「私たちに許された特別な時間の終わり」 お題:七夕
新暦の七月七日は、雨の特異日に当たる。統計上、雨が降る確率が高く、今年もご多分にもれず雨天だった。七夕伝承のみならず、長雨にうんざりした短刀たちが空を仰いではため息をつく。今年はいつまでも梅雨が終わらず、いかにも冷夏といった空模様が続いている。昨年の暮れに顕現したばかりの山鳥毛は、まだ盛夏を知らない。知らないまま終わるのかもしれない、とも山鳥毛は思う。
審神者が退任するのは、一定年齢を迎えた誕生日の翌日と決まっている。今年満期退任を迎えるこの本丸の審神者は、真夏の生まれだった。
生身の夏を知らない山鳥毛に、長雨で暇を持て余しているらしい幾振りもの仲間たちが、こぞって夏を教えようとする。暑くて、湿っていて、夜はいつまでも明るく、日の出は驚くほど早い。不意打ちの土砂降りの雨に打たれると、どうしようもなくて笑ってしまうだとか、水を飲み忘れると体の自由が効かなくなっていくとか、皆口々に銘々の知る夏の話をする。
まだ知らない夏は、なんだか油断ならない恐ろしい季節のようにも思えたし、翻弄されるのを楽しんでしまうにも向いた季節と思えた。今日は同じ隊で出陣した、博多と厚二口が教鞭をとっている。ひよこ色の頭が、ぐんと雨空を向いて、夏は星がすごか、と実に端的に言い切った。夕食後の、少し冷え込む縁側でのことだ。
織姫とか彦星という呼び名は俗称であること、それらには世界で統一された名前がつけられていること、そして星は代替わりをすることが、好奇心たっぷりの二口から次々に語られる。半円形の夜空を模した星座盤を回しながら、本当はあのへんに出ているはず、と厚が迷いもせずに指で指し示す。太刀の中でも、鳥の名を冠してことさらに夜目の弱い山鳥には、晴れていても同じ方角を再現できるか心許なかった。
山鳥毛が七夕伝承の話をふると、二口は目を見合わせて、まあ梅雨ど真ん中やしねえ、と物わかりのいいことを言う。確かに今日は七夕ではあるが、別に星は一夏の間は見られるのだから好きなときに観測したらいい、旧暦と新暦はこうしたときに融通が効かないものだ、と非常に現実的な解釈を述べるので、外観との齟齬に思わず笑ってしまう。山鳥毛が自力で星座盤を操作し、それなりに扱えるようになったところで、短刀二口は帰っていった。
雨樋や庭木の位置関係と、厚が示した方角をすり合わせて復習していると、背後により重い体躯のゆったりとした足音が迫る。振り向こうかとも思ったが、今は忘れてしまわないうちに方角を確かめる方が先決だった。情人に見向きもされなかった小豆は、静やかにそばに寄って、隣に膝をつく。
「よいせいとだね」
「何、まだ耳学問だ」
実際の星空を前にしたらまごつくに決まっている、とようやく男の顔を見て苦笑する。事前にいくら知識を教わっていても、相対する現実はいつだって山鳥毛の予想をはるかに超えていて、それは実に骨が折れて、愉快なことだった。
君は彦星がどれかわかるか、と星座盤を見せて尋ねてみると、これだったかな、と迷いもなく指し示したのが北極星なので、山鳥毛は思わず笑ってしまう。君こそ教えを乞うた方がいい、と肘でついてやる。おや、しゅぎょうがたりないようだ、などと間の抜けたことを言うわりに、小豆も満足げに笑っている。
「となりにいるきみが、わかってるならいいだろう」
そう当たり前のように言い切るので、山鳥毛も笑みの種類が変わる。夏の星しか知らない鳥にも、つがいに与えられるものはある。自分には、この夏きりしかないと思っていたが、この男にも今夏は一度きりなのだ。
山鳥毛は、雨は好きだ。それでもこの夜だけは、晴れて星を見せてほしいと思う。雨なんて止んでしまえばいいと、初めて願った夜だった。