むかし、むかしのお話です。
悪鬼魍魎のはびこる平安の都に、一匹の野狐がおりました。
その毛並みは美しい金色でしたが、それだけが野狐の持ち物でした。
屍肉を食らい、泥水を啜り、這いつくばるように生きているうちに、野狐の尾は二又に分かれておりました。
年経て妖力を得た野狐は、人間へ化けることを覚えました。
美しい娘に化けると、男が釣れることを覚えました。
下卑た笑みを浮かべて寄ってくる男を寝床に誘い、腹が減っている時はそのまま食ってしまうこともありました。味はあまり良くありませんでしたが、屍肉よりはよほどましでした。
体を開いて肌を重ねてやると、機嫌よく幾ばくかの銭か食べ物をくれる男もおりました。その頃の野狐は銭の価値など理解はしていませんでしたが、そうやってものをくれる人間はそのまま返してしまいました。
無体を働いたり口汚く罵る人間などは気まぐれに噛み殺して、辻の真ん中にさらしてやるのでした。
ある時野狐は、美しい尼僧に化けました。都の外れにある庵を我が物にしようと企んだのです。
庵の主は年老いた僧侶でした。耄碌した人間はだましやすいことを、野狐は知っています。
赤子の頃に生き別れた娘を装って庵を訪れると、僧侶はたいそう喜んで野狐を迎え入れました。その嘘を信じたようすの僧侶は、僅かばかりの質素な膳で娘をもてなし、今際の際にこうして再びまみえることができて嬉しいと微笑むのでした。娘も頷き、涙を流しさえして父にすがりました。
その夜、野狐は僧侶を食ってしまうことにしました。
寝床に忍び込み、さて食おうと口を大きく開いた時、僧侶は目を開いてこう言いました。
「私についぞ子は成せなんだが、最期におまえのような娘を持つことができた。おまえにとっては生きるためのただの方便であろうが、私はそれに救われたのだ。神でも仏でもなく、一匹の妖狐に救われようとは」
枯れ枝のような指で娘の頬を撫でた後、父はこときれました。
食いでのないやせ細った僧侶をすっかり食ってしまった後、「救いとはなんだろう」と野狐は思うのでした。
それから数十年ほど時が経つと、野狐は宮中へと出入りするようになりました。
辻に立って平民の男を相手にするより、宮中の貴族の方が実入りもよいし、なにより寵愛を受ければ守ってもらえるのです。