短編/くろしゅ+みか/秋~冬/付き合ってない
大きな音が響いたときには、目の前の景色から斎宮はいなくなっていた。揺れるカーテンの奥にある空は、気味が悪いぐらい青く爽やかだ。
ドクンドクンと視界が揺れるほど、心臓が脈打つ。それでも、確認しなくてはと、影片は恐る恐る机の下を覗いた。
ワックスでコーティングされた光る木の板の上、桜色の髪がベタリと散らばっている。長い手足も、衿元のフリルも、全部、人形みたいに力無く倒れている彼の姿に、一気に血の気が引いた。
影片は、自分の首あたりと、手先の体温がグングンと下がっているのを感じた。爪先から血色が引いていくのを視界に入れながら、すぐに、膝を床に着いて、倒れる彼の元へとすり寄った。震える手で身体をゆすって、一度、名前を呼ぶ。息はしている。けれど返事がない。
「…お、お師さん?」
こんな時、本当にどうしていいか分からなくなる。上体を起こしていいのか、頭を心臓より上げるとか、気道を確保するとか、たぶん、いつぞやの医療番組で見た気もしたが、どれが正解かも分からず、ただもう一度だけ名前呼ぶ以外の対処法が見つからなかった。
その時、ガラッと建付けの悪い部屋の引き戸が開く音がした。
今は、何をされても影片にとっては救いの手のような気がして、すぐさま、その音へと振り返った。
「おい、斎宮いるか。」
背の高い、威圧感のある、その男に影片はよく見覚えがあった。怒ったような顔に、低い声、それでいて少し乱暴な言葉遣いが苦手で、ついつい距離を置いてしまう存在。それなのに、自分が尊敬している斎宮は、彼をちっとも怖がらないし、むしろ、安心さえ覚えているように表情が緩やかになることが多い。
それが影片は不思議でしかたなかった。同時に、
だが、怖がっている場合ではない。今、一刻も早く、倒れた自分の師をなんとか助け出したい。震える口で、一生懸命に声を紡ごうとしたが、それがうまく声にならない。パクパクと、池から鯉が口を出すそれのようで、情けなさに涙が出そうだった。
動揺している彼と、倒れている幼馴染を見て、鬼龍は状況をある程度の推測で察した。
「おい、大丈夫か。斎宮のやつ、頭、打ったか?」
「えっと、あたま、あたまは」
気づいた時には床に落ちていたので、頭を打ったかどうかは分からなかった。影片は、ゆるゆると頭を振ってみせる。それを見た鬼龍は、頭を打ってない、という否定なのか、分からない、という意味なのか、その仕草だけでは理解できなかったが、影片が相当ショックを受けていることは十分に把握できた。
彼がここにいても、逆に考え込んでしまうだけで、悪い方向にばかり思考がいってしまうと判断して、鬼龍は保健室から先生を呼んでくるように指示した。一瞬、側を離れたくないと言うように、色違いの目が揺れて、眉をギュッと寄せたが、凄むみたいに鬼龍が睨めば、ひとつ年下の彼は急いで手芸室を後にした。
パタパタと廊下を駆ける足音が遠くなるのを聞きながら、鬼龍は倒れている彼の枕元にしゃがみこんだ。眠っているみたいに穏やかな顔を見ると、確かに、どこか嫌な予感ばかりよぎってしまう。
いつものように、低血糖で倒れた、程度であれば、自分が担いで保健室に連れていくのだが、今日は倒れた瞬間を全く目撃していない。頭を打った後なら、自分の素人判断で起き上がらせる訳にはいかない。
冷静にならなくては、と今できる最善を探すように、周りに針なんかが落ちていないか確認する。それから、「いっちゃん。」とひとつ呼びかけてみた。目尻に向かって長いまつ毛は、ピクリとも動かない。代わりに、開いた窓から吹き込んできた風が、桜色の短い髪を揺らした。
ゆっくりと胸が上下しているのは分かるが、これで、彼が目を覚まさなかったらどうしよう。それでも、一緒に居られるなら、そこまで悪くないかな、と僅かな灰色の気持ちがザワザワと騒ぎ出した。最近、少しだけ遠くなっていくのを感じていたところだ。これなら、人よりずっと早歩きになりがちな幼馴染も、止まっていられるかもしれない。そう考え出してしまってからまた、鬼龍は「なぁ、いっちゃん」と呟いた。
このまま、と吐いてしまう前に、閉じていた目蓋が開いた。スミレ色が、ゆらゆらと宙を浮いてから、焦点を合わせようと同じ向きに直っていく。虹彩がゆるっと調節され、鬼龍を瞳に写した。
パチパチと瞬きを数回。閉じては開きを繰り返す度に、目の中に光が灯っていく。
「……りゅ~くん?」
「お、おう。」
緊張が緩んでいるせいなのか、いつもよりもずっと警戒心のない、幼さを含んだ彼の表情や声、鬼龍は一瞬うろたえる。
7月20日ここまで
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・斎宮おきあがる
・影片とさがみ先生くる
・りゅ~くん残る
・影片と斎宮保健室
・次の日、影片と鬼龍
「」
・斎宮と鬼龍
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20200720
初公開日: 2020年07月20日
最終更新日: 2020年07月21日
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