ジーナ・ルッキーナは有名な少女だった。
 まず、目立つのがその容姿だ。南の国の出身であることを匂わせる褐色肌に、南の国の民には珍しい白銀の髪を持ち、目の色はアザレアのような鮮やかなピンクだ。
 さらに彼女は、人々をその大きな目でじっと見つめる癖があった。その珍しい色の瞳にじっくりと観察されると、人は居心地の悪さを感じるものである。
 そういうわけで、彼女はこの市場の店主たちにすっかり顔を覚えられていた。
 その日、ジーナ・ルッキーナはいつにも増して辺りをきょろきょろとじっくり観察して道を進んでいた。だから店主たちは皆なるべく目が合わないようにと気をつけながらも、気が気ではなかった。何しろ存在感がすごい。いつものように果物や野菜を買うだけならさっさと用事を済ませて帰ってほしい。心なしか彼女が市場を練り歩く時は、客の足も遠のく傾向にあるのだ。……今、店主たちの思いはほとんど一つになっていただろう。
 そんなジーナのことを一人、興味もなさげにぼんやりと眺めている銀髪の男があった。彼はドアドルクという。銀髪銀眼、白い肌に金色のそばかすが目立つ。三十路だがまだ年若い青年のようにも見える風貌で、髭は剃り、それなりに小綺麗に身を整えていた。彼は煙管を吹かしながら今日も自前の工芸品を売っている。
 ドアドルクがジーナを見かけたのはこれが三度目くらいのものである。ドアドルクはあまり出店をしない。時折小遣い稼ぎ程度の店を構え、いくつか売れればすぐに店を畳む。周りの店主ともさほど親しげにしているわけでもないが、当たり障りがなく嫌われているわけでもない。容姿は美しいがなぜか目立たない男だった。しかし。
 何かを探しているようであったジーナはドアドルクを見つけた。そのピンクの目がじいっとドアドルクの銀の目を射抜いてくる。彼女と目があったのはこれが初めてだったので、ドアドルクは思わず見つめ返してしまった。噂には聞いていたが、確かにこれはぞぞとするものがある。
 しかも彼女はずんずんと彼のもとに近づいてくるのであった。ドアドルクは滅多なことでは取り乱さない男であるが、さすがに驚いて目を見開き、やや仰け反った。目と鼻の先まで近づいてきた後、ジーナは再びドアドルクを頭から爪先まで……正しくは店頭から見える胸の辺りまでをしっかり観察し終え、にこっと可憐に微笑んだ。
「ここ、空いてるのよね。お邪魔するわ」
「はい?」
 ジーナはあろうことかドアドルクの店の隣の小さなスペースに潜り込み、敷き布を広げ始めた。
「……お嬢ちゃん、ここは子供の遊び場じゃないんですよ」
 一応声をかけるが、ジーナはまたにこっと笑うだけでなにやら調理器具や食材、生活用品を次々に並べていく。
「……お嬢さん、ここは古物市じゃあないよ。使い古しを売るなら川の向こう」
「いいのよ。別にどうしても売りたいわけじゃないから」
「そういうことじゃなくてねぇ……」
 見たところ、十歳と少しくらいの子供だ。これくらいの女の子は扱いが難しいな、とドアドルクは思った。まあ、そのうち見回りが来てつまみ出すだろう。
「あなた、ドアドルクよね?」
「はい? あぁ、いえ、そうですね。そうですけれど、何か?」
「あなたを探していたの」
「はて、僕は君のようなお嬢ちゃんに売れるようなものは持っていないのだが」
「ここで店を出してる振りも、あなたと話したいからよ。あなたは市場では当たり障りのない話しかしないんでしょう? ちゃんと情報は集めたの」
 おや、とドアドルクは眉を潜めた。
「はて、なんのことでしょうか」
「私、裏取引とかの合言葉は知らないのよ。でもね、あなたの助けが必要なの。ねえ、私と取引してくれない? 青い竜のことで、話が――」
「口を閉じたほうがいい」
 ジーナは大人しく言葉を飲み込んだ。ドアドルクは煙をゆっくりと吐き、そして後頭部を掻いた。
「……その話題は、こんな人通りの多いところでするものじゃあない」
「あら、じゃあ人気のないところに連れて行ってくれる? 大事な話なの」
「はぁ。君おいくつですか」
「先月十二歳になったのよ」
「はぁ………ガキだからこんなに遠慮がないんですかね」
 ドアドルクは火を消し、気怠げに商品を仕舞い始めた。
「荷物をまとめなさい。どの道ここにいても君は間もなくつまみ出されるでしょうからね。僕も今日はやる気が失せました」
「ありがとう!」
 ジーナは笑った。
「前向きですねぇ……」
 やっかいな子供に捕まってしまったかな、とドアドルクは遠くを見つめた。
「実はね、私先月両親を亡くしたの」
「はぁ。まあ、いきなり重い話題をふっかけますねぇ」
 自宅に通すなりハキハキと話し始めたジーナにうんざりしながら、ドアドルクはまた頭を掻いた。
「まぁ、とりあえずお座りよ。客人には飲み物くらい出す主義ですから出させてください。君はもう少し落ち着いたほうがいいな」
「あら、私は落ち着いているわよ。おうちに入るまでちゃんと黙っていたじゃない」
「だからといって第一声がそれとは思わないんだよ」
 飲み物は何がいいですかと聞くのもバカらしくなり、ドアドルクは自分が飲みたい紅茶を勝手に淹れることにした。
「そもそもね、こちらも名前は知られているようだし? お互い名前だけは知っているがそれ以外のことは何も知らないんだ。まずは挨拶が先でしょう」
「………ああ、そうね、そうだったわ」
 返事に間があった。
「そうね、じゃあ先に自己紹介をするわね、私は、」
「まず僕にも座らせておくれよ……」
 少し部屋の中を見てもいいからそっとしておいてくれ、と言って、ドアドルクは台所に引っ込んだ。猪突猛進が過ぎる。こちらにも調子というものがあり、息の一つくらいつかせてほしい。
 お湯が湧いたので茶葉に注ぐ。付け合わせを選び、テーブルにお菓子とカップを運べば、ジーナは家の中を見て回るどころか手元を見てぼんやりとしていた。
「おや、静かですね」
「そっとしておいてほしいって言ったじゃない」
「まあ、言いましたがね。はい、僕も座りました。お菓子とお茶をどうぞ。それで? 僕の方も話を聞く準備が整いましたよ」
「ありがとう。いただきます」
 ジーナは紅茶に砂糖も入れずそのまま平気そうに口に含んだ。
「さっきも言ったように、両親を亡くして、身寄りがなくなったの」
「それは、ご愁傷様です」
「それで、身寄りを探そうと思って。両親の遺児を探しているの」
「遺児……?おや、どうやら家庭の事情が複雑ですかね」
「そうね。まず私は二人の本当の子供じゃないの。海岸で倒れていたのよ。それで、拾われて、そのまま育ててもらった。自分の年齢もよくわからなかったけれど、お医者さまが当時の私を五歳程度だろうと言ったから、七年経って今は十二歳ということにしているの」
「はあ、なるほど」
「あなたになら言ってもいいわよね、うちの両親は、母が西の民だったのよ。父はここ、中つ国の人ね」
「それは………」
 ドアドルクは口元を手で隠した。
「なぜ、僕には言ってもいいと?」
「あなたにはそんな|禁忌タブーな話をしても大丈夫でしょう? 別に私を売ったりしないわ」
「……ちょくちょく思っていましたが、あなた本当に十二歳そこらの娘さんですかね。気味が悪いな」
「あら……なら幾つだと思う?」
 ジーナが柔和に微笑んだ。クッキーを抓む仕草は子供らしいのに、相変わらず紅茶に砂糖もミルクも入れない。
「僕について何を知っている」
「ほとんど、何でも。目を見たらわかるの」
「は………まさか」
「わかるのよ。私、占いが得意なの。……なんちゃって」
「ふざけないでください」
 ドアドルクは湿った手を服で拭いながら苦々しげに吐き捨てた。自分の半分の人生も生きていなさそうな少女に掌の上で転がされているようで、気持ちが悪い。
「占いではないけど、わかるの。私、人の前世が。その人の目を見て、目の奥に映る記憶の景色を見れば、全部わかる」
「待て」
 ドアドルクは、椅子を引いた。
「あなた、前世の記憶をずっと重ねて持ち続けている人でしょう。それも原始の頃からよね。そういう人って、目先のことに頓着しないわ。私が禁忌に触れようと、何を知っていようと、だってあなたには関係ないでしょう? あなたの願いはただ一つ、当たり障りなく生き長らえて、ただこうして何度も生まれ変わる理由だけを探し続けること。もう自分が何のために生きているかもわからないんじゃない?」
「………なるほど」
 ドアドルクは、無邪気に笑う目の前の少女を睨みつけた後、合わせるように口の端を吊り上げた。
「あなた、人ではありませんね」
「うーん」
「そうでしょう。どちらかというと神寄りの存在だ。僕は過去に、あなたのような気配を纏った気味の悪い者たちを知っています。
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