セミの大合唱を聞きながら、メルセデスはふう、と息をついた。じりじりと音がしそうなくらいの強い日差しが、人々の踏みしめるアスファルトを焼いている。しかし照りつけてくるその日の下では何人たりと平等であり、つまりはアスファルトだけでなくメルセデスを覆う白い日傘にも陽光は容赦なく降り注いでいた。
日傘を差すことで直射日光を遮っているとはいえ、アスファルトから立ち上る熱や匂いを避けることは難しい。髪の隙間からつと流れる汗をハンカチで拭う。周囲を歩く人たちもメルセデスと同様に顔を火照らせ、ある人は恨みがましく空を睨みつけ、ある人は立ち止まり水筒を傾けている。メルセデスもいいかげんこの暑さにうんざりしてきていたが、それでも足を止めるわけにはいかなかった。
待ち合わせをしている人がいる。しかも、暑さにとびきり弱い人だから。
汗で少しだけ張り付く腕時計に目を落とすと、ちょうど約束時間にさしかかろうとした頃合だった。視界に小さく捉えた黒い頭の相手に、やっぱり外にいたのね、なんて苦笑する。どこか建物の中に入って涼んでいれば良いのに、それでも要領の悪いメルセデスを思って目につくよう外で待ってくれているのだと、そう理解できるくらい優しい人なのだ。
「フェリクス、待たせちゃったかしら~。ごめんなさい、遅くなって」
「べつに、遅刻したわけではないだろう。構わん」
「ふふ、ありがとう。でもフェリクス、汗をたくさんかいているわ。どこかお店に入って休憩しましょう?」
「ああ」と頷き、フェリクスは額に浮いた汗を腕で拭う。「お昼ご飯が良いかしら、それともお茶にしようかしら?」「なんでも良い」と言葉を交わしながら、メルセデスはフェリクスの隣に並ぶために日傘を閉じた。日傘で遮られていた視界の分、一気に開けた世界はあまりにも眩しい。目がちかちかしちゃうわねえ、と呟いて目を細めてると、そんなメルセデスの右肩あたりをフェリクスはじっと見下ろしていた。
「……珍しいな、お前が髪を跳ねさせているのは」
「え?……あら、本当だわ」
フェリクスの視線を辿って首元に手を持ってきてみれば、いつもならば内側に向いているはずの髪の毛がくるんと外側を向いている。
「出てくる前は鏡でちゃんと確認したのだけれど~……。汗とか、湿気とかで跳ねちゃったのかしら。寝癖じゃないとは、思うんだけれど」
少し恥ずかしいわね、と誤魔化すように微笑んで見せれば、フェリクスは満足そう小さく笑ってにその髪の一房へ手を伸ばしてくる。
「中身は抜けているというのに、見た目には隙を作らないお前だからな。髪くらい跳ねさせているほうが安心できる」
「……それは、褒められているのかしら~?」
「さあな。好きに取れ」
「行くぞ」と手を取られ、歩き出したフェリクスの背中を見つめる。皮肉のようにも聞こえる言葉でも、その意味をフェリクスの言葉というフィルターをかければ違った意味合いにも取れてくる。女心としては複雑なのよね、なんて内心で首を傾げてみせても口には出さない。
フェリクスの背中は機嫌良さそうに揺れていた。
おわり