その日の長義は、朝からずっとぱたぱたと動き回っているようだった。
大倶利伽羅は、自室でゆるりと非番を楽しみながら過ごす予定で、なんなら長義も非番だったはずだが。
非番、というからには勿論出陣も内番もないはずだ。なのに、長義はどうもずっと動いているようだった。
朝餉の時はまだゆっくりとしていたようにも思う。今日の朝食は純和風だったので卵焼きとみそ汁と、焼き鮭と漬物だった。ご飯がほかほかと湯気を立ててシンプルに美味かった。なお、卵焼きはだし巻き派である。砂糖はいらない。甘いやつはそれはそれでうまいが、だし入りが好きだ。
「おい、誰か! 買い出しいけるやつはいけるか!」
食べきって最後に茶を飲みながらゆっくりしていると長谷部が広間に向かって声を上げていた。こういうときは大概面倒な買い出しなので大倶利伽羅は手を上げることは無く茶を飲むことに専念した。普段の買い出しは大抵取り寄せだ。味噌だの米だの醤油だの、重量級なもの、そして大所帯になるといちいち買い出しに行っていてはそれだけで一日が終わってしまうので。
だから、急に必要になったとか、思ったよりも在庫が無かったなどの理由により取り寄せが届くまでの数日持てばいいからと買い出し班が結成されるのだ。
それが分かっているから、この手の呼びかけに反応するのはもともと万屋に買いに行く予定があったやつとか。
「ああ、俺が行こう」
こうして何を買ってくるかもよく知らないで手を上げる新参者なのだ。
「すまない。助かる。買い出し品目は厨に歌仙が居るから聞いてくれ」
「分かったよ」
んにゃあ、と隣で南泉が大きくあくびをしていたら、そのまま一緒に連行されそうだったが必死に抵抗していた。なお、彼の写しはこういう時は手を上げないし本歌が犠牲になろうとも何もしようとはしていなかった。
なお、今回の買い出しは味噌が数種類と醤油が数種類、油が一缶、と聞いて大倶利伽羅もドン引きした。
そもそもどうしてそんな風に買い出しが必要になったかというと。
「味噌煮込みうどんが! 食べたいので! 誉発動!」
と、鯰尾が宣いながら誉をたくさん獲得したことよるご飯のメニュー決め確定権を発動させたからだ。しかも、朝に。味噌煮込みうどん自体は手軽だ。いかんせんこの人数なので大きい鍋にドカンと作ってあとは適当に食べろ形式なのだ。だから、そのリクエストはすんなりと受け入れられた。なお、面倒なメニューになればなるほどリクエストをしても後回しにされることが多い。
という事で、ストック分の味噌が足りなくなった上に味噌煮込みうどんには赤味噌だ、いや白味噌だろという派閥が喧嘩をし始めたらしい。という事で、数種類。ついでに醤油と油も心もとなくなってきたので買って来い、だったらしい。
大倶利伽羅は特に予定もなかったので、五虎退の大虎をナンパして部屋に連れ込むことにした。ブラッシング道具を一新したのだ。
それが分かっているので五虎退自身も笑顔で大虎を貸してくれる。なんなら、時々覗きに来ては昼寝もしていく。
「ああ、もう、急すぎやしないかい?!」
大倶利伽羅が大虎の毛並みをそれはもう丁寧にブラッシングをしていれば外から憤った歌仙の声が聞こえてきた。なんだなんだと光忠がやってきて宥めている。
どうやら急な来客が来ることになった上に、昼餉も一緒に、という事になってしまったという。先ほど長義が味噌と醤油を買い出しに行って、南泉が後を追うように油を買い出しに行ったばかりだ。どうやら逃げ切れなかったらしい。南無。やけになった南泉が油を舐めながら帰ってこないように祈るばかりだ。
来客はどうやら政府からの使いらしい。はてさて、主は書類でもため込んでいたかと思ったが、最近はすっかり長義と長谷部のスケジュール管理によってきちんとこなされていたはずだ。
自分には関係ないだろうと、気にせずに大虎のブラッシングに戻ることにした。
「あ、お茶の用意」
そう長義の呟いた声が聞こえたのは偶然だったのだろうか。
あれだけ重量級の荷物を買いに行ってまだ動くのか。さて、昼餉はなんだろうが。今日の大倶利伽羅はブラッシングを目いっぱいすることにしているので、外の動向は気にしにないようにした。気配を消して過ごそう。面倒ごとは、ごめんだ。
ぐああ、と大虎が気持ちよさそうに大あくびをしたのでよしよしと撫でてやった。もっと綺麗にしてやらなければ。
「大倶利伽羅さん、ごはんですよ」
五虎退が呼びに来たので、大虎と一緒にのそりと立ち上がる。するすると滑る様に担った毛並みに、えへへ、ありがとうございます。と五虎退がはにかんだのでその頭を撫でた。こちらも楽しかったので気にすることは無いのだ。
なお、昼飯は流石に味噌煮込みうどんではなかった。来客らしきスーツの人間が主と一緒に何かしゃべりながら豚しゃぶを突いていた。
「ん?」
「どーかしたか?」
「いや、長義は」
「おー? あれ? 俺が帰ってきたときにすれ違ったけど、にゃあ」
南泉がもきゅもきゅと頬いっぱいに豚しゃぶサラダを口にして一緒にあたりを見回すがあのシルバーと瑠璃色の組み合わせが見当たらない。
「まあた、どっかでもてあた精神でも発揮してんじゃね?」
「そうだな」
結局、昼餉の時間が終わっても長義が戻ってくることはなった。
あいつ、昼飯食ったのか?
突然来た政府からの来客はまあ何事もなく終わった。特に問題がなかったらしい。メインはどうも研修だったらしいが。どうやら、新人が配属されたので本丸の様子でも眺めてこい、という雰囲気だったようだ。全く、それなら突然放り込まないで事前の通達をしてほしい。味噌煮込みうどんが食べられなかったではないか。
昼を過ぎたら和泉守に手合わせに誘われたので勿論付き合った。どうやら今日はいろんな時代の刀に声を掛けて戦法の違いを比べているらしい。
「あと、国広の方の山姥切と、長義の方の山姥切の太刀筋の違いも見てぇな……。お、丁度良いところに。国広ォ! 付き合え!」
「分かった」
ところで、隣は堀川の方の国広も居たのに返事をしたのはちゃんと山姥切の方の国広だった。なんで聞き分けているんだ。なんで言い分けられているんだ。
堀川の方の国広が、どうぞーとタオルを持ってきてくれたのでありがたく使わせてもらう。和泉守との手合わせは楽しい。
国広の方の山姥切と和泉守の手合わせを眺めていればトトトと可愛い足音がした。
鳴狐のお供の狐と、あとは白山の通信機の狐が通り過ぎていくところだった。なにやら楽しそうにお供の狐が一方的にしゃべっているが、会話が出来ているらしい。ふと、大倶利伽羅は気付いた。そういえばまだ白山の狐はブラッシングをしたことがないと。
「おい」
「大倶利伽羅殿ではございませんか! おや、手合わせでしたか?」
「ああ、もう終わったが」
「それはそれは!」
「ところで、どうだ」
「いいのですか? ああ、狐殿。大倶利伽羅殿のブラッシングは格別なのですよう!」
主語のないやり取りに首を傾げた白山の狐に対し、すぐにお供の狐が言葉を返す。なるほどと、尻尾をぱたぱたとしていたのでこれはおそらく好感触という奴だ。
任せろ、トロトロにしてやる。
二匹を抱えて大倶利伽羅は部屋に戻ることにした。
和泉守と国広の戦いはいつの間にか堀川の国広が混ざっていた。楽しそうで何よりだ。
「そういえば、五虎退殿の虎殿の毛艶が今日は良かったのですが、もしかして?」
「午前中にやったな」
「楽しみですなぁ」
白山の狐もぱたぱたと尻尾が揺れていた。ふさ、ふさ、とむき出しの腕に当たるのがふかふかだった。
そのまま二匹をとろとろにしてやったら、いつの間にか日が暮れていた。気持ちよかったらしく、狐達は大倶利伽羅が部屋に置いてある特製座布団ベッドで眠っている。まるで猫鍋だ。猫ならぬ狐鍋だった。真ん中に指を突っ込んだが、誰にも見られていないので良しとする。
「あ、こんな所に居たんだね」
すらりと部屋が開いて、長義が狐達を見つけてそんな事を口にしだしていた。
「どうかしたのか」
「いや、鳴狐と白山が彼らを探していてね。ほら、起きて。もう夕餉の時間だよ」
「……むにゃ、ん……、長義殿ではございませんか。おはようございます」
「はい、おはよう」
「おや、もしかして?」
「そう、もしかしてだよ。心配していたから、これからはちゃんと行先を簡単でも告げる事」
くああ、と白山の狐がどこ吹く風と大きくあくびをしたので長義はこら、とその小さな頭をもふっていた。ぐい、と前足をしっかり伸ばした狐達はトトト、と可愛らしい足音をさせながら鳴狐と白山の元に戻っていった。
「疲れた」
ブラッシング道具と座布団ベッドを片づけていれば、そんな声が聞こえた。どうしたのだろうと首を傾げた。
「どうかしたのか」
「いや、なんでもないよ」
「そうか」
ただ、確かにその顔には疲労が見えていた。非番じゃなかったのかお前は。
「今日の夕飯はなんだろうね」
「ふろふき大根だと言っていたぞ。確か」
「ああ、いいね。ゆず味噌がいいな」
「そうだな」
へにゃりと笑った顔に思ったよりも疲れが滲み出ていてこのまま夕餉が出来上がるまでこの部屋で休んでいけ、と大倶利伽羅が口に出そうとした時だった。
「あ、長義! 申し訳ない、ちょっと手伝ってくれ!」
「分かった。今行くよ。じゃあね、大倶利伽羅」
「おい」
手を伸ばして制止するけれども、声の方向に長義はぱたぱたと小走りで走り去っていった。
そして、夕餉には姿を現さなかった。どうやら、来客である政府の人間が帰るから慣れているであろう長義に送り届ける役目を任せたらしい。
ああ、もう。きっと笑顔で受けたのだろうな。どうせ、どこかで適当に飯を食ってくると思うのだろう普通は。けれども、アイツの性格を考えればそんな事に時間を取らずそのまま帰ってくるだろう。きっと腹を空かせて。
なので大倶利伽羅は夕餉後ひっそりと万屋に向かった。どうせ、この後の展開は分かり切っているので。
予想通り、長義がひょっこりと大倶利伽羅の部屋に顔を出したのはすでに二十二時を回っていた。
「おなかすいた」
「だろうな」
納得の答えだった。どうして分かったのだろうと疑問符を頭に浮かべている。
「あんた、朝からずっと動き回っていただろう」
「そうだね……?」
「昼餉も夕餉も居なかったな」
「いや、昼は途中の茶屋で餅を頂いたよ」
「あの街道沿いの道の店か? あんな量で足りるか」
「うん、足りなかった」
街道沿いの茶屋は美味しいが本当に軽食なのだ。置いてあるのは磯部餅二切れか、あんみつか、団子か。室町時代をイメージしてみました! な茶屋なのだ。磯部餅で腹が膨れて、今の今まで大丈夫だったのならそれはそれで心配になる。
「夜食、いいかな?」
照れたように腹を押えながら伝えてきたので、大倶利伽羅はため息を返事に立ち上がった。
深夜まで行かない時間帯ではあったけれども、幸いなことに今日は誰も居なかった。
冷凍庫から夕餉後に確認したものを取り出す。カチンコチンになった焼きそば麺だ。自分の分は少なめでいいから、二袋でいいか。
あとは、買ってきたカット野菜のセット。豚肉は常にストックがあるからそれをしれっと貰う事にした。
「焼きそば」
「美味いぞ」
自分で言うのもなんだが、割と得意料理の一つだ。今回は野菜をカットする時間を短縮した。
「レンジ使えるんだろう。その焼きそばを皿にのせて……、二分回せ」
「分かったよ」
こういう時くらい大人しくしていればいいと思うがどうも落ち着かないらしいので最近は簡単な手伝いはどんどん任せている。まあ、楽しそうにレンジでくるくると回る麺を眺めていたのでそのままにしておいた。
その間にフライパンに油を敷いていく。多少熱が入ったところでカット野菜をそのまま放りこんだ。キャベツと、玉ねぎと、人参、もやしがセットになっているなんでも使えるセットだ。
熱の塩梅は丁度良かったらしくじゅわっと美味しい音がしたので焦げ付かないように一気に炒めていく。
ひょい、とフライパンを揺らせば綺麗に野菜は宙に浮いて戻っていった。今日は上手くいった。
「すごいね」
「ふん」
いつの間にかこちらの手元を眺めていた長義が褒めてくるものだから、もう一度野菜を宙に浮かせた。
そしてそのタイミングでレンジが麺を解凍したことを伝えてくる。
「それ、揉んでから封を開けておいてくれ」
「分かった」
うしろであち、あち、と小さな声がしていたのでちゃんと揉んでいるらしい。
豚肉をフライパンに放り込んで軽く焼き色がつくまで焼いた。肉の焼ける香りが厨いっぱいに広がる。ああ、美味いよな。絶対に。
麺を開封したらしい長義がきらきらとした目で中を覗き見ていたので。
「くち、開けろ」
「あー」
そのまま箸で野菜と肉を素直に開けた口に放りこんだ。はふ、はふ、としながら食べていく。さて、つまみ食いは任務の一つなので。
「火の通りはどうだ」
「ん……、人参が少し硬い」
「分かった」
火の通りを確認してもらう事になる。つまみ食いをしたならば、何が足りない多いなどを伝えることが任務なのだ。
もう少し炒めて、自分も人参を食べてみた。程よく柔らかくなったのでヨシとする。
今日はスピード重視なので添付の粉末ソースを使う事に。これはこれで美味い。企業の力はすごい。
炒めた野菜と肉に粉末をふりかけて炒めれば一気にソースの甘い香りが漂ってくるというものだ。
「先にいれるの?」
「こっちの方が、パリッと仕上がる」
「へえ」
一度ソースの絡んだ具材を皿にあけて、麺を放り込むことにする。麺、と言えば差し出されるほぐされた麺が差し出されてそれを入れた。
箸の先で軽くほぐして広げたら後はしばらく放置。
そうするとカリカリに焼かれた麺が出来上がって一気に食感が良くなるらしい。袋に書いてある作り方も良いが、大倶利伽羅は最近こちらの作り方の方が好きなのだ。
少しだけじゅうじゅうと焼いてから、避けておいた具材をフライパンに入れて一気にかきまぜた。
具材にしみ込んだソースがじっくりと麺にも味を移していく。後は一気に水分を飛ばすためにもう一度フライパンを勢いよく振った。
よし、出来た。
いつの間にか用意されていた皿へ、長義の方を多めによそう。
ふわりと香るソースの凶悪な香りに、ぐう、と腹の音が聞こえて思わず笑いそうになった。
仕上げにおかかを振りかけて、完成だ。
「ほら、待たせたな」
お前の焼きそばがきたぞ、は口に出さなかった。
なった腹の音を恥ずかしく感じていたらしく一度目線をそらしていたが、どうやら背に腹は代えられなかったらしい。
ごくり、と喉が動く様子が分かった。
「いただきます!」
いつもより大きな声で言われたいただきますにそこまで腹が減っていたのかと思わず笑ってしまったが当の本人は麺をすすることに集中していて気づきもしなかった。
「おいっっしい……」
「そりゃ良かった」
大倶利伽羅もひとまず自分で作った焼きそばをすする。麺はパリッとしていて今日も美味く出来ていた。まあ、上出来だ。
はふ、はふと食べ進める姿を眺めて、口元にソースがついていることに気付く。
そこまで夢中で食べてくれるのは嬉しいものだ。
「次から、こっちにも声を掛けろ」
「へ?」
忙しいアンタは見ていられない、と最初に見捨てた事は棚に上げて口の端に着いたソースを腕を伸ばして拭ってやった。