フォドラの北端に位置するファーガスの中でもスレンとの国境に近いゴーティエ領は寒さが特に厳しい。それ故、翠雨の節にもかかわらずこの土地は涼しげな風が吹いていた。
「フェリクス様、よくぞ御出でくださいました」
ゴーティエ家の家令は慣れた手つきで屋敷へと案内する。
「此度の滞在は」
「三日だ」
一週間ほど滞在したかったのだが、長く屋敷を空けるわけにもいかない。立場に、責任に縛られること。それが酷く苦しいことを、ここ数年の間に嫌というほど思い知らされた。
「当主殿は、今何処へ」
「申し訳ありません、今はスレンの方へ出陣しております。何か言伝がございましたら、わたくしの方から」
「いや、いい。挨拶をしておこうと思っただけだ」
冬の間は雪に守られていた国境も、夏は無防備だ。今、かの御仁はスレンの侵攻を防ぐため国境に睨みを利かせているのだろう。
「滞在の間はこのお部屋をお使いください」
「すまない、感謝する」
通された部屋は南側に面した部屋だった。白の壁と赤い絨毯。華美な装飾は施されておらず、質素という言葉が似合うこの部屋で窓際に飾られた花だけが、この部屋を彩る唯一の物だった。
「去年と変わらずこの部屋でよろしかったでしょうか」
家令は気遣うような目でこちらを伺う。
「ああ、問題ない。我儘を聞いてもらってすまないな」
「……差し出がましいことを申しました。それでは、ごゆっくり」
家令が去り一人になった部屋で、あいつを思い浮かべる。
「シルヴァン、お前は今何をしているんだ」
「地獄ってのは、自分の頭の中に在るもんなんだぜ」
ガルグ=マクの黄昏。太陽が沈む間際に放つ眩い光があいつの顔を覆い隠す。あの時のお前の顔を、俺はもう思い出すことが出来ない。いや、思い出すも何もその時のお前の顔は見えていなかったのだから、覚えているはずもない。
昔、あいつが言っていたことが頭の中で巡り続ける。何度も、何度も、呪いのように。真実、これは呪いなのだ。
「シルヴァン、お前はあの時何を思っていたんだ」
あれほど聞いたお前の声さえ、もう思い出せない。