君、残業でいいよね。だなんて聞かれたら、いつもなら「はあ、大丈夫です」としか言えないだろう。何も予定は無いし、一二三とは生活リズムがあまり合わない上、特段これといった趣味がない人間である俺はそれしか言わない。いや、絶対それしか言葉が出ない。
 でも今日は、今日だけは何としても定時で帰らなきゃならなかった。だって、1ヶ月前から一二三にしつこくしつこくしつこく何度も言われていればこうもなるんですよ解るか課長おいこっちを見ろ。あっ、本当に見ないでください。課長、課長。こっちは睡眠学習だってさせられてんですよ。『5月15日は定時帰宅』って、それを思うだけでも変な汗が出る。変なケーキ食ってんじゃねえよ、課長。あ、それ。奥様の手作りのやつだ。それは美味かった記憶がある。変なやつだとか思ってすみません、すみません。
「観音坂君。君、今日残業でいいよね」
「あ、あの、俺今日誕生日で」
「え」
「い、いえ!何でもありません!すみませんでした!」
 すまん、一二三。許してくれ。2時間、いや、1時間で帰ってきてみせる。どうかな、3時間で帰れたらちょうどいいくらいか?
 いくらディビジョンラップバトル優勝チームに所属しているとはいえ、日本社会に生きる普通の、つまらないサラリーマンは会社という存在には一向に逆らえないんだ。解るか?いや、お前も店に、子猫さんに逆らえない存在だから解るよな。すまん、本当にすまん。もしあれだったら、今ちょっと流行ってる配信飲み会みたいな感じで映像だけでも楽しめたら、あ、ダメだ。それはダメ。それは泣いちまうかもしれん。
「いやぁ、良かった。シンジュク中央病院の、神宮寺先生が18:00に来いと仰っててね」
「へ」
「君、さっき電話対応中だったでしょう?私がかわりに返答しておいてあげましたよ。あそこは大口なんだから、行かないなんて許さないからね」
「は、はい」
 何故か一二三のしてやったり顔が脳内を過った。寂雷先生だって、今日の事は知っている筈だ。本当に、仕事の話なんだろうか。また病室に押しかけてご迷惑をおかけしていないんだろうか。ああ、ああ!先生が優しくて、尚且つ俺が先生に頼ってばっかりだから、一二三も調子に乗るんだ絶対そう。生きてて申し訳ありません先生。生まれてきてしまって、いや、誕生日なんだから何をそこまで思うか。今日くらい俺の自由にさせろ、自由だ!
 胸ポケットに入れていたスマホが小さく震えた。噂をすればなんとやらの、寂雷先生からのショートメッセージ。
『うまく抜けられそうかい?待っているね』
 大人になって久々に涙が出そうになった。先生、ありがとうございます。ありがとうございます。そうして少し後に、お誕生日おめでとう。の可愛らしいスタンプが送られてくる。ああ、スクショを撮ろう。ありがとうございます。
17時までにはルーティン作業を終わらせてやる、絶対だ。
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独歩誕のを書いてる
初公開日: 2020年05月15日
最終更新日: 2020年05月15日
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独歩誕のを書く
筋トレ
アヤカさんはミモザがこぼれるように咲く頃、動物園のペンギンの檻の前で懐かしいおもかげを見た話をしてく…
瀬をはやみ
山の神、鹿の子
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