父親からカメラ屋を継いで二年になる。
二十歳を過ぎたばかりの若造に勤まるものかと自分自身も半信半疑だったが、苦労はあるもののどうにかこうにか日々を過ごせていた。
レオナルド・ウォッチは故郷の街でカメラ屋の店長をやっている。
販売をメインに取り扱っているが、カメラの修理も受け付けていた。客は正直多くはないが、それでも様々な人間がやってくるため飽きはない。
その日も扉に取り付けたベルがからんと鳴って来客を知らせた。
「いらっしゃいませ」
そう言って顔を上げる。
カウンター越しに出入り口を見ると上品な服に身を包んだ男性がステッキを片手に立っていた。
若いが老齢にも見える不思議な雰囲気を纏っている。
被っていた中折れ帽をひょいと摘み取りながら彼はカウンターへと近寄ってきた。その顔を見てレオナルドはぎょっとする。
顔の上半分が鉄色の仮面に覆われており、表情を窺い知れるのが口元しかない。
金色の髪のベール越しにそれを見たレオナルドは言葉をなくしたが、すぐに戸惑いを払い落とし店長として彼に声をかけた。
「本日はどんな御用で?」
そう訊ねると彼は両方の口角を上げてカメラをことんと置いた。
黄色い塗装のデジタルカメラだ。少し古いもののように感じた。どこかのカタログで目にしたことでもあるのか、レオナルドはそのカメラに見覚えがあるように感じたが——これだけ目立つデザインならもっとしっかりと覚えているはずだと心の中で首を横に振る。
「このカメラを直してくれないかい?」
男性は落ち着いた声でそう言った。
修理依頼か、とレオナルドはカウンターの上に置かれたカメラを手に取って軽くチェックする。
「電源がつきませんね、充電は?」
「してみたが動かなくてね、本体そのものにデータが入ってるんだがそれも上手く取り出すことができなくて困っていたんだ」
レオナルドは短く唸って男性を見上げた。
「もしかするとデータは取り出せないかもしれませんが、いいですか?」
「ああ、その時はその時だ」
それでもいいから、と男性はじっとこちらを見る。
目元は見えないというのに見られていることだけはわかった。
「それでもいいから、これは君に直してほしい」
いやに熱烈だなと思ったが、言葉に籠もっているのは熱というより切実な何かのように思える。
妙な感覚に囚われながらもレオナルドはカメラを持ち上げて笑った。
「やってみます」
***
レオナルドがカメラを受け取った後、専用の用紙に住所氏名を記入した男性は「じゃあ宜しく」と片手を上げて去っていった。
レオナルドは紙を眺めながら細い目を更に細める。
(見たことのない住所だなぁ……それだけ遠くからわざわざ僕のところに? 有名でもなんでもないのに?)
不思議だ。
不思議といえば名前も不思議だった。
氏名記入欄には『Femt』とだけ書かれている。
普段からそこまできちんと書かなくてもいいですよ、などと客に言っているレオナルドだが、ファミリーネームもないのは初めてだった。
とはいえ何か事情があるのかもしれない。ただのカメラ屋が深く介入することじゃないよな、と自分に言い聞かせて用紙をしまう。
さて、受け取ったはいいがカメラはしっかりきっちりと壊れていた。
一通り調べてみたがなぜ電源がつかないのかさえわからない。
解体した際にパーツの状態もチェックしたが、経年劣化はあるものの故障の明確な原因とは思えなかった。
大きく伸びをし、関節が盛大にばきぼきと鳴ったことで三時間も経過していたことに気がつく。
一旦ボディを閉じ、他の業務をこなしてからいくつかのパーツを手元に集めて座り直す。こうなったらもう一度虱潰しに一ヶ所ずつ調べていこう。
張り合いのある相手に出会った気分になりながら、レオナルドはピンセットを手に取った。
翌日の昼のこと。
拡大鏡を覗いていると例の男性——フェムトが再び店を訪れた。
「やあ店長、調子は如何かね?」
「ああ、すみません、なかなか原因が特定できなくて……」
「やはりか」
フェムトはカウンター脇に置いてある簡易イスに腰を下ろすと頬杖をついた。一言もなしに座るのは失礼な行為にも思えたが、なぜか注意する気になれない。
「中身総入れ替えになってもいい。そしてどれだけかかってもいいから、どうか直しておくれ」
「やれるだけやってみます」
ボディケースだけしか残らないなら新しいカメラを買ったほうが早いが、思い入れは人それぞれだ。このカメラはそれだけこのフェムトという男性にとって大切なものなのだろう。
「今は何をしてたんだい?」
「パーツを拡大して確認してました」
拡大鏡を見せるとフェムトは不思議そうな顔をした。
「珍しいものを使っているね」
「……? ただの拡大鏡ですけど」
「ああ、いや」
気にしないでくれ給え、とフェムトは自分の額を中指でトントンと叩く。
レオナルドは首を傾げつつ深くは追求しなかった。
「さて、また明日も来るけど催促ではないからゆっくり修理しておくれ」
「は、はあ」
暇なのだろうか。
暇という単語がこの人にはいやに似合う気がした。
「じゃ」
短くそう言い、フェムトは昨日と同じように店を出ていく。
背中を見送ったレオナルドは今度は軽く手を振った。
修理がゆっくりゆっくりと進む中、フェムトは毎日やってきてはレオナルドと短く会話した。
時折普段より長く滞在し、手土産に持ってきたシュークリームやらケーキやらを一緒に摘んだこともある。
店は普段から客が少ない。フェムトが毎日来ても迷惑には感じず、むしろ少し楽しかった。
その分思うように修理が進まないのが申し訳ない。
ある日、雨の中店に訪れたフェムトにレオナルドはいつもより少し小さな声で訊ねた。
「このカメラって、あなたのものじゃないですよね」
「おや、わかるのかい」
「なんとなくですけど。……元の持ち主って……」
どんな人だったんですか。
そう訊ねかけて言葉に詰まる。多少親しくなっただけの人間が訊いていいことではない気がした。
「稀少、という意味で大切な友人かな」
レオナルドの戸惑いをよそに、何を訊ねたいのか感じ取ったフェムトがそう答える。
「稀少?」
「僕にないものを持っている」
フェムトは頬杖を解き、代わりに足の上で両手の指を組んだ。
「だから困ったことに替えが効かない。それを直せばもしかすると帰ってきてくれるかもしれなくてね」
「あはは、喧嘩でもしたんです?」
「うーん、原因としてはそれのほうが上等かなぁ」
もしかするとフェムトがカメラを壊してしまい、本当の持ち主が怒って出ていったのかもしれない。
いつも澄ました態度の彼だが、もしそんな理由だったら……と想像して小さく笑う。ばれないようにしなくては。
「……あれ」
「どうしたんだね」
「このパーツを換えたらいいかも……」
ふとそんな気がして新しいパーツを在庫から漁る。手慣れた手つきでそれを交換すると、次はこれを換えればいいのでは、あれも掃除すればいいのではと無意識に浮かんできた。
「あー! 在庫のないパーツもある! すみませんフェムトさん、今日中に直りそうって思ったんですけどもうちょっとだけ待っててもらえますか……!」
フェムトはにっこりと笑って返した。
「僕はいつまでだって待つよ」
店を閉めてからもあのパーツを、このパーツをという考えが湧いてきて眠るのに苦労した。どれだけ焦ってもパーツがなければどうしようもないのだ。
とはいえ取り寄せたパーツはすぐ届くだろう。そう珍しいものでもない。
代わりに明日はフェムトとどんな話をしようか、そんな思考にスライドさせる。彼とは色んなことを話してきたが、レオナルドの知らない場所の話も多く退屈しなかった。
もしかして世界中を旅する活動家か何かなのだろうか。それとも毎日違う服で、そのどれもが上質なところを見るに旅行好きの資産家か何かか。
まだそこまで突っ込んだことを訊ねる気にはなれなかったが、いつか知ることができるだろうか——そこまで考えてはっとする。
カメラが直れば彼はここへ来なくなる。
用がなくなったなら妥当なことだ。
「……」
寂しくないと言えば嘘になる。店長と客という立場だったが、会話を重ねている内にまるで友人のように感じ始めていた。
しかし、だからといって修理の手を止めるわけにはいかない。
パーツが届いたらその日の内に直してみせよう。
そう決意し、レオナルドは目を閉じた。
パーツが午後に届く予定だ。
あれから数日経ち、その間フェムトを待たせることになるのは心苦しかったが、今日はやっと良い報告をできそうだった。
ハンバーガーを片手に現れたフェムトはいつものようにイスに腰を下ろす。
「うわ、随分と立派なバーガーですね」
「店でテイクアウト用に包んでもらったんだ。そろそろ君も昼飯時だろうと思ってね」
「察しがいいというか察しがよすぎるというか……」
紙袋から取り出したハンバーガーに視線を移す。両手で持っていてもずしりとした重みを感じるボリュームで、気をつけなくてはソースが垂れてしまいそうだ。
こういう食べ物は店ではご法度なんだけれどなぁ、と思うも今日は他に修理の依頼もなければ客もいない。今だけは店長の僕が目を瞑ってあげよう。
などと思いながら二人でハンバーガーにかじりつく。
「うわ! これ美味い……、です、ね」
「ん? 口に合わなかったか?」
「あ、いや」
レオナルドは口元を軽く拭う。
「なんか懐かしい味だなぁと思っちゃって。でも変ですよね、こんなバーガー食ったことないし、近所にそんな店も……」
レオナルドははたと気づく。
そうだ、こんなハンバーガーを出す店は近場にない。それなりにB級グルメは好きなため周辺の店のことはある程度把握しているつもりだ。
だというのにハンバーガーはついさっき買ってきたばかりのような温もりがあった。
いや、きっとフェムトは車で移動しているのだ。もしくは自分のチェックできていない店があったか。
自分だって所詮はただの人間、確認漏れなどざらにある。不思議に思うこと自体が不思議だ。
「おっと! 変なこと言っちゃってすみません。想像以上に美味くってビックリしたんです」
「この程度でビックリするとは貧相な舌だなぁ」
「すみませんね貧乏人で!」
そこまで言われていないのに無意識にそう返し、しかし本人は気づかないまま再びハンバーガーにかじりつく。
しばらく咀嚼しているとフェムトが口を開いた。
「そういえば君、一人でここを切り盛りしてるのかい?」
「あ……そうですね。父さんは引退してから母さんを連れて海辺の街に引っ越したんです、小さい頃からそんな街で暮らすのが夢だったみたいで」
決めたぞ! と引っ越しの計画を話された時は仰天したものだが、今の生活があるのもその決断のおかげだ。
「あとは……その、ちょっと足の悪い妹がいたんですけど、妹も昨年結婚しまして」
「おお、それはめでたい」
「今は結婚相手の故郷で暮らしてるんです。少し遠いんでたまにしか会えませんけど、元気にやってますよ」
「ふむ」
フェムトはじっとこちらを見る。
また見られている。初日は目を逸らしたくなったが、今はなぜか落ち着かないものの目は合わせておきたいと感じた。
「君は今、幸せかね?」
「へ?」
「幸せかと訊いている」
目を瞬かせながらレオナルドは頷いた。
「まあ、不幸ではないと思ってます。こうして普通に暮らせてるのはきっと……良いことで……」
普通。普通だ。たしかに普通の暮らしで、不自由はあっても不都合はない。
家族は幸せで自分もこうして生計を立てられている。そのどこに幸せ以外の要素があるのか、とも思うのだが——だが、なぜか納得できない自分もいた。
何か見落としている。
そんな正体不明の焦燥感がある。
「ミシェーラのために君はやるべきことがある」
「フェムトさん?」
なぜ妹の名前を知っているのだろう?
訊ねようとしたところで来客を告げるベルが鳴った。
注文していたパーツが届いたのだ。
包装を解き、作業デスクに向かうとカウンターの向こうからフェムトの声がした。
「僕も見てていいかね?」
「あ……はい、もう難しい作業はしないですし中に入ってきてもいいですよ」
普段は作業スペースに客を入れることはないが、今日くらいはいいだろうという気分になって呼び寄せる。
なぜミシェーラの名前を知っていたのかはパーツの到着で有耶無耶になってしまった。近所の人や知り合いに聞いたのかもしれない、と思うが、フェムトなら何でも知ってそうだと謎の諦めも感じていた。
フェムトが来てから不思議なことばかりだ。
既存のパーツを取り外し、慎重に新しいものと交換していく。
それを真後ろからフェムトが覗き込んでいるのがわかった。
——ミシェーラのためにやるべきことがある。
(一体何を……?)
兄としてやれることはやった。巣立っていった妹にできることはもはや少なく、彼女を守る騎士の役目もミシェーラの夫のものだ。
ミシェーラの夫、トビーは家柄も申し分なくレオナルドが資金援助する必要もない。足は生まれつきのためどうしようもないが、それも出来ることは本人が望む限りすべてやった。
あとは鮮やかな世界が広がっていることを、彼女が彼女の目で見ることができていればそれでいい。
(それでいい、……)
ミシェーラは目が不自由なわけではない。
なのに比喩ではなくそう思うのは何故なのか。
かちり、と最後のパーツをはめ込み、レオナルドは静かにケースを閉めた。
「バッテリーは?」
「それも新しいものに。すでに充電してあります」
今日直しきる気でいたため準備は万端だ。
バッテリーを入れ直し、一度だけ深呼吸をしてから電源ボタンに指をかける。折角見ているのだからフェムトにやってもらえばいいのにと自分でも思うが、これはレオナルド自身の手でやらなくてはならない気がした。
ボタンを押す。
僅かな起動音がし、画面が明るくなった。
起動画面を経てレンズを通した景色がモニターに映る。
「……! 直った!」
ぱっと顔を輝かせて後ろを振り返るとフェムトも笑みを返してくれた。なんだか嬉しい。
そうだ、データは?
内蔵メモリはそのまま交換せずにとっておいたが、大分弄ったためデータが残っているか怪しい。
恐る恐る写真一覧を見ようとして——なぜか心がざわついて指が止まった。押してはならない気がする。
しかしそれは己の気持ちというより、何者かに押すなと言われているかのようだった。
「レオ」
短くフェムトが言う。
「それは君が打ち勝つべきものだ」
彼はまたよくわからないことを言う。
窓の外から子供のはしゃぐ声がした。鳩の飛び立つ音がし、遠くから車の音もする。ドアにはめ込まれたガラスからは柔らかい昼の光が射し込み、それらはすべて見知った日常だった。
こんなに穏やかなのはおかしくないか?
不意にそう思う。
「……」
兄として、ミシェーラのためにしなくてはならないこと。
それをせずに生温い日常に浸かっているのは——許せない。許せないのは自分だ。自分が、自分を許せない。
なぜこんなことを思うのかわからなかったが、レオナルドは大きく息を吸い込んでフェムトを見た。
なぜか彼は頼りたいと思った。
「フェムトさん」
「なんだね」
「僕のこと、応援してください」
「子供みたいだな!」
フェムトは尖った歯を覗かせて笑うと、レオナルドの肩に手を添えて言った。
「君は応援なんかしなくたって勝手に足掻き、抗い、頑張れるだろう、レオナルド・ウォッチ」
「……遠回しな応援ですね、それ!」
舌を出して笑いつつレオナルドはボタンを押した。
カメラ本体に収められていた写真がモニターを流れていく。
勝手にスクロールされるそれは妹の笑顔の写真で、見たこともないほど巨大な霧のドームの写真で、異なるものが混じり合った奇異な街の写真で、まるでハリウッドの特殊メイクを施したような人々の写真で、——かけがえのない仲間たちの写真で、仮面を付けた不思議な男性の写真だった。
笑みを浮かべる妹の写真、その瞳がまるで天に広がる星空のような色に染まっていることに気がついてレオナルドは息を呑む。
兄として取り戻さなくてはならないもの。やらなくてはならないこと。
「そうだ、僕は」
この奇天烈で不可思議で剣呑な街、
「ヘルサレムズ・ロットで……」
そこで、やらなくてはならないことが沢山ある。
この写真に写る街は、ヘルサレムズ・ロットだ。
そう確信した瞬間、カメラの写真は写真ではなくレオナルドの記憶になった。
あちこちから砂を握り潰すような音がする。見ると景色が端から端から細かな粒子になって消え去っていた。
その光景はまるで霧に烟っているようで、レオナルドは口を半開きにする。
「長かったな! 退屈で死ぬかと思ったよ!」
後ろから声がし、レオナルドがイスから立ち上がるとそのイスも空気に溶けて消えていった。
残された虫食いの白い空間の中、フェムトと向かい合って立ったレオナルドは手の中のカメラを見下ろす。
記憶の写真。崩れ去る世界。それを見てようやく思い出した。
自分は——仲間たちと、ライブラと争っていた呪術師を名乗る男に呪いをかけられたのだ。
些細な呪術しか使えないはずの男だったが、彼が最後の悪足掻きとして命と引き換えに放った呪いは見事にレオナルドを蝕み、そしてそこでレオナルドの記憶は途切れている。
「君は呪いを受けて昏睡状態に陥っていたんだ。いや、陥っていると現在進行形で言うべきかな。いやはやなかなかカメラを直せないもんだからヒヤヒヤしたよ」
「……ゆっくりでいいって言ったでしょう」
半眼になりつつも睨むことはせず、レオナルドは肩の力を抜いた。
フェムト。堕落王フェムト。
彼は——こう言い表すことが適切かはわからないが、友人だ。奇異な街で奇異な縁に恵まれて、その縁を束ねる内に友人になっていた。
呪いによる擬似世界、そこへ助けに来れるとしたら彼しかいない。
そう、フェムトは自分を助けに来てくれたのだ。
残虐非道をポップに装飾したような超常人、しかし身内に対してはどうにも甘い、そんなメモリの狂ったような人間味を持つ人。
そんなことを思われているとは露知らず、フェムトはレオナルドの手に収まったカメラを指さす。
「呪いを解かない限り君は目覚めない。しかし記憶を壊されこぢんまりとした世界に閉じ込められた君にライブラたちは手も足も出なかった。なにせ手も足も届かないところだからね」
「だからあなたが来てくれたんですか」
「仕方なくね、し、か、た、な、く!」
フェムトはカメラを指していた指をレオナルドの額に持っていく。
「呪いを解くには壊された記憶を本人に直させる必要があった」
「だからカメラの形にして……?」
「そう。そのカメラそのものも記憶を喚起するトリガーになるだろうと思ったんだ」
「毎日話しに来ていたのもその一環ですか」
「……」
フェムトは黙り、しかし五秒も経たない内に口をへの字にしてから言った。
「それは単純に退屈だったからだ」
「退屈……」
「君がいないと退屈だ。暇だ。まあ居ても退屈だし暇だが度を過ぎたものになって許容できなくなった」
まただ。またなんだか嬉しい。
ヘルサレムズ・ロットに戻れば平和とは縁遠くなるだろう。両親はきっと幸せではないし、ミシェーラも目を奪われたままだ。
だからこそ自分がやらなくてはならないことがある。
その中にはフェムトを退屈させないことも含まれている気がした。
「もし……もし修理に失敗していたらどうなってたんですか?」
必ず成功するというものでもなかっただろう。そう思い訊ねてみると、フェムトはあっけらかんとして答えた。
「もし失敗していたら、この世界は永遠に閉じたままだったろうね」
「永遠に……」
「そしてさすがの僕も出られなくなっていただろう。それほど奥深くまで潜っている」
レオナルドはぎょっとしてフェムトを見た。
彼にとってもそんな危険な賭けだとは思っていなかった。失敗しても少なくともフェムトだけは無事に帰れる、そう思っていただけに衝撃が大きい。
「そ、そんな危ないことを……!」
「いやまぁ、外にいても退屈だし?」
フェムトは肩を竦めてみせる。
「君の世界ならまぁいいか、と思ったんだ」
「……ギャンブラーなのも程々にしてくださいよ、もう……!」
喜色から赤くなった頬を隠すように俯き、レオナルドは口を引き結んでからゆっくりとそれを解いた。
「けど、ありがとうございます……フェムトさん」
「礼は起きてから言っておくれ。ほら、行くよ」
埃の一欠片もなく真っ白に脱色された世界の中、片手を差し出したフェムトを見上げてレオナルドは力を抜いて笑う。
皆が皆幸せな日常を送る世界を手放すのは辛い。
しかしそれは自分のいるべき世界ではない。
ならば帰るべき場所は決まっているではないか。
「……はい、帰りましょうか!」
レオナルドはその手を握って歩き始めた。
どんな道で帰るのかさっぱりわからない。けれどどんな行き先かはわかっている。
向かう先はきっと、地球上でもっとも剣呑な街。濃い霧に包まれた異世界と現世を繋ぐ地、ヘルサレムズ・ロット。
フェムトと、自分の暮らす世界だ。
確信を抱きながら足を進める。そんなレオナルドの右手には——しっかりと、黄色いデジタルカメラが握られていた。
END
とりあえずおしまいです!お付き合いありがとうございました〜〜!!!
2時間半くらい経ってる!ウワー!