告げたくはないが告げる義務のある俺は、二匹の仔犬を前に夏には避けて通れない話をする。
「水泳の授業がある」
片方は困惑し、片方は大喜びで拳を高く上げた。
なお、困惑したのはもちろん監督生で、拳を高く上げたのはルキである。
普通ならば、女子なら避けて通りたいであろう水泳の授業も、はしゃぐ仔犬の前では子供の遊び同然。意気揚々と泳ぎまわる姿が目に見える。
だが、残念だったな仔犬。
「貴様ら女子は、別授業だ」
安堵の表情を浮かべる監督生とは相対的に落胆する仔犬。いや、落胆するだけならまだよかったが、仔犬は地団太を踏んで駄々を捏ね始めた。
「やーだー!私も水泳の授業しますー!」
「ダメだ。貴様、思春期男子の理性を嘗めるなよ」
やつら、普段は女として扱わない相手であろうとも一度でも水着姿を見てみろ。
無駄に意識し、変な考えを起こしかねない。
貴様はいいかも知れないが、監督生を見ろ。この不安に濡れた瞳の前で、もう一度「私も水泳授業がしたいです」と言ってみろ。掛け合ってやってもいいが、漏れなくこの哀れな仔犬も水泳授業行きだぞ。そう脅しをかければ、監督生と見つめあい結果的に「別授業でいいです……」と折れた。よし。
「授業内容は、バルガス先生の方から知らせがくるはずだ」
「うー、泳ぎたかったー!」
「プール掃除くらいは手伝わせてやる」
「それ、泳げないじゃないですか!」
そうだな。
しょげる仔犬に「次の長期休暇にでもプライベートビーチに連れて行ってやる」と言ってやったのに、「長期休暇まで先生といたくないですね」と真剣に返され怒ればいいのか泣けばいいのかわからなくなった。
バルガス先生に、こいつだけ飛行術の特訓をするように進言しておこう。
翌週の放課後。一年生の有志によるプール清掃が敢行された。まあ、殆どが外れクジを引いた哀れな仔犬ではあるが。志願したのは、ハウルとフェルミエと仔犬くらいだろう。
「それでは、割り振られたとおりにプールサイド組とプール内組に分かれろー」
バルガス先生の指示に各々気だるげに返事をし分かれる中、俺は仔犬を捕まえその首に赤い首輪をつけた。
「よし」
「なにが、“よし”なんですか。なに一つとしてよくないんですけど。首輪もですし、プールサイド清掃にも文句言いたいですし、そもそもなんでクルーウェル先生がいるんですか。なんですか、その海外セレブみたいな完全日焼け防御形態は」
早口でまくし立てる仔犬に、にこりと笑みを向け「これは貴様がおいたをしたとき用の首輪で、俺がいるのはそのときに仕置きするためだ」と告げれば、ガタガタと震えだした。
「そ、そんな!こんな水際で、いつもの雷魔法を落とす気ですか……!死んじゃうじゃないですか!」
「それが嫌なら、大人しくしていろ」
俺の言葉に、仔犬は悔しそうに下唇を噛み本物の仔犬のように唸った。それで威嚇しているつもりか、可愛いやつめ。
恨めしそうにしながらも最初こそ真面目に掃除をしてはいたが、プール内で水遊びが始まったあたりからソワソワとしだし、仕舞には「私も混ぜてー!」とプール内に入ろうとした。
即座に「ステイだ!仔犬!」と言いリードを引くように腕を動かせば、仔犬の首についた首輪から俺の手まで一直線に魔力のリードが引かれる。
「ぐえあ!」
酷い悲鳴をあげながらも、受け身をとって怪我を免れるあたり、さすが俺から逃げ回る程度の運動神経はあると感心する。しかし、感心するのは運動神経だけだ。
「いい子にできないBad girlはどいつだ?」
「すみません……」
体勢を正し正座する仔犬に、「これはお遊びじゃない。ちゃんとやれ、いいな?」と首輪に繋がるリードを引けば蚊の鳴くような声で「はい」と返事をした。その後は、粛々と大人しくこちらをちらちら見ながら清掃をしていた。最初から、大人しくしてればいいものを。
「よーし、ご苦労だったな!」
「仔犬ども、喜べ!クルーウェル様からの差し入れだ!」
クーラーボックス開けると、仔犬どもが「高いアイスだー!」と群がってくる中、一人、水を張られたプールを眺めるルキに声をかけるも、まるで聞こえていない様子で一心に水面を見つめる姿に嫌な予感がした。
「っ!待て、仔犬!」
魔力のリードを引くもなにかに弾かれ、仔犬はそのまま軽く縁を蹴り音もなくプールの中に消えた。体中の血の気が引く感覚がした。
バルガス先生と共にプールを覗き込めば、子供のゴーストがルキに絡みつき、ルキの目は虚ろだった。
「貴様ら……!誰の仔犬に手を出しているかわかっているのか!いますぐ、その手を離さなければ後悔させてやる!」
怒鳴り威嚇する俺を見て、怯えたように散っていく子供のゴーストたち。すぐに、沈んでいくルキを引き上げ救命措置を施せばすぐに水を吐き出し意識を取り戻した。
それでも目はまだ虚ろで、「私の赤ちゃんは……」と意味の分からないことを言う。
「ああ……違う……。あの子たちは私の赤ちゃんじゃなくて……水子で……」
「水子?」
「生まれることのできなかった子……名前すらない可哀想な子たち……。側に、いないと……私の子……」
ふらふらと起き上がって、またプールに向かおうとする仔犬を抱きしめる。
「自分の名前を言ってみろ!」
「ルキ……」
「貴様は誰だ!」
「ナイトレイブンカレッジの生徒で……異世界の……」
「貴様は誰の仔犬だ!」
「クルーウェル先生の……」
そこまで言い、大きく息を吸って吐き出し「大丈夫です、正気に戻りました」と言うので、体を離し視線を合わせれば正気の戻った眼をしていた。
安堵のため息を吐けば、「お騒がせしました」と頭を振って意識を完全に元に戻す素振りをしてからふらふらと立ち上がる。
「すみません。自分が水に呼ばれやすいのを忘れていました」
「水に呼ばれる?」
「ええ。さっきの、流れてしまった子供の霊や水死した霊。あとは水辺のモンスターあたりにも好かれやすいみたいで」
いやー、前の世界では竜神様の加護があったから忘れてました!と大笑いする仔犬の頭を引っ叩き、「そんな重要なことを忘れるんじゃない!」と叱れば面目なさそうな顔をする。
まあ、いい。その情報が俺に入ったのなら対処もできる。
仔犬の手の平に魔除けの術をかけてから、羽織っていた上着をかけ腕を引き「購買部に行くぞ」と言い立たせる。
「待ってください、アイスまだ食べてません!」
「誰か、こいつの分も食べておけ!」
ぎゃんぎゃんと吠える仔犬を小脇に抱え購買部に行くと、サムがぎょっとした顔で迎え入れた。
「どうしたんだい、クルーウェル先生。それに、仔犬ちゃんまで。ずぶ濡れになって」
いそいそと持ってきたタオルで仔犬を拭くサムに、「ありったけの魔除けをだせ」と要求をだせば「魔除けにも種類があって出し切れないよ。どういった類の物が必要なのか教えてくれよ」と尤もなことを言われた。
とりあえず、サムにも先ほどの話をすればにこやかに「なーんだ。それなら、俺がまじないをかけてあげるよ!」と提案されたが、仔犬と一緒に「それは断る」と却下した。
貴様のまじないなんぞ頼ったら、後々面倒なのは目に見えている。それに、貴様のまじないは反動が大きそうだ。そんな危険なものを仔犬にかけられるか。
拗ねるサムにさっさと条件に見合う魔除けを用意しろと急かせば、店の奥に引っ込みブレスレットを数点ベルベットの引かれたトレーに乗せて戻ってくる。
「こっちは霊に効くやつで、こっちはモンスターの攻撃から身を護ってくれる。こっちは両方兼ね備えて効力も絶大だけど、所有者の魔力を吸っちゃうからあんまりオススメしないかな。なによりもオススメなのは、俺のまじないなんだけど!どうかな!」
「いらん。なら、別々の効力のやつを一つずつくれ
」
「毎度あり……。本当にまじない要らない?対価はお安くしとくよ?」
大概しつこいな、こいつも。
恨めしそうなサムを無視し仔犬にブレスレットをそのまま渡せば、まじまじと見つめてから腕にはめて見せる。少々大きい気もしないが、いまは仕方がないだろう。今度出かけたときにでも、買いに行くとしよう。
俺の魔除けの術もかけた、サムから魔除けのブレスレットも買った。
しばらくは大丈夫だろうと思っていたのだが、その日の夜。心配になりオンボロ寮を訪れると、