「まおうとゆうしゃ」(仮題)
主な登場人物
まおう:血統と容姿のみが取り柄とされる弱い魔族。魔王としての力は決して強くない
ゆうしゃ:生まれながらの王族であり、王家の結党から勇者が生まれた稀有な例
本文
空の蒼さはいつも通りだった。頬を撫でる暖かな風はまるでこちらを慰めるかのようだった。
己の能力の無さは自覚していた、だからと言ってどうしてこんな目に合うのだろう。
父親のような立派な魔王になれと言われても魔力も政治のセンスも何も持たない自分にあの針のむしろのような城で一体何ができたのだろうか。
「......まったくもって、嫌になる」
ぼそりとつぶやくも、ここにはそれを咎める執事も従者も居ない。
その事実に少しだけ胸がすく思いがした。だからと言ってこの現状が変えられるわけでもないが。
「一体全体、どうして人間の住む町のスラム街に放逐されたのだろう」
そう、ここは慣れ親しんだ魔物たちの住む町でも自身が住んでいた城でもない。
陳腐な小説の出だしにありそうなこの現状はどう見ても間違いない。
“親に追放された先は見知らぬ人間の街だった”
ただ、それだけのことだ。
当てもなくさまようこと幾時間、何を得るでもなく街並みを眺める。
まるで自分自身への当てつけのように澄み渡った美しい空に少しだけ腹が立った。
「ここは一体どこなのだろう」
スラム街ということ以外にまったくもって情報がなかった。
行きかう人々は自分自身のことで精いっぱいのようで、思いつめた顔をしながら往来を蠢いている。おそらくなじみのない顔であろう自分に対して値踏みするような視線や利用価値を図るような眼差しが降り注いでいた。
......父王様はきっと私がこの町で生きていけるなどとは思っていないのだろうな
自嘲気味に笑いながら注がれた目線の主たちへ睨みつけるようにして顔を向ける。
そんなことをしたところで何の効果もないであろう事は自分でもわかっていたが、何かしらの反抗というものをしてみたかったのかもしれない。
「......そこのボウズ、ちょっとこっちへ来い」
誰もかれもが遠巻きに自分を眺める中、ひときわ大きな男が声をかけてきた。
がっしりとした筋肉質の腕には幾重にも刀傷が走っている。
「......何か用か」
ぶっきらぼうに返すと、男は苛立たし気に顔をゆがめた。
遠巻きにしていた人々も騒ぎの気配を察知したのかこちらへと聞き耳を立てているようだった。
「聞こえなかったか、こっちへ来いといったんだ」
こちらを威圧するように距離を詰めてくる男に辟易する。
こちらのうんざりとした様子が伝わったのだろう、男はぎろりとこちらを睨みつけるとおもむろに首元を締め上げてきた。
「......ずいぶんと威勢がいいんだな」
そんな男の様子に冷めた目を向けると、彼はひるんだような表情をした。
「うるせぇ、初めから素直に従ってりゃあこんな目に合わずに済んだんだぞ」
そう言いながら軽々と担がれる。
少しは抵抗しなければまずいだろう、と腕に力を込めてもがいてみる。
「ッ、騒ぐんじゃない」
ひどく面倒くさそうにしながら男はさらに乱雑に扱う。こちらに騒がれると何かしらの不都合があるようで、意識を刈り取るように首筋へ手刀が叩き込まれる。視界が揺れ、ぐにゃりと曲がる。
暗闇がすべてを覆いつくしていった。
どれくらい経ったのだろう。ひどい頭痛によって目が覚めた。
藍を流し込んだような空にはすでに星が瞬き始めている。
「......ここは」
ぼそりとつぶやくと、自分以外にも人が居た様だった。
驚いたように身じろぎしたのは良い身なりをした男だった。
「目が覚めたか」
男はそういうと済まなさそうに目じりを下げながら何の感情もこもらない声で、
「君をここから出すことはできない、雇い主の意向なんだ」
ゆるしてくれ、と言った。
彼はこちらが逃げ出さないように警戒しながらゆっくりと部屋のドアを閉めて去っていった。
男が居なくなると、明かりも持ち去られたようで周囲が宵闇に包まれる。
自分にとって馴染んだ夜の空気に心地よさを覚えた。
状況としてはおそらく人攫いか奴隷商に捕まった、というところだろうか。
三文芝居でよく見る状況の当事者になったと考えるとなんだか滑稽だった。
「......放逐された初日に人攫いか。父上様が知ったらさらに私のことを見下しそうだ」
もう会うことはないであろう自分の父親の小ばかにしたような眼を思い出す。
幾度あの目に心をえぐられてきたのだろうか。
「......過去について考えたところで埒が明かない」
今この現状をどうにかしなければ、きっとさらに状況が悪化するのだろう。
だからと言って特に何も妙案が浮かばない。
......さて、どうしたものか
物語ならばきっと突飛なアイディアが浮かんでこの場から逃げ出すことだってできただろう。
物語の主人公ならばきっとその能力でこんなどうしようもない現状を打開していっただろうに。
「......私には、何もないという現実を思い知らされるな」
そもそも、何の能力もないからこそ跡継ぎとして不適格として放逐されたのだからそんな現実は今更なのかもしれない。
思考は暗く落ちていき、生産性なんて微塵も生めないような現状に乾いた笑いが漏れる。
「......いっそここで、自死を選ぶというのも面白いかもしれない」
元より身寄りのなくなった身だ。いつどこで死んでも大差ないだろう。
そう思い切って、何か利用できるものはないかと視線をめぐらす。
磨き上げられた床に決して届かないであろう高所にある窓には鉄格子がはめられている。空き倉庫なのだろうか、物もなく閑散とした雰囲気のここには一切道具など存在しなかった。
「......舌を噛み千切って失血死でもしようか」
思い切り舌を噛む。
しかし思い切りが足りなかったようで、ジワリとした痛みとともにかすかな鉄味が口内に広がるだけだった。
「............」
口の端から垂れた血を乱雑にぬぐい、もう一度試そうとする。
じくじくとした痛みが、決心を鈍らせていく。
「っ、おい、あんた! 何をしているんだ」
けたたましく扉が開く音とともに、先ほど部屋を出て行った男が慌てたようにこちらへ駆け寄ってきた。
「........................」
じろりと彼を睨みつけ、ぐ、と歯に力を入れる。
何をしようとしているのか察したのか、男が無理やりにでも口をこじ開けようとしてきた。
「おまっ、死のうとしているのか? なんてことだ」
先ほど部屋を出るまで終ぞ無感動な表情をしていたのに、今は焦燥感にかられたような表情をしている。
年端もいかない少年が自死を選んだことに対しての動揺なのだろうか? それならば笑えるほどの偽善と言わざるを得ないだろう。
「......口では何とでもいえる。なぜ死なせてもらえないのか」
大事な商品に傷でもついたら大変ってか、と皮肉気に笑うと彼は眼を見開いた。
その瞳に映る自分はひどく憔悴した表情で......あまりにも無様だった。
「......死ぬんじゃない。生きていたら何とでもなるかもしれないじゃないか」
俺だって好きでこんな仕事をしているわけじゃないんだ、と男は焦ったように呟いた。
「もう死のうとしている奴に言い訳をしようだなんて、たいした精神の持ち主だな」
思ったよりも舌を深く噛んでいたらしい、溢れ出る血を吐き散らしながら笑う。
「生きていて何とでもなるやつはな、生まれたときに祝福された奴だけだよ」
そう言ってつまらなそうに笑うと、男は悲しそうにこちらを見つめた。
「そんなことをいうもんじゃない......誕生を祝福されない赤子が居るものか」
そう言って男は静かに目を閉じると何かを決意したかのようにじっとこちらを向いた。腕にはめていたリングをそっと外すと、徐に言う。
「——————」
耳慣れず聞き取れない言語は古代語だろうか? 男が不思議な音節を発するとともに口の中の鉄錆が薄れていく。
「......馬鹿な」
呟いて、はっとする。口内の痛みが完全に消え失せているようだった。
魔族にはできない芸当、人間が獲得した叡智。
確かこれは、魔術というものだったか。
「俺にはこれくらいしかできないので」
男はそういって再びリングを嵌めなおした。
「......それ」
つい、と今しがた男がはめたリングを指さす。
彼はなぜだかあきらめたように笑いながら言う。
「これかぁ......これは、さっきみたいなことができないようにするためのものだよ」
そうじゃなければ、もっとひどいことを手伝わされるから。と男は悲しそうに笑う。
自身につける枷が身を守るすべになるというのは皮肉なことではないだろうか?
そう思いながら彼の言葉を待つ。
しかし彼はそれ以上何も語ることなく去っていった。
再び部屋の鍵を閉めて。
それからどれほど過ぎただろうか。
空が白み始め鳥のさえずりがするようになった頃、閉ざされていたはずの扉が開いた。
「君が呼ばれたみたいだ、行かないと」
声をかけてきたのは、先程手当をしてくれたのとは別の男だった。
顔は能面のように固まり、無感動なその様子は操られているかのようでたいそう不気味だった。
「............」
警戒しながらも外へ出ると長い回廊が続いていた。
これは倉庫というよりもどこかの邸宅なのかもしれない。
「......こちらへ」
そういって嵌められた手枷を引っ張りながら男が先導していく。
決して逃げられないようにという男の張りつめた気配があたりを漂う。
「............どこへ」
ただ手を引かれ延々と続くかのように思われる回廊を歩くさなか、意を決して声を掛ける。男は無感情な瞳でこちらを一瞥すると、ぐいぐいと手枷を引っ張りながら歩いていく。
「......主様のところへ」
ただそれだけを言うと、再びあたりは沈黙に包まれた。
そのあとは一言も発することなく、ただ淡々と進んでいった。
一等上等な黒檀でできた扉の前で止まると、男はどこかおびえたような様子で扉をノックした。
「主様、つれてまいりました」
開け放たれたドアの中には、どっしりと椅子に座った大男が居た。
余剰な脂肪を蓄え、だからと言って他人に不快感を与えないような不思議な雰囲気を持った男だった。
「......そうか」
ぶっきらぼうに放たれた言葉を皮切りに、突き飛ばされ、扉が閉められた。
部屋に沈黙が下りる。気配から察するに部屋の外でここまで連れてきた男が待機しているようだった。
どうやら、ここから逃げ出せそうにない。そう諦めると目の前の男に対峙する。
「......何か用でしょうか」
おずおずとした表情で、父上様の様子を窺うように。
強者に媚びへつらうような態度で大男へと尋ねた。
「......ふん、分かっていなかったか」
自分がどうしてここにいるかが、と大男はこちらを鼻で笑った。
「......その華やかな要望からして娼婦の子か何かだろう。親に似て頭の中身も愚鈍と見える」
大男はそういうと、椅子から立ち上がりこちらへ近付いて来た。
何とも言えない威圧感に、無言で睨みつける。
「......まぁいい。そうだな......お前、愛玩奴隷と労働奴隷と貴族の影武者、どれがいい」
選ばせてやろう、と大男は笑った。
どうやら、予想は当たったようだ。
落ちていくなら、とことんまで落ちてしまってもいい。
もはや諦めにも似た何かが思考を支配する。
「............」
だからと言って好事家の慰み者になるのも、ろくに食事も与えられず労働のさなかに餓死するのもごめんだった。
「選ばせてやると言っているんだぞ、ん? 」
大男はにやりと笑いながらこちらへ身を寄せる。
「......まぁ、どこへ行っても地獄なのは変わらんだろうさ」
そう言いながら舐めるようにこちらを見た。
「......貴族の影武者がいい」
そう言うと、大男は意外そうな顔をしながら笑った。
「ほぅ、何もせずに愛玩されるよりも、貴族の家で異物として虐げられる事を望むか」
面白い、と大男は何かを考えるように顎に手を当てた。
「......矜持と尊厳を損なってまで可愛がられたくはないもので」
それを聞いて大男は忌々し気に顔をゆがめた。
「貴様、思ったよりも思慮深いようだな」
使えるかもしれん、とにやりと笑う。
「......下手なことに使おうとでもいうのなら今すぐにでも死んでやる」
そう言いながら挑戦的に笑いかける。
大男はそれは厄介だ、と言いながらも何かの書類に書き込んでいく。
「......さぁ、お前の名前をここに書くんだ」
そうしたらもう、貴様は立派に奴隷になるのだから。
大男はそういってこちらに上等な羊皮紙とペンを差し出した。
「名前くらいは書けるだろう? 」
大男はそう言いながらこちらを嘲るように見た。
その視線はどこか父上様と似ているようで......たまらなく不愉快だった。
「......誰が」
差し出されたペンをつかんで、差し出す大男の手に突き刺す。
「......っ、この」
殴りかかるこぶしをいなし、突き刺したペンを抜く。
ペン先には十分なインクと血液が付着しているようだった。
「——————」
さらさらと大男の腕に文言を書いていく。
これは、城のどこかで見た魔法の呪文。
血と怨念を触媒に紡がれた古代文字は効力を十分に発揮したようだった。
「———ぁ」
肺の息をすべて吐き出したような間抜けな音とともに大男は消え失せ、
代わりにとても美味しそうなビフテキが現れた。
「......は? 」
意味が分からないが、これには触れずにその場を去ろう。
そうすれば自由なのだから。
そう思うのに、手はなぜか目の前のビフテキに伸びていった。
「......旨い? 」
ためらいもなく口に放り込み、咀嚼していく。いたって普通のビフテキだった。
「......なぜ、こんな得体のしれないものを口にしたのだろう」
何かに操られるようにして口にしたそれは、今まで食べた何よりおいしい食事だった。