ジリジリと照り付ける夏の日差し。外に出るだけで、じわっと汗が噴き出す。今日は夏休みだからと言って、勝手に服部が米花町までやってきた。もちろんコナンも夏休み真っ只中、ツーリングの誘いを断る理由は何ひとつなかった。
「なんで急に来たんだよ」
「たまたま道場が休館になってしもて。お前さん、事件でもないと会えへんからな」
「こんな体じゃ、一人でそっち行くって言っても色々と面倒なんだよ」
「せやから来てやったんやろ?」
最終的にそこへ繋がる理由がさっぱり理解できないコナンだったが、夏休みの時間を持て余している身としては正直有難かった。誘われていたキャンプも悪天候にぶつかって中止になった。今は蘭が部活の合宿に行っており、小五郎と二人で過ごす……とは言わず、日中のほとんどを阿笠博士の家で過ごすと伝えて工藤邸で読書三昧をおくっている。
蘭のいない間は朝食をポアロで食べることがほとんどだ。たまに見かける安室の姿を目で追っては、向こうの反応を眺めて終わっている。一応、好きだと言い合って、付き合っているはずなのだが安室から夏の誘いは一切聞いていない。コナンとしては自分で言うべきか、相手の反応を待ち続けるべきか悩んでいる。自分に時間があっても、安室にはきっと時間などないのだ。そう勝手に思い込んでは塞ぎ込んでいたのもまた事実だった。
「ほんじゃ、夕方には戻ってくるさかい」
「行ってきまーす」
「コナン! 迷惑かけるんじゃないぞ。夕飯はポアロで食べとけ」
「はーい」
小五郎に見送られて服部の後ろへ跨りぎゅっと腰の辺りに抱き着く。そういえば、今日は珍しく安室がポアロのシフトで来ていたことを思い出した。中の様子が見える通り沿いの窓を覗くと、接客をしている安室の姿が見えた。もう夏休みも半分を終わろうとしているのに、何事もなく終わってしまうのだろうか。拗ねた気持ちが膨らむのを抑えこむように服部へしがみ付いた。
エンジン音を響かせて二人が走り出す姿を喫茶ポアロの中から安室は眺めていた。客に注文を出し終えたトレイを持つ手に妙な力が籠っていることは本人も知らない。数分後にポアロの看板娘が握った痕がついていると怒ってくるまで気づくことはなかった。
夕方、再びバイクのエンジン音が聞こえてきた。ポアロにはほとんどお客はおらず、コナンがドアを開けると安室の姿だけが目に入った。
「っ、安室さん」
「おかえり、コナン君」
「た、ただいま。今日、長い日だったんだ」
「いや、本当は昼過ぎで終わりの予定だったんだけど。ちょっと変わったんだ」
「へぇ…あ! 梓さんに何かあった、とか?」
「……」
「安室さん?」
「君を待ってたんだよ」
「へ?」
意外な言葉にコナンは理解をすることができず、ハテナマークを頭に浮かべた。自分を待っていたとはどういう事だろう?安室が水の入ったグラスをカウンターに置いて何も注文していないのに調理のいい匂いが漂い始めた。コナンは困惑しながらも席に座って、安室が何か言うのを待つことにした。水の入ったグラスに口をつけると冷たい感触が喉を通っていく。今日も今日とて、暑かった。
「明日、君の時間をもらったんだ」
「ぶっ!」
「あはは、汚いなぁ」
「今、なんて言ったの?!」
「だから、明日の君の時間をもらったんだよ。君は今夜から僕の家にお泊り」
「今夜?!」
ほら、ちゃんとお泊りセットももらってきたよ。安室は爽やかな笑顔を向けてコナンに微笑んだ。そして、出来上がったナポリタンをカウンターにのせた。自分も同じものがのった皿を持ってコナンの隣りに座った。唖然とするコナンを横目に安室は上機嫌にナポリタンを食べ始めた。
「で? ここどこ?!」
「あ、コナン君はこれ被ってね」
「麦わら帽子?」
「ここから海まで自転車でいくから」
「自転車?!」
翌日、早朝に叩き起こされたコナンはされるがままに身支度を促され、手を引かれるままに電車移動をして現在に至る。海に近いこの駅はすでに潮の匂いが漂っていた。安室はどこからか持ってきた自転車を見せて、嬉しそうに笑っていた。麦わら帽子を渡されたコナンに拒否権はないらしい。諦めて被ると、両脇を抱えられて備え付けのイスに腰を落とす。
「本当なら、こんなイスつけたくないんだけど」
一応ね、ウィンク付きで言われた。ははっ、と乾いた笑いをこぼすコナンだったが、安室が前に座ると最近同じような光景を見たことに気づいた。行くよ~と声をかけられてガシャンと動き出した自転車は少しだけフラついてから風を切るように進み始める。頬を撫でる夏の暑さは思った以上に爽快で気持ちがいい。被った麦わら帽子が風に煽られて飛びそうになるのをコナンは片手で抑えた。
この光景、服部とツーリングに行った時と同じだ。それに気づいたコナンは鈍感な自分とは思えないほど安室の心中を察することができてしまい、大きな背中を見ながらひとり照れて視線を伏せる。もし、本当に自分の考えていることがあっているとすれば……
「コ、コナン君?」
「なに」
「……ちょっと下り坂だから、しっかり掴まってて」
「うん」
ぎゅっと抱き着いた体から伝わる体温は夏の暑さよりも熱いかもしれない。キッキキと自転車の鈍いブレーキ音が響く。きっとわざとブレーキをかけているのだろう。コナンはなんだかむず痒くて、安室の背中に顔を埋めた。
「コナン君」
「……なに?」
「僕は自分でも分からないほど、君が好きみたいなんだ」
「……そう」
「ねぇ、コナン君」
「な、に?」
海についたら、すぐに抱きしめさせてね。嬉しそうに言う安室の声がコナンの耳にももちろん届いた。少し照れ臭いからすごく照れ臭いに進化した羞恥心はコナンの顔を赤く染める。見えないけれど、自己防衛の本能で麦わら帽子のツバを顔のほうへ下げる。きっと、海へ着く頃には額に網目のあとがついているかもしれない。それさえも愛おしくなって、安室はコナンを抱きしめるに違いない。