「暇か」
 山姥切の私室に訪ねてきた大倶利伽羅がまず発した言葉がこれである。
 畳に寝転がったまま、仰ぎ見ると眉根が寄っている。もともと眉尻が下がっているためか、不貞腐れているような、それでいて困っているような、微妙な表情で山姥切を見下ろしていた。
「これが忙しそうに見えるのか」
 どこからどう見ても、暇そうだろうが。
 定期的にやってくる非番を、山姥切はよく持て余す。
 大所帯ゆえ、やらなければならない仕事はそれなりに多いはずなのに、手伝うと申し出ても誰もが首を横に振る。非番のものは自主的にでもそれらに参加することは許されない。
 元々は対長谷部用として設けられた完全休養日だからなのだが、当の長谷部はとっくの昔に折り合いをつけて、非番の過ごし方を見つけていたのに対し、山姥切はいまだにこうして持て余している次第だ。
 丸一日、それぞれが好きなように過ごすこと。趣味に勤しむもよし、非番が重なったもの同士、連れ立って出かけるもよし。
 しかし、好きなようにといわれたところで困ってしまう。余暇のすごし方など、どうしていいのか分からない。
 兄弟達と非番が重なれば、誘われるまま万屋街へと赴いたり、野山に散策に出たりもするのだが、生憎と堀川は出陣、山伏は日を跨いでの遠征中だ。
 ひといで何処かへ出かける気にもならず、無為に時間だけが過ぎていき、気づけば日が沈んでいた。
 大倶利伽羅に借りた本も読み終わってしまったし、後はもう本当にすることがない。草々に風呂に入って寝てしまおうか、と思っていたところだ。
「何か急用か」
「短刀たちがお呼びだ」
 はて、と首を傾げる。何振りかは堀川とともに出陣中のはずだし、呼び出されるような案件に心当たりがない。
「あ、おいっ、待て」
 用は済んだとばかりに踵を返した大倶利伽羅を見て、慌てて身を起こす。あの言いようでは、誰が何処で何の要件で呼んでいるのか、さっぱり分からない。障子を閉めていかなかったのは、ついて来いということだろうか。私室から飛び出すようにして後を追いかける。
 大倶利伽羅は一度ちらりと視線を寄越しただけだった。山姥切が付いてきていると分かると、あとはもう振り向きもしなかった。
 各刀剣の私室として割り当てられている部屋がずらりと並んでいるが、明かりが灯っている部屋はぽつりぽつりとしかない。障子越しに淡い光りが滲むのみで廊下は薄暗かった。
 何処に向かっているのだろうか。
 夜目がきく身なので不自由はないが、歩調に合わせて軋む廊下の音を聞いていると、いささか不安になってくる。
 住居棟と本殿を繋ぐ渡り廊下に差し掛かった辺りで、ふと外が騒がしいことに気付いた。はしゃぐような声の合間に、わっと笑いが沸く。よく見れば、短刀たちが何振りか寄り集まっているようだった。山姥切を呼んだのは彼らだろうか。
 初めに気付いたのは今剣だった。大倶利伽羅と山姥切の姿を見とめると、ぱっと花が咲いたような笑みを浮かべ、と同時に目にも止まらぬ速さで寄ってきた。残像が見えたような気がするのだが、気のせいだろうか。
 その勢いのまま山姥切に飛びついてくるものだから、ぎょっとした。慌てて抱き留めたが、これはもはや衝突だろう。どすん、と腹に受けた衝撃で咽せる。さすが極短刀。一撃が重い。よろめきそうになるのを、意地で踏ん張る。
 岩融はこれを毎回、軽々と抱き上げているのか。恐れ入る。
「やっと きましたね! やまんばぎり!」
 抱きついたまま、今剣が見上げてくる。
「俺に何か用か」
「なにって。 おおくりからに きかされなかったんですか?」
 今剣と、少し離れた場所で輪になっている短刀たちを交互に見る。
「短刀たちが呼んでいる、とは聞いたが。お前たちではないのか」
 そう言った瞬間、今剣の真っ白で柔らかそうな頬がぷくりと膨らんだ。餅みたいだ。山姥切を見上げていた大きな赤い瞳が半目になり、じとりと横に流れた。つられるようにして山姥切もそちらの方を見る。
「だめじゃないですか、おおくりから! ちゃんとじぶんで さそってきなさいって ぼくいいましたよね」
 ぷりぷりと怒り出す今剣に、大倶利伽羅は我関せずといった態度でそっぽを向いている。一体なんなのか。まったく話が見えない。
「山姥切さん」
 困り果てていると、短刀たちの輪からはずれた小夜か、とととっと寄ってきた。高く結い上げられた青い髪をそわそわと揺らし、こっそりと手招きをする。腹に今剣が引っ付いたままなので屈みづらかったが、どうにか小夜の口元に耳を寄せる。ひそひそ声が擽ったい。
「山姥切さんと、花火がしたいみたいです」
「ああ、それで」
 いつの頃からか、夏場になるとよく、短刀たちから声がかかった。大抵、短刀のうちの誰かが呼びにきてくれていたものだから、まさか大倶利伽羅が呼びにくるとは思いもせず。
「使い走りにされたから、むくれているのか」
「いえ、あの……大倶利伽羅さんが……」
「ん?」
 今剣と同様、子どもらしいふっくらとした頬を僅かに紅潮させているものだから、思わず小夜の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「あ! ずるいですよ! ぼくのあたまも なでなさい!」
 はいはい、と反対の手で同じようにわしゃわしゃと掻き回してやる。
「それで、どうするんだ。大倶利伽羅との喧嘩はもう終わったのか」
「けんかじゃありません! しかっていたんです」
 ぽこぽこと頭から湯気が出そうな勢いだ。
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向き
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まったり、くりんば原稿中。話の中間部。
初公開日: 2020年04月09日
最終更新日: 2020年04月09日
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コメント
迷ったり迷ったり打ったり消したり悩みながらも進行(したらいいな)