夏に関する何かを書こうと筆をとったものの、上手く筆が進まない。
 何故だろう。と、自分に問うてみる。ああ、そうか。多分、あまりに唐突すぎたのだ。ええい、やあ、といきなりはじめて上手くいくことなんて早々ない。だって、世の中では「準備が9割」と言うじゃないか。あれ、8割だったっけ。覚えてない。記憶力は悪いほうじゃないけれど、最近は調べればわかることが多すぎて、脳の記憶する部分が上手く働いていないような気がする。
 そうそう、この世は便利になった。たった十年そこらで、随分と。僕の脳みそには、大したものは詰まっていない。大切なものは、手元の薄い箱に詰まっている。箱というよりかは、板だ。この便利な板にみんなが夢中。僕よりも、貴方よりも、君よりも。人よりも大切にされている便利な板は、この世を変えただろうか。変えたのだろう。現に、今こうして僕は板を通してこの文を書いている。
 僕は便利さを否定するつもりは1ミリもない。ただ、何となく不便さを感じたくて海にきた。おやおや、ようやく夏らしくなってきたじゃないか。夏とくれば海。海といえば海の家。海の家といえば焼きそばだ。だから、僕は海にきて、海の家で、焼きそばを食べた。しなびた焼きそばは、甘ったるい海の風と相まって何だかオツな感じがする。かき氷を注文しようと思ったけれど、これ以上食べるとトイレに行きたくなるのでやめておいた。あまり長居する気はない。なにせ、僕は夏を感じに海に来ただけなのだから。
 海には、あまり人がいなかった。夏といえば海なのに。人は、夏すら忘れてしまったのだろうか。そんなことを思う僕も、ここ数年、海には来ていなかった。砂浜に続く階段に腰をおろし、ぼんやりと海を眺める。サーファーが波に揺れている。幼い子供が砂浜で笑っている。親がボールを投げる。こんな光景を、ここ数年、僕はテレビでしか見ていない。夏が好きな癖に、肌が弱いのだ。カッと照らす太陽は僕の額から汗を流し、潮風は僕の薄い皮膚をぴりぴりと焦がしてしまう。こんなに好きなのに、僕は夏に嫌われている。
 夏が僕を嫌いだろうが、どうでも良い。僕は夏が好きだ。だから、テレビ越しに夏を感じる。海に行かずとも、夏は感じられる。今は便利な時代だから。板を通して、夏を満喫する人を見れば多少は気が紛れる。でも、僕はここ数年の夏を知らない。テレビを見て、「ああ、夏がきたのか」と思う。そのことに寂しさを感じながらも、納得はしていた。僕と夏は板を通して共存している。本当は、海に触れたい。汗を流して笑いたい。水着なんて用意していないし、着替えも用意していない。だけど、今この瞬間、僕は海に飛び込みたくなった。それが、幼少期の僕にとっての夏だった。そして、今でも本当はそうなんじゃないかと思っている。
 悪い想像をした。額から頬に伝う汗が僕の皮膚を焼きはじめる。不味い。早く帰らなければ、明日酷いことになってしまうだろう。それこそ、仮面をつけなければ人前に出ることすらできない。ああ、だから嫌だったんだ。と、口にはしない。でも、少しでも夏に対して憎く思ってしまう自分が嫌だった。だから、これまでずっとここには来なかった。
 立ち上がり、海を見る。太陽が眩しい。真っ青な海と、真っ白な砂浜。子供や大人の笑い声と、波が跳ねる音。その全てがまぜこぜになって、僕の目の前にある。そこに、僕は夏を見た。そして、僕はそこにいた。夏の下に、僕はいる。そう気づいて、僕はポケットに入れていた板を階段に置いた。真っ黒な板は、熱を吸ってすっかり熱くなっている。壊れてしまうかもしれない。
 でも、もう良いじゃないか。
 そう思った僕は、夏が好きだった頃の僕にすっかり戻ってしまっていた。階段をおりて、砂浜に足をかける。靴が面倒だ。靴を脱いで、適当に放り投げる。汗はもう、僕の全身を焦がしていた。焼けて死ぬなら、最後にいっとう好きなことをして死のう。
 ああ、夏はここにある!
 周囲の驚く視線を無視して、僕は海に飛び込んだ。塩水は、びりびりと僕の皮膚にしみこんで痛みを伴う。痛い。だけど、気持ちが良い。波に足をとられてひっくり返る。そんな僕を見て、子供も大人も笑っていた。だから、僕も笑った。夏の住人に受け入れられたような心地がした。頬が痛む。いや、全身が痛い。でも、その痛みすら愛しいといったら、馬鹿だと怒られてしまうだろうか。
 こうして、僕の夏がはじまった。そうそう、あの板はやはり熱で壊れてしまった。でも、捨てる気にはならず、机の上に転がっている。なにせ、僕が夏と共に生きた瞬間を切り取ったものなんだから。そして僕は、新しい板でこの話を書いている。今度は、白いやつにしたんだ。
 来年は、熱で壊れてしまわないように。
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夏に関する何か 0810
初公開日: 2020年08月10日
最終更新日: 2020年08月10日
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コメント
テストで書いてみます。
(早速、タグづけがわかりません)