「ここに残るための条件を忘れてないかな、冴島くんは」
彩形学園中等部に居た頃を思い出すと、俺はきまって頬を緩める。笑うしかないからである。
「……今すぐ出て行ってもいい」
春の日差しのおかげか寒さが緩んだ。これは昼寝のチャンスではと裏庭の芝生で横になり、俺は気持ちよく睡眠の海原へと船を漕ぎだした。夢の世界へと冒険をするには少し頼りないが、ほんのりした温かさはちょっとした極楽だ。小さすぎる幸せを味わう至高の時間だった。
それも眼鏡をかけたパッとしない野郎が声をかけるまでの話である。
「君には残る利点があまりないものね。でも、ちょっとだけ後ろ髪ひかれたりするのでしょう?」
首を傾げた眼鏡野郎を見上げていると、今度は口元が緩んでしまった。覇気がない緩み切った笑みは誤魔化し笑いにしかみえないだろう。
事実、誤魔化し笑いだ。
「それほど長くねぇ髪だけどな」
あからさまな態度はことばにも表れた。声にも力がなく、午後の裏庭が妙に似合う気怠ささえある。
眼鏡野郎である鷺坂が眉を跳ね上げた。俺の態度が気になるのかそわそわと大きな封筒を抱きしめる。
「君ってそんなにやる気なかったっけ?」
わざと肩を落とし、三度笑った。
中等部の頃を思い出すと笑うしかない。気に入らないことがあればぶつかって排除して、楽しく暴れまわったことがあるからだ。
「自分のやりたいことしかしねぇってだけで、普段はこんなもんだ」
今も大して変わらないが、気に入らないことは減ったしある程度無視できる。そのせいか昔のことは消したいほどではないが、積極的に思い出したくもない。
暴れまわるのをやめ、彩形学園高等部にそのまま進学し二年になったのだ。過ぎ行く日々の目まぐるしさで記憶を彼方に追いやってもいい頃である。是非武勇伝くらいの事実曖昧さで誇張しすぎて嘘っぽくして忘れてほしいものだ。
「僕の知ってる君は、常に尖っていた気もするんだけどね」
だが覚えている人間は少なくない。
こうして人気の少ない裏庭にやってきて、わざわざ蒸し返す鷺坂もいる。
「やめろやめろ。明らかに歌謡曲じゃねぇか。青春でもすんのか?」
「ふふ、今でも十分できるでしょう?」
俺にとって輝かしい記憶ではない上に、大体の学園生にとってもいい出来事ではなかった。笑って青春よもう一度といわれても冗談は止せよとまた笑うしかない。
「でもそうかぁ……青くないからもうやらないってことかな。面白い話があるのになぁ」
君がそういうなら仕方ないね。そういわんばかりの態度だというのに、鷺坂という眼鏡はわざとらしく『面白いのになぁ』と強調する。
「面白いねぇ……鷺坂が持ってくる話はろくな事がねぇって西秋がいってたんだが」
わざとらしいことばに惹かれることはない。用意された面白さは出来が良くなければ、背後が見えてつまらないからだ。しかも友人の西秋がいつも鷺坂のろくでもなさをぼやいている。鷺坂の提示する『面白い』は俺が飛び掛かるには、かなりハードルが高い。
「ろくでもないか面白いかは君次第だけど……そう、ちょっと風紀委員長に返り咲いてもらいたいんだ」
昼寝をしようと寝ころんだままの俺に、鷺坂は大きな封筒の中身をぶちまけた。
バサバサと落ちてくる紙はうっとうしい上に、新しく綺麗で当たって痛い。
「ろくでもねぇな」
ちらりと見えた文字と鷺坂の行動をぼやいた後、一枚だけ手に取って俺はようやく起き上がった。
「だが、面白そうだ」
◆◇◆
魔法か超能力か。今は昔、『色』と名付けられた能力は異端の力と見世物に、あるいは恐怖の対象として迫害されたそうだ。
けれど有用性が認められ能力者が増え、石を投げれば能力者に当たるようになった頃、能力者は好かれ始めた。進学や就職に有利だとか、手に職つけられるだとか……特別目立つ奴や変わった『色』を持つ奴に至ってはアイドル扱いだ。
するとありふれてくるもので、今や『色』は特技の一つである。
中でも強い力を持った『色』使いたちは集められ特別な学校に行く。これが進学校であったり、特別な授業を行っていたり、卒業生や在校生が有名人だったりと憧れを集めた。
その憧れの中でも名が通った学園が、彩形学園だ。
「一等上等で特別な学校ってきいてきてみれば、ド辺鄙な男子校で血の気が多いのか有り余る若さってやつかァ? なんとか委員会だのなんだのってドンパチやってるだろォ? 面白いかなァーって思ってこの様」
つまらないんだよなァ……とぼやいた悪友を見下ろし、俺はゆるりと首を振った。
「それで、面白くしようって?」
「まァな。けど、これだ」
悪友が座るいかつい野郎は呻き、足元に転がる野郎どもは沈黙する。死屍累々とはこのことなのだろう。
放課後に悪友を探しやってきた空き教室で、俺は悪友である峰の悪癖を見物していた。
「やっぱ、芥じゃねェとだめだって。なァ、派手に暴れねェの?」
悪友の樹峰は常に面白いことを探している。面白いことを探して俺を見つけ友人になった強者で、中等部の頃は俺の左右どちらかの腕と呼ばれていた。つまり、同じ穴のろくでなしである。
「色で遊ぶってぇなら、やぶさかじゃないが」
「ンンー血の気ェ」
渋い顔をするわりに、人間椅子に座って他の野郎どもを転がすのはどういう趣味なのか。色遊び以外なら、誰に見られるかわからない場所でいいご趣味だ。
「お前のそれが血の気以外で説明できるなら、付き合い方を考えねぇと」
ちょっと変わった性癖をお持ちでも友人として付き合える。ただご趣味の現場を見る機会は減らしたい。
「ヤーダ、やァらし。正直血の気が有り余った結果だけどなァ。俺じゃなくてこいつらの」
はははと明るく笑って手を大げさに振る友人は人間椅子から下りて、椅子を蹴とばす。椅子はようやく人間に戻れて安心したようだ。うめき声が消えた。
「ところで何か用があったんだろ」
「今度もお前を使おうかと思ったんだが……趣味が合わねぇなぁ」
「趣味じゃねェよ」
「人に見せつけるなら、もっとぼろ雑巾みたいにしねぇと」
「まさかのボコり具合が気に入らないだった……いいねェ、芥。いいご趣味だよ」
「見せつけの意味がねぇだろ。派手にやっておかないと後々面倒だ」
「ンンー目的ィ……話がそれてるけど、なんか俺と組んでやろうっての?」
「……風紀委員会を発足することになってな」
「ハーン? それ三つ子にいったら泣いちゃうよ。歓喜で」
「あいつらはもう一回叩きのめす予定なんだが」
「そんなことしなくてもいいだろ。せっかく委員長の席は空けてますって用意してくれてるんだからそこに座れよォ」
「目的が違う。風紀委員会発足するのも委員長になるのも結果だ」
「アーンー説明ィ」