ピアノ
ポーン
五条が所々埃の被った鍵盤を一つ叩く。調律されていない外れた音が夜の校舎に響いた。
「悟、勝手に鳴らしたら出てきちゃうかもよ」
「別にいーじゃん。どうせ二級だろ?」
五条と夏油は、とある廃校に出るという呪霊を祓いに来ていた。たまたま他の任務に出ていたところ、高専への帰り道だからついでに寄ってこいという、なんとも適当な任務の振られ方だった。等級は二級。ただ、肝試しにやって来た非術士が何人か殺されているらしいことから、出来るだけ早く祓って欲しいと依頼が来ていた。
出現の条件は『音楽室でピアノを弾くこと』。一般人の中で噂されているのも『音楽室で夜にピアノを弾いてると、昔音楽室で自殺した生徒に連れ去られてしまう』といったものだった。
「悟はピアノ弾けるのかい?」
「えー弾けねえよ。つうか触ったこともなかったし」
「へえ…なんか良いとこのお坊ちゃんだし、そういうのも教養としてやってたのかと思った」
「はあ?家が叩き込んできた教養なんて体術呪術交渉術だぞ。実戦でしか使えねーよ」
「うわあ」
「そういう傑こそ弾けんのかよ」
「うーん…まあ猫踏んじゃったくらいはね、一般常識としてね」
「何その常識」
俺聞いたことねー。とむくれる五条に夏油は「え、本当に知らないのか?」と驚いた声を出す。
「小学校のころとか…みんな弾いてただろ」
「みんなって誰だよ、お前が知ってるみんななんて俺知らねえよ」
「いやそれはそうだろうけど…へえ、そうなんだ…知らないんだ…」
非術士の家系に生まれた夏油にとって、五条は呪術師としては大先輩だ。それ以外でも五条は色々なことに詳しかったし、意外と俗っぽいことにも精通していたから、こんな風に彼の知らない事を見つけて面白くなってしまった。
「そうかーなんでも出来る悟くんにも知らないことがあったんだねえ」
「うっわムカつく。ならその猫踏んじゃったとやらを弾いて見せてもらおうじゃねえか」
「いいよ。そのお綺麗な耳の穴かっぽじってちゃんと聴いてろよ」
売り言葉に買い言葉。夏油は、音の外れたピアノで猫踏んじゃったを演奏する。最後に弾いたのはもう何年も前だったが、こういった一度体に染み付いた行為というのは意外と忘れていないもので。五条はポロンポロンと鳴らされるピアノの音を、素直に聴いていた。そして曲が終わり、響板部分から出てきた呪霊を雑に祓ってから拍手をしてきた。
「……すげーな傑!ピアノ弾けてるじゃん」
その目は、先程までの夏油に生意気に口答えしていた時とは全然違っていた。
「ま、まあね…これぐらいはね…」
「いいなー俺もやってみたい。高専って音楽室あったっけ。傑帰ったら教えてよ」
「……悟ってさあ」
「ん?」
「…いや、何でもない」
椅子に座った傑の腕にまとわりつき、いつまでも夏油を褒める五条を見て、夏油は頭を抱えた。
(こういうところは、ホント素直で可愛いんだよな…)