屋上
「おい、フラウロス」
 出会い頭に手書きのメモを差し出され、フラウロスは思いっきり顔を顰めて不服の意を表明した。嫌だね、他のやつに振りやがれ、俺は今仕事の気分じゃねーんだっつーの。
 しかしそんなものを気にするフォカロルではもちろんない。
「仕事だ。マルバスから怪しい動きがあったと報告があった。あるホテルの一室にどうやら武器を運び込んでいる集団がいるらしい。今度のパレードの進路に近いし、不安の種は潰しておかねばならん。そこの住所に行って様子を探ってこい」
「いや、ダメンズ女とチビは」
「護衛の仕事だ。仲間のシフトくらい把握しておけ。しかし無論一人でいけとは言わん。今日は……」
「俺も行くよ」
 声をかけてきたのはアンドラスだった。フラウロスはフォカロルの方をちらと見る。いーのかよ。特に制止が入らないところを見ると、この人選はフォカロルも承知のようだった。
 けれどフラウロスは納得がいかない。
「現場担当でもねーやつをなんで? そんなに人手不足でもねーだろ」
「それがな……」
「そこにたむろしてるのが、あの事件の残党かも知れないのさ。だから俺が指名されてる」
 アンドラスが軽快にいう。あの事件。と、アンドラスが口にするのは当然半年前の証人襲撃事件のことを指している。
「根拠は」
「従業員や近隣住人がサングラスに長身のヤツによく似た男を見たと証言してる。それに、ホテルの宿泊者名が」「アドラメレク、と」
「……つってもアイツは」
「そう、今は刑務所にいる」
 だったらヤツであるはずがない。しかし奴の名の下に集まるクソどもがいるかもしれないことも確かだ。シークレットサービスの一番の業務はもちろん護衛にあるのだが、事前に不確定要素を潰しておくのも仕事だった。
「けどそれがオメェの行く理由にはなんねーよな? なんだ、残党だったら助けてやろうってか?」
「逆だよ」
 アンドラスはにこりと笑う。
「息の根を止めてあげた方がいいだろ」
「つーかオメェ分析官だろーが? 戦えんのかよ」
 ジャキ、と拳銃のマガジンの予備を確かめながら指定されたホテルの一室に向かう。手には支配人からぶんどってきた鍵を持っている。シークレットサービスの特権だ。大統領を守るためなら多少の強権は許される。
 アンドラスは少し首を傾げると、同じく手に持った銃をくるりと回して見せた。確かに扱いには手慣れているようだが。
 うろんな視線に吸い寄せられるようにピタリとフラウロスに張り付いてくる。
「アハハ。キミの」手を伸ばした、アンドラスが触れたのはフラウロスの腹だった。ざらりとした記憶の感触に痛みが蘇ってくる。「ここに傷をつけたの、誰だったっけ?」
「……チッ」
 嫌な記憶だ。引き剥がして距離を取ると、アンドラスはそれ以上は何も言ってこなかった。
 該当の部屋の前に立つ。周囲はみょうに静かだ。慎重に鍵を差し込み、ゆっくりと回しロックを外す音さえ大きく響く。きっとパレードが開催される時期には、満員で人も行き交うことだろう。今は宿泊客は少ないのだろうか。アンドラスが壁にピタリと背をつけて銃を構える。フラウロスがドアノブに手を伸ばす。準備いいか、と目配せ。アンドラスが頷いたのを見ると同時に、ガン、と扉を蹴り付け部屋に乗り込む。
「動くな!」
 照準器越しに室内を伺う。右、左。一室目、クリア。アンドラスと二手に分かれて、寝室とバスルームと、順に油断なく人の動きを探る。
 しかし誰もいない。
「あ? んだよ、空振りじゃねーか……?」
 動きを止める。何かおかしい。
 その時、アンドラスがはっと目を瞠った。視線の先を辿る。ローテーブルの下。死角に設置された、——あれは爆弾か?
「やベッ」
「フラウロス、伏せて!」
 押し倒されてソファの背後に隠れるのと爆発が同時だった。熱風を避けるように二人で部屋のそとに転がり出る。クソッ、至近距離で真面にくらって耳がキンキンする。一瞬早くに耳と目を塞いで無事だったらしいアンドラスに手を引かれて廊下を駆ける。
「いや罠じゃねーかあのクソ似非ハルマ!」
「アハハ、はめられたなあ!」
 廊下の端に人影が見えた。誰だと問う間も無く発砲してきたものだから確認する手間が省けて助かった。柱の影に身を隠す。ようやく聴力の回復してきた耳でじっと聞くが、どうやら5、6人はいそうな数だ。この状況だとどうしても不利だ。
「どうする? 取り敢えず体勢を立て直さないと……」
「来いっ」
 アンドラスの手を乱暴に掴んで引く。ここへくる前に見取り図はざっと見たから構造は大体頭に入っている。この先に非常階段があるはずだった。きらびやかな廊下から防火扉のあいた空間に飛び込み、リノリウムの階段を駆け下りようとした、その足が止まる。
 段ボールが雑多に置かれていた。下への通路が塞がれている。
 背後からは追手の気配だ。
「げ……消防法違反だろーが!?」
「上に行くしかないんじゃないか」
 重い扉を押し開ける。屋上だ。十数階ともなれば風が強い。
「逃げ場ないよ」
「オメェさあ」
 フラウロスがアンドラスの方を見ずに言う。下を見れば目の眩むような高さだ。落ちればまず助からないだろう。
「何」
「……。俺と心中する覚悟あるかよ?」
「……、」
「そこまでだ」
「おい、そこの銀髪」
「そっちの男を渡せ。そうしたら命だけは助けてやる」
「あ、狙われてたの俺なんだ」
 アンドラスが肩を竦める。
「俺はキミたちを知らないんだけど、あの名前で泊まってたってことはアドラメレクの支持者なのかな」
「ああ、そうだ。お前が……いや」「アドラメレクのところでその腕の振るっていたあなたがこちらについてくれれば、組織の復権も目指せる」
「いや今の俺の立場を知ってていってる? ……フラウロス」
「んだよ」
「退職届って後からPDFでも受け取ってもらえるかな?」
「あの説教魔人がんな中途半端許すわけねーだろ」
「だよねえ。でも俺はキミが彼らに殺されると寝覚が悪いから、おとなしくあっちに行こうかと思うんだけど」
「ならオメェが向こうにつくよりもっといい方法がある」
「へえ。何……」
 聞く前に銃口がアンドラスの額を捉えた。驚くまもなくフラウロスの腕がラリアットのようにアンドラスの首を捉え、体を反転させられる。ガチリとこめかみに当てられる銃。
 フラウロスの怒声。
「おいテメェら! コイツが必要なんだろーが、殺されたくなきゃあ、武器をおきやがれっ!」
 アンドラスを人質に。
「……ば……馬鹿か!? そんな脅しきくわけねーだろ!」
「へえ。じゃコイツの頭に風穴が開くだけだ。こーんなに手間ァかけておびき寄せたのぜーんぶ無駄足だな?」
「どうせ嘘だろうが……!」
「うるせえな。テメェらに渡すくらいならマジでこの場で俺が殺してやんだよ」
 フラウロスは結構本気だった。
 不意に腕の中のアンドラスが笑う。
「いや笑ってんなよ、茶番だと思われるだろうが」
「ねえフラウロス。さっきのことだけどさ」
「キミとならいいよ」
「……いいやがったな」
 足元に転がしておいた手榴弾のピンを器用に足先で抜く。それを蹴り付けて、アンドラスを抱えたままひらりと身を踊らせた。
 屋上一帯の爆発。爆風に煽られて二人の体が飛ぶ。
 抱え込まれたアンドラスの耳には、しゅる、とワイヤーの伸びるような音が聞こえていた。フラウロスの服の下からだ。のびたワイヤーの先端は屋上の淵に引っかかっているのが見えた。適度にのびたところで、腰に手を伸ばしてロックをかける。
「この高度、二人分の体重。振り子の原理だな、蹴ればいけるよ」
 アンドラスの言葉通り、落下を始めた二人の体はワイヤーに支えられビルへと加速し、窓を突き破ってホテルの客室に転がり込む。
 ガラス塗れになりながら笑う。
「アハハ、こんなめちゃくちゃな作戦ある!?」
「なんでもいーんだよ、生き残った奴ぶっ殺しに行くぜ!」
「ねえ」
「俺のこと渡さないのかい」
「キミを刺した人間だよ」
「んな簡単に手放してやるわけねーだろ」
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20200905ワンライ
初公開日: 2020年09月05日
最終更新日: 2020年09月05日
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お題「屋上」
20200822ワンライ
お題「寝ぐせが直らない」
みなぎ
海兵コラさんローコラ
海兵コラさんローコラwebオンリー用小説執筆中
ゆべ
ゆにば行く宿伏になるはず
企画の遅刻参加したいと思っているけど間に合わなかったら普通に投稿予定。ゆにばに行ってひたすら食べまく…
あぼだ