秋せんべい店の店先に、真っ黒なせんべいが並んでいる。
区外の者にとってはそれはそれは騒々しく、区民にとってはむしろ静かな夏の終わり。
はじめはたわいもない噂話だった。せんべい屋に真っ黒なせんべい。海苔が多分に巻いてあるか、胡麻せんべいあたりが関の山
だろう。
しかし、それは改造ヤクザが爆発四散くらいは日常となった区民の口坂に登るには十分に奇妙な話であった。
あの黒は秋せつらの黒に似ている、と。
魔界都市と名指し呼ばれる新宿でも特異な、星空の帳より輝く黒衣の影。
幻に飽いた現実にこぼれた魔人。
その黒によく似たせんべい、となると単なる与太話では済まない。
「それでその、黒せんべいを買ってこいと言うのですね」
「高く売れるだろうさ」
ぶう、と一息。まるまる肥えた白芋虫のような指をすりあわせた。どうやら親指と薬指で円マークを作りたかったらしいが、指と指との間はむっちりと肉で閉じられていて一円硬貨ほどの隙間もない。
「それに、あんなキレイなもの。一度くらい口に入れてみたいだろう?」
「そんな、いやらしい」
舌なめずりをするトンヌの言葉に、嫌悪の情を隠しもしない人形娘の頬は歪み一つ無い。
「いいから行っておいで!釣り銭をごまかすんじゃないよ? 」
調子よく怒声を上げるトンヌを背に、人形娘は屋敷の外へ跳ね出るのだった。
どうせぴったりか少し少ないかくらいしかくれないくせにケチンボ、と噛みついてやりたくもあったが、興味の方が勝る。
あの秋せつらの黒をまとったせんべい。
秋せつらの名を思い浮かべるだけで色づかぬ頬が茜射すようで、人形娘は紅葉葉より可憐な手の平でぽくぽくと両頬を包み込んだ。
「黒せんべいですか」
もう何代目かになるバイトの少女は適当なうなり声と共に店先を見渡してみせた。
「海苔せんとかごませんじゃなくて?」