣でいつの間にやって来たのかシャックスが勢い良くマグカップの中身を飲み干していた。それを一瞥してから、特に気にすることもなくアミーとマルファスは話に戻る。
「カカオマスが手に入ったからみんなでチョコレートを作って食べようって話になったみたいなんだけど、なにせこの大所帯じゃない? 固めるにも時間がかかるし、どうしようか考えて飲み物にしてみたのよ」
「なるほど。それでこの香りか」
手渡されたマグカップの温かさを感じながら、甘い香りでクラクラしそうになるのを眉間に皺を寄せて耐える。甘いものが嫌いなわけではない。けれど、どうもこの胃の底に溜まるような甘さの重みに慣れないのだ。
「おかわり!」
「ダメよ。まだ飲んでない子も居るんだから。一人一杯までよ」
「え~! いっぱいあるんだし、いいじゃんいいじゃん!」
「ダメなものはダメよ」
「ぶーぶー!」
他へ配りに遠ざかって行くアミーに文句を撒き散らすシャックス。相変わらず食い意地が張っているらしく、テーブルに座って飲んでいる姿をジッと見つめて他人を困らせていた。
その隣にあるテーブルでは、アモンが女性陣に囲まれていた。
「はい、アモンの分」
「おう」
リリムに手渡されたマグカップを両手で包み、あからさまに居心地が悪そうな顔で、ちび、とホットチョコレートに口を付ける。すると、途端にアモンの表情が少しだけ明るくなった。
「……! 美味いな、これ」
「ふふ。……良かった」
柔らかく笑うリリムからアモンは目線を逸らす。その様を目の前で眺めていたサキュバスは、楽しそうな表情で白い食べ物を取り出した。
「もっとあま~いのが好きなら、これを入れるともぉっと美味しくなるわよ」
そう言ってアモンに白い食べ物を渡すと、サキュバスは自分の手の中にある白い食べ物を口に入れて、それから幸せそうな表情で頬を押さえた。
「なんだ、これ」
「マシュマロって言うんだって。ふわふわで、あまくて、おいしいよ」
「へぇ」
「アナタもどうぞ」
「え? あ、ありがとう」
くるり、と背後を振り返ったアガリアレプトが、会話を聞いていたマルファスを見上げて白い食べ物、マシュマロを差し出す。突然のことに思わず反射で受け取ると、アガリアレプトはそんなマルファスを面白そうに見て薄く笑った。
「いいな~いいな~! マシュマロいいな~! ホットチョコレートもいいな~いいな~!」
他に断られ続けたのか、背後から覗き込むようにマルファスの肩口に顔を乗せてきたシャックスに、はぁ、とマルファスは息を吐く。
「……ほら」
「うん?」
顔をどかしてマグカップを差し出すと、シャックスはこてん、と首を傾げた。どうしてこういう時だけ疎いんだ。
マルファスは面倒臭そうにマグカップをシャックスに押し付ける。
「飲みたいんだろ? 僕のをやる」
「え!? いいの!?」
「子供たちにまでたかられても困るからな。これで我慢しろ」
「我慢するする! わーい! ありがとありがと!」
マルファスから奪うようにマグカップをもぎ取ったシャックスは、一口飲んで、笑顔を咲かせた。
「ん~~~! おいし~~~!」
本当に美味しいのだろう。顔をほころばせるシャックスの顔を見て、マルファスはやれやれと眉を下げて小さく笑った。
「シャックス! こんな所に居たのか!」
突然、甘い香りと穏やかな空気が流れる広間に大きく凜とした声が響いた。声の主を辿れば、そこにはバルバトスが立っていた。
「ほえ? バルバルどしたの?」
足早にシャックスの元へとやってきたバルバトスに首を捻るシャックスにバルバトスは頬に垂れた長い金髪を耳に掛けて言った。
「どうしたもこうしたもないだろう。今日はソロモンたちと一緒に西の村に調査に行く予定だっただろう?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。いくら待っても君が来ないから迎えに来たんだ。ソロモンたちが待ってる。こんな所で呑気にしてる場合じゃないぞ」
「わ、待って待って! えっと、えっと!」
バルバトスに腕を引かれて慌てたシャックスは、手に持っていたマグカップとマルファスの顔を交互に見やる。早く行けばいいのに、とその様子を眺めているマルファスに、シャックスはまるで苦渋の決断でもするような真剣な顔でマルファスにマグカップを渡した。
「これ! マルマルにあげるね!」
「え」
「あと! それちょーだい!」
そう言ってマグカップを押し付けられて呆然と立っているマルファスの指にシャックスは噛み付く。
「は?」
「ほらほら、早く行くぞ」
「行ってきまーす!」
それからバルバトスに引き摺られるようにして広間から出て行くシャックスの口の中にはマシュマロが入っていた。
マルファスは手元に残った飲みかけのホットチョコレートと、唾液の付いた指先を見て再び息を吐く。
「……なぁ、アモン。これ飲んでくれないか?」
横でゆっくりと味わうようにホットチョコレートを飲んでいたアモンは目線だけをマルファスに寄越す。
「自分のがあるからいらねぇ」
「受け取ったんだからちゃんと飲まなきゃ!」
「そうよ。折角みんなが作ってくれたんだもの。残したらダメよ」
面白そうなものでも見るような目で言うサキュバスたちから視線を逸らし、他に助けを求めたが、誰しもがマルファスを面白そうなものを見る目で断り、誰も飲んでくれる気は無いようだった。
「はぁ……」
諦めて、マグカップを持ち直す。
それから口を付けると、まだほんのりと温かいチョコレートの濃厚な甘みがマルファスの口内を満たしていった。
「……甘」
余韻が残るこの甘みは、暫く忘れられそうにない。
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マルシャクを書く枠
初公開日: 2021年01月24日
最終更新日: 2021年01月24日
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コメント
マルファスとシャックスの小話を1時間程度かけて書きます。