その世界はずっと月に照らされていた。天球という概念はあったが、地動説はなかった。げんに地は動いておらず、空の――夜空の景色だけが季節によって変わるのだった。
 世界は星々と月の光で照らされる明とその陰でかたどられていた。明るい部分は月の光を受けて青く、陰はまさに闇だった。
 人々は青い光を受けて育ち、黒い闇の中で眠った。月が見えればそれは起きるべき時間で、月がないときには、いっさいの活動ができなくなった。だから眠った。青い光でも育つ植物があり、それを主食にした。じきに一定の期間で星々の並びが入れ替わることがわかり、おおまかな暦ができた。そしてそれより短い周期で満ち欠けを繰り返す大きな月により、人はひと月と一日を手に入れた。空の季節は変わるが、地上の冷えびえとした気候にあまり変化はなかった。人々は植物で反物を織り、それをまとった。
 青い光のもとで育つ植物を刈り取りながら、誰かが噂し始めたのはいつだろうか。
 ここよりもっと明るい世界がある、という。そこには月の何百倍もまばゆく熱い球体が浮かんでいて、あたたかく、食物にも困らないという。
 それはほんとうに、ただの噂だった。世界の果てに行こうと試みた何人もの人間が、そこは「終わり」だったといった。暗闇のとばりが、まさに物理的な遮蔽物となって立ちそびえていて、その先は夜空へとつながって、登りようもない。だからそこが世界の「終わり」で、この世はずっと月の支配する場所なのだと。
 玄武はそこで生まれた。月の光を浴びて育ち、青い光で育つ植物を食べ、ひょろりと細長い青年になった。
×××ここまで既存×××
 麗がぱたぱたと駆け寄ってきて、抱えていた分厚い書物を玄武に手渡す。
「ああ悪いな、運ばせちまった」
「非力だと侮ってほしくない。わたしにだってものは運べる」
「いや、ナメちゃいねえよ。ただ向き不向きの問題なんだ」
 玄武は受け取った書物、革装の立派な本のタイトルをなぞると、ぽわんと不似合いに暖かい光が浮き出てすぐにかき消えた。
「それは……」
「ヒルさ。ヒルから来た旅人が持ってきた、ヒルが染み付いた金属は、夜が触ると光って力をなくす」
 玄武は興味をなくしたように袖机に本を袖机の一番上に据え付けて、乱雑な引き出しの中から青白くないいくつもの資料を取り出す。
「麗、そろそろ知る歳だ、いきなりだが講義を始める」
「今から? わたしは、その、楽器を置いてきてしまって」
「それくらいなら待てるから取ってこい。あれは手放しちゃあいけねえもんだろう」
 頷いた麗が踵を返して自室に向かうのを玄武は椅子に腰掛けたまま見る、遠くなる背中を見る。わずかひとつの歳の差が無知と既知の溝を生んでいる。だがそれも今日で終わる。
 玄武と麗、それに享介は"夜"のなかでも特権階級にある。玄武は曲がりなりに存在する統治機構の歯車として、麗は暗闇を彩る音楽家として、そして享介はこの"壁"の外に対する警備隊として、市民が得られない知識と力を持っている。そして彼らには秘密がある。玄武はそのことを享介に教わり、この一年秘匿して、次の代たる麗に今渡そうとしている。玄武は細く長く息を吐き、目を閉じた。纏った布がぼんやり明るくひかりを孕みはじめて、世界に月が出たことを知らせた。天候は概ね良好で、夜の住人たちが飢える心配はなかった。だから今日は格好の夜だ、麗と、享介と、自分が会して、本当の秘密に触れるための。
 やがて麗はヴァイオリンを抱えて戻ってきた。玄武はその瞳から強さが失われていないことを確認して享介の部屋にシグナルを送る。享介も現れて三人は等間隔のトライアングルに座る。
「話、話があるって言ったな、俺は」
「うん。オレも知らないっていうから、ドキドキしてるぜ」
「享介さんも知らないのか」
「……これは俺がかってに調べたことだから、上も下も誰も知らねえ。二人だから話す」
 玄武は交互に二人の瞳を見つめて、黙れるな、と念を押した。享介は面白そうなことにワクワクしていたし、麗は玄武に信頼されたことの喜びでうなずいた。
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昼夜のつづき
初公開日: 2020年04月13日
最終更新日: 2020年04月13日
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昼夜のつづきをやります
寝れないからやるか、ライブ
寝れないから昼の続きするよ。
ちど
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