三。
「おはようございます、レオさん」
やわらかくてほんのり甘い香りのする朝日を背に、スオーが微笑む。
「うん、おはよ」
布団に包まっているおれを覗き込む瞳がすっと細まる。陶器みたいにすべすべの頬へ手を伸ばして触れた。サイドの髪を耳へかけてやったら、擽ったそうに笑い声が転がった。
「ふふ。朝食、できていますよ」
「んん……ありがと」
ベッドのぬるい温度に別れを告げて起き上がる。冷たい床に眠気を追い払われつつリビングへ向かえば、芳しい香りが漂っている。
「お砂糖と milk はいかがなさいますか」
「いい、いらない」
椅子に腰掛けたら、目の前にマグカップを差し出された。そこへ注がれた飴色の紅茶。湯気が立ち上るそれを見てふと顔を上げる。今日は金曜日、あと三日だ。
ふわ、と漏れたあくびを申し訳程度に片手で覆った。
「昨晩は遅かったんですか」
「え? あー……、うん、そうだな」
昨日の夜聞いた旋律を思い出す。興奮のうちに乱暴に五線譜へ書きつけて、ベッドから散らかしたそれをおれは拾い集めていない。
いただきます、と手を合わせ、サラダに手を付ける。レタスを突き刺したフォークがプレートに当たって小さく音を立てた。掛けすぎたドレッシングがしょっぱくて、誤魔化すように紅茶を流し込んだ。
二。
「おかえりなさい、レオさん」
外での仕事を終えて玄関を開けた先、あたたかな眼差しに迎えられる。
「ただいま。どうしたの?」
「えっと……洗濯ばさみを、探しておりまして」
洗濯カゴを抱えたままきょろきょろとあたりを見回す顔がやけに心細そうだった。
「ああ、それならここ。こっちにあったほうが楽だからって」
リビングを突っ切って窓を開け、ベランダの隅に置かれた小さなボックスを示す。
「なるほど。ありがとうございます」
スオーは安心した様子で洗濯物を干していく。
リビングではバラエティ番組の賑やかな笑い声が誰にも聞かれないまま響いている。毎週土曜になると目にする番組の司会を見て、今週もあっという間だったと思い返す。
物干し竿の前に立つスオーが問題なく手を動かせているのを確認し、自室へ荷物を置きに戻った。
「まあ、こっちにあったほうが楽だからって言ったの、おれじゃないけど」
細く吐いたため息が部屋の外まで漏れることはない。リビングに戻ると、手際よく洗濯物を干し終えたスオーが冷蔵庫の中身を確認していた。
「夕食、今用意しますので。しばらくお待ちくださいね」
「じゃあおれ、先にお風呂もらっちゃうな」
取り出した卵を手にスオーは頷く。
「はい、ごゆっくり」
かくん、傾いた首の動きがぎこちなく見えたのは、たぶん気のせいではない。
一。
「スオー、こっちおいで」
リビングのソファに腰掛けて手招きをする。条件反射みたいにぽてぽてと寄ってくるのがかわいい。
「なぁに、リーダー」
「ありゃ。もうレオさんって呼んでくれないんだ?」
きょとん、一瞬なにを言われたのか理解していないらしい顔で目をまん丸にした。それかられおさん、とおれの口の形を真似てなぞる。
「そ、スオーはおれのこと、レオさんって呼ぶの」
「レオさん……わた、私、もう、ねむたくって」
膝に乗せたスオーの頭越し、壁掛け時計を確認する。もうすぐ日付が変わろうかというころ。まあるい赤髪を撫でつけてやって、睡魔に溺れそうな顔を抱き寄せる。
「しょうがない。もうこんな時間だもんな」
日曜日のこの時間は、殊更に世界が静かな気がする。特にこれといった証拠もないけれど。
一週間の終わり、静まり返ったマンションの一室で、秒針が最後に一周するのを眺める。耳元で聞こえる寝息を惜しいと思いながら、スオーの首の後ろに手を回す。
──ぱちん。
短針と長針と秒針が重なる一秒に合わせてスイッチを切った。
「うーん、またダメだったなあ」
凭れかかる身体はもう冷たい。
終わり!おちない
カット
Latest / 72:06
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
リアルタイムワンライ
企画
初公開日: 2020年12月28日
最終更新日: 2020年12月29日
ブックマーク
スキ!
コメント
企画 開催終了
1229「カウントダウン」