#堀川
午前11時…5分前。もう我慢の限界だ。
いつもは朗らかな表情を見せて場を和ませることに長けているこの堀川が、こんなに神妙な顔をして立ち上がり決意したように部屋を出て行くなんて、ない………いや、割とあることだったりする。
「あーあ、主さんってばまた堀川さん怒らせて」
「仕方ねえなああいつは」
慣れた様子でその後ろ姿を見送る同胞達は、軽い調子で雑談しながら米菓子を口に放り込んだ。
「主さーん…主さーん! 起きてください!」
柔和な表情を精一杯般若の顔にして、堀川は自身の主である審神者の部屋の扉を大きな動作で開けた。
暗闇から日の差し込んだ部屋は燦々たる有様だ。本が開きっぱなしで置いてあったり、コップが汚したまま放置されていたり、脱ぎっぱなしのジャージがその辺に放ってあったり…そんな雑多な室内に、彼女はいた。
「うう〜ん……ほりかぁ…今何時…」
「もう11時ですよ。昨日また遅かったんですか?」
部屋の中心に敷かれた布団の上で包まっていた彼女はボサボサの髪をがりがりとかいて怠そうに起き上がる。
「昨日……友達がマリカーで勝負を挑んできてさ…勝ったんだ」
誇らしそうにVサインを掲げたのを尻目に堀川は部屋の片付けをこなす。
「知りません。そんな誇らしく言うことじゃないですから。もう昼になっちゃう時間ですよ? 仕事! 仕事して下さい」
「え、仕事? マリカー?」
「マリカーから離れてください。あなた審神者でしょう」
「えーもう今日は休みでいいようー。堀川だって休みたいでしょー」
「僕は仕事しますよ。主さんも仕事をしてください。
 あ! こら! またそんなの食べて! 昼ごはんもうすぐでしょ!」
ものぐさそうにその辺に開けてあったポテトチップスをつまんで食べ始めた審神者に堀川の怒号が飛ぶ。
「ほんっとうに主さんは! そんな生活してたらダメですよ!」
「堀川おかーさんみたい」
服をたたみ、本を片付け、掛布団を剥がすと布団の虫が文句を言う。ブーブー聞こえる文句を聞き流しながら、元から主はこんなだらしのない人だっただろうか…と考えを巡らす。
そんなことはない。最初はしっかりしていた。…最初は。
だんだんと緩くなっていったのだ。
それはもしかして、自分がフォローをするからこんなにもだらしなくなっていったのだろうか、と堀川は思う。
「とにかく、着替えて顔洗って仕事してください」
「しなきゃダメ?」
「ダメ」
強目の調子で言うと、これ以上わがままは通用しないとわかったのか、審神者は重々しく身体を起こした。
厳しい堀川の監督で、審神者の仕事は粛々と進められた。
本当は出来る人なのに、なぜこんなにだらしない人になってしまったのだろう、と堀川は思う。
きちんとした文章だって書けるし、刀達に対する扱いだって悪くない。よく観ているので適材適所な編成を組めるし、戦績だって悪くない。
「堀川〜〜〜〜もうちゅかれた〜〜〜〜」
これさえなければ。
この、数十分ごとに切れる集中力さえなんとかなれば、主さんはもっとしっかりとした審神者になるのに…。
「さっき休憩したばかりですよ」
「だって疲れたんだもん〜」
全身を畳に投げ出しごろごろと転がることアザラシの如し。もう一度叱りつけようと堀川が息を吸う時、背後から訪問者の声がした。
「まあまあ堀川さん、ちょっと休憩したら? 主さん、これ差し入れ!」
少女のような風貌の乱藤四郎が顔を覗かせ快活に声をかけた。手には差し入れのお煎餅の袋が乗っている。
「やった! 乱ちゃんありがと〜!」
「…仕方ないなあ。主さん、あとでこの書類もやるんですからね」
「ふぇ〜い」
気の無い返事に眉間にしわを寄せていると、乱と一緒に顔を覗かせた薬研や厚が堀川の様子を見て笑う。
「大変だな、近侍は」
「大将、あんまり堀川さんを怒らせてると、この本丸から出ていっちまうかもよ」
けたけたと冗談交じりに焚きつけたのだが、堀川は特に否定もせず、ふー、と息をこぼす。
「そうだね、もっといい余所の主さんの所に行こうかなあ」
「おっ、そうするか?」
「もっといい主さんかあ、大人の魅力満載な主さんとかいいなあ〜」
「俺は渋い初老の大将とか、いいな」
「ちょっとちょっとちょっと」
堀川の何気ない言葉に賛同するようにワイワイと賑やかす刀達に、穏やかでいられないのは審神者だ。
「な、何いってんの、堀川出ていったりしないよね…?」
少し焦ったように少女はぱちぱちと堀川を見つめた。この反応に、意外に効果はありか?と思った堀川が更に主を焚きつけようと言葉を重ねる。
「僕だって、主さんの世話ばっかり焼いてるの嫌ですからねー」
「えええ」
「それが嫌だったら、これを機にもっと普段からしっかり……」
いつもお説教タイムは耳から耳を通り抜ける審神者は、今日もまた堀川の説教を聞き流しながら、堀川に捨てられることで頭がいっぱいになっていたのだった。
***
「どうしよう兼さん! 堀川に捨てられるー!」
審神者が不安に感じて泣きついた先は、堀川と相棒の関係である和泉守兼定であった。
「なんだなんだ、とうとう見限られたのか?」
ニヤニヤ笑いながら和泉守は審神者の頭を撫でくりまわした。
「うん、もー今までで一番やばいかもしれない! どーしよう!?」
「国広がねえ…まあ、あんたの態度次第じゃねえか?」
和泉守兼定としては、相棒の堀川国広がこの審神者の少女を見限って出て行くなんて、星が降り落ちるくらいありえないとは思っているのだが、普段から相棒が苦労しているのは知っているので、ちょっとばかし脅したって問題ないだろうと思っていた。
というか、この状況を面白がっていた。
「国広に、自分はこれだけできますーって、見せてやればいいじゃねえか」
「えー…」
「あんたはやりゃあできるんだから、国広に文句言われる前にやってみせりゃいい。つーか、言われっぱなしで悔しくねーのか?」
「んんー…」
渋い顔をして唸る審神者は、多少は和泉守の言葉に心を揺らしているようだった。
「できるところ見せてやったら、国広だってあんたのこと見直すぜ? そしたらその後の待遇だってよくなるってもんだろ」
思っていたより、ガチに説得してしまったことに我ながら驚きつつ、和泉守は「な」っと主と視線を合わせた。
「そうだなあ…堀川がすごいよ主さん!って言うのは聞きたい気がする」
普段そう言われるのは和泉守なのだ。「すごいよ兼さん!」といつだったか言っていたのを思い出し真似して言ってみた。
「いいじゃねえかいいじゃねえか。国広を驚かしてやろうぜ!」
***
「主さん、朝で…」
「おはよう堀川」
「おはようございます…。あれ…起きてたんですか」
もうとっくに起きて敷いていた布団も片付けていた審神者に、堀川は眼をぱちくりさせて驚いていた。
「どうしたんですか? 今日は雨でも降るのかなあ」
起きれたのは奇跡だとでも思っているらしい。普段の彼女なら「私だって起きれるもーん」と軽口を叩くところだが、その様子は鳴りを潜めさせ、堀川に対してちょっと大人っぽく対応する。
「コホン。堀川。今日は提出する書類を片付けるから」
「え、あ、はい」
ワンテンポ遅れた調子で堀川が返事をするのを、内心ニヤニヤしながら審神者は朝食を食べに食堂へ向かった。
和泉守にのせられて優等生をはじめてみた審神者だったが、意外にも本人もびっくりするほどしっかり審神者業をこなしていた。
もともとできない訳ではない。ただ、怠けたいと言う気持ちが人一倍強いだけなのだ。
目の前に積まれた書類を片付けるのは吐き気がするくらい嫌なことだったが、隣でぽかんとする堀川を見れば、もうちょっと頑張ってみせるかと奮闘した。
「主さん、…どうしたんです? 熱でもある?」
いよいよ心配そうな顔をさせて堀川が審神者の額に手を当てる。
「………ちょっと、どこかおかしいんじゃ…」
堀川のこちらを気遣う様を見て、審神者は内心高笑いをしていた。
あの、私に怒ってばっかりの堀川が、驚いてる!
そうでしょそうでしょ、私ってできる女なんだから!
見直したでしょ堀川ー!
最初はそう思っていた審神者だったが、本気で心配し出した堀川に対して、なんだか申し訳ないような気持ちになってきた。
そういえば、近侍はずーっと堀川で固定されていた。なんでそうなったか忘れたが、怠ける審神者に発破をかけるのは堀川で固定されていた。ずっと心労をかけていたのだ。
そう思うと急に堀川が気の毒になってきた。
「堀川、近侍交代」
言い渡した審神者に対して、堀川はそんなこと思ってもなかったかのように驚いて見せた。
「え…っ」
「他の子にやってもらうから。堀川は休んで」
「ちょ、ちょっと! 僕を外す…?」
誰がいいかな。とりあえず仲のいい乱ちゃんにしようか。いや、共犯ってことで兼さんにしようかな。
そんなことを考えている隣で、心穏やかでないのは堀川だ。
「っ、ちょっと、上手く行ったからって、これからずーっとうまくいくなんてこと、ないでしょう」
思っていた以上にショックを受けた顔をして、堀川が焦ったように言う。
「そんなことないよ。堀川に言われなくっても、私できるよ」
「無理ですよ! 人間ってそんなに簡単に変わるわけないです!」
「いーから! とにかく、近侍交代ー!」
追い出された堀川の様子を、気の毒そうに遠目から仲間の刀剣たちが見ていた。
「どうしちゃったんだろうあるじさん」
「なんからしくねえなあ」
「……」
思ったより大きな騒動になって心落ち着かないのは和泉守だ。
「まあまあ国広。ちっと休憩だ休憩!」
相棒は肩を落として落ち込んでいるようだった。気を取り直すように堀川の肩を叩いていると、審神者の部屋の襖が開いた。
「兼さん、近侍」
一言だけ言って審神者は引っ込む。和泉守は隣の相棒の不穏な様子が少し怖かったが、とりなすように快活に笑って見せた。
「お、俺かあ!? しょうがねえなあ!」
堀川を気にしつつも和泉守は部屋に入っていく。襖がしめられ、立ち尽くしている堀川をやはり気の毒そうに周りの刀剣たちは見守るのであった。
***
「…おいおいおい。近侍ってこんなにハードワークなのかよ…」
根を上げたように和泉守がため息をついた。
「今日はちょっと量が多かっただけだよ。いつもはもっと早く終わるし」
時計を見上げれば、時刻は日を跨いで数十分。二人はくたくたになりながら書類を整頓する。
「国広が調節してんだろ? はー、よくやるなあいつ…」
思い返せば仕事のことを全て把握しコントロールしていたのは堀川だった。今日なんか、堀川がいないだけでわからないことがいろいろあって、堀川に頼りっきりになっていたことを強く自覚する。
「まあ、堀川がいて助かってたのは事実だけど…」
「あんたももう少し国広のこと労ってやるんだな」
「んー…まあまあ、そのことはいいじゃない。ねえねえ兼さん、これやろー」
また説教されるのはごめんだ。早々に話を切り上げて、審神者はいそいそとゲーム機を取り出す。
「なんだあ?」
「ゲームだよゲーム」
「おいおい…。もうこんな時間だぜ?」
呆れたように和泉守が見上げた時計はすでに日を跨いでしばらく経っている。
「いいじゃん、頑張ったんだもん。ちょっとだけちょっとだけ!」
昔のゲーム機をテレビに繋いで、やるのはマリカーである。
最初は面倒くさがっていた和泉守も、マリカーを初めてしばらく経つと夢中になっていた。
「おま、バナナ置くな!」
「へへー! いっちぬけ〜!」
「まだだ! 俺はまだ負けねえ!」
人間も刀剣男士も時間を忘れて夢中にさせるゲーム機は偉大だ。2人ともすっかり熱中してしまい、時刻は丑満時だった。
「やべ、もう寝ねえとな」
「あー面白かったー」
和泉守がにやりと笑って審神者をこづいた。
「あんた、こんなこといつも国広としてたのか?」
「堀川の機嫌のいいときだけだよ!」
「なるほどなぁ、そりゃあ国広も近侍を外れたくないわけだ」
そうだろうか?
堀川をマリカーに誘うときは、堀川はいつも仕方ないなというようにコントローラーを握っていたが、本当は堀川もマリカーをやりたいから近侍を外れるのを渋っていたのだろうか?
「堀川、マリカーやりたかったのかな」
そう呟くと、隣で和泉守は盛大に吹き出した。
「はは…国広も大変だな」
「むっ、どういう意味?」
「なんでもねーよ。じゃあ俺帰るわ。早く寝ろよー」
立ち上がって襖を開ける後ろ姿を追い、手を振って見送る。
ちょっと大変だったけど、なんとか作業もできたし、堀川がいなくても大丈夫かな。
マリカーもできて楽しかったなあ。
審神者は大きく伸びをし、部屋の戸をすっと閉めた。
…それをすぐそばの物陰から穏やかでない心境で見ていたのは堀川である。
(え…こんな時間まで、主さんが兼さんと…!?)
心配して見にきたのだが、2人の楽しそうな声が部屋から聞こえてきて、入りづらくてすぐそばで右往左往していた。
ようやく出てきた時刻は午前2時。
年頃の娘が男とこんな時刻まで部屋に2人っきりなんて…
2人、楽しそうだったし…
僕といるより楽しそうだった…
妙な胸騒ぎを感じながら、堀川は暗い気持ちでその場に立ち尽くしていた。
***
堀川しかわからない書類
どうしてもわからず堀川に頼る
堀川冷たい
審神者に堀川じゃないとダメって言わせたい
実は堀川は審神者に頼られたくてその書類を自分しかわからないようにした
そういう小細工邪道
小細工したことを反省させる
元通り
堀川とマリカ
友達っぽい終わり?
堀川は一歩進みたい感じ
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堀さに
初公開日: 2020年04月12日
最終更新日: 2020年04月12日
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怠け者の審神者と堀川