その日、雪見和彦邸宅を訪れたのは、ただ単に仕事で家を空けている間に宅配便の荷物が届くかも知れないから代わりに受け取っておいてくれという子供のおつかいのような命題であった。
報酬として、帰宅の際は美味しいケーキの2つや3つくらい買ってこいよとメールのレスポンスをすると、うるせえという短い文が帰ってきた。
「おじゃまします」
そう言いながらもう随分と見慣れたワンルームへと足を踏み入れる。
「宵風くん、こんにちは」
既にソファで体育座りをしていたこの部屋の住民に挨拶をし、私は部屋の片隅に片付けてあった折りたたみ式の小さなテーブルを取り出し、その上に参考書を広げる。
ただただ、無音だけが室内に響いている。
宵風くんとどんな話をしていいのか、未だによく分からない。
気がついたら雪見の部屋にいて、雪見に話を聞いても家で預かることになったとだけしか答えてくれず、詳しいことも教えてはくれない。
そして、当の本人も自分のことを語るような事はしない。何もかもが闇の中。といったら大層ではあるが、実際に何も分からないまま私はこの大きな黒猫の様なニンゲンと無音を貫きながら同じ時間を共にすることが月に何度かあるわけだ。
「この問題、どうやるんだっけな……」
小さく呟いても元より返事は帰ってこない。仕方が無いので、手元の携帯電話で解の求め方を検索することとする。数学は苦手だ。
ふと、宵風くんは得意な科目とかある?と尋ねてみようと思ったが、答えが返ってくる保証もないので、心の中だけに留めておく物とする。一体どんな話題なら意思疎通が図れるのか、やはり分からないままでいる。
そうこうしているあいだに、参考書の問題を解くのにも飽き、私はカバンから携帯型のゲーム機を取り出し、電源を入れる。
面白いほどに宵風君からのリアクションはゼロである。
私だったら何やってるの?とか尋ねてしまうのにな……などと考えながら、ボタンをカチカチと押してコマンドの入力をする。
いっそ、雪見の部屋に据え置き型のゲーム機の一つや二つ、現行の物でもそうでない物でもあればいいものを、話を聞いた限りではんなもんねえよと一蹴されてしまった。
宵風君と遊ぶならどんなゲームがいいか考えてみる。パズルゲームかな、レースゲーム?パーティーゲームもなかなか面白い。いや、いっその事私が1人でRPGで遊んでいるところを後ろから眺めているだけでも……と思ったが、それでは現状と変わりがない。今度、雪見に購入の提案をしてみよう。あれで意外と稼いでるみたいな事を大人気もなく自慢してきたことを私はよく覚えている。
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