一等星にはなれずとも
パチリとまぶたを開けると、辺りはまだ薄暗く日の出にはほど遠いことが窺える。いつも通りベッドに入ったはずなのに、変な時間に目が覚めてしまった。
ふたたび布団の中に潜る気にもなれず、ぼんやりと窓の外を見つめると視界の端に沈みゆく月が映った。こちらの世界では『厄災』と恐れられており、その名の通り世界に様々な影響を及ぼしている。その厄災から世界を守る役目を負った魔法使いを導く『賢者』として、晶はこちらの世界に召喚された。
賢者と言っても名ばかりで、特にこれと言って何かができるわけではない。それなのに、魔法使いのほとんどは自分に友好的で、優しくしてくれるし、歩み寄ってくれる。わたしは、それを受け取るだけの資格が、そんな価値があるのだろうか。と、たびたび胸の奥がざわざわする。
視線を月から意識的に外して、雑念を振り切るように手早く体を動かし着替える。まだ冷たい夜更けの空気を思い浮かべて、厚手のショールを服の上から体に巻き付けた。他の人たちを起こさないようにそっと魔法舎を抜け出して、魔法舎の周りをぐるりと回るように散歩しよう。なんとなく宙を見上げながら歩き始めると、振り切ったはずの不安がじわじわと溢れ出てくる。吐く息は白いのに、不思議と寒さは感じなかった。
討伐の依頼がくれば、魔法使いたちと共に各地へと赴く。けれど私自身が何かできるというわけでも無く、それどころか場所によっては魔法使い達に加護をかけてもらって、まもってもらわなければならない。この世界の文字はルチルに習っている最中で、まだ完全に理解するには程遠い。書類仕事などは時間をかけて簡単なものをこなすのがやっとだ。考えれば考えるほど、自分一人では何もできないのだと痛感する。
上を見上げていたはずが気付けば目線は足元で、再び宙を見上げると星々はかろうじて白く見える程度になっていた。……夜明けが近い。随分と長いこと、思考の渦に呑まれていたみたいだ。
「わっ!!!」
「……ひっ!?!?げほっ……ッけふ。」
ほぅ、とまたひとつ息を吐こうとしたところに背後から大きくは無いが鋭く声をかけられたことで変に息を飲んでしまった。まるで飴玉を飲み込んでしまった時みたいな心地だ。
「あははっ、賢者様びっくりした?だいじょーぶ?」
「ムル……、驚きました。」
振り返ると、楽しそうに目を細めて、宙にふわふわと浮いているムルがいた。音もなく目線の高さまで降りると、咳き込む私の背中をさすってくれる。内緒話をするように抑えられた声だとか、背中をゆっくりと往復する掌に、彼の温かさを感じて身体から余計な力が抜けていくのを感じた。
以前、慣れない書類仕事を始めたばかりの頃に『ぼんやりするゲーム』と称して一緒に夕焼けを並んで見た日のことが鮮明によみがえる。手を引いて、高いところに連れ出してくれた。『今日済ませなくていいことを、今日済ませなくていい。』と言ってくれた。
そんなムルの行動と言葉に、どれだけ心が軽くなったことか。自由奔放で突飛なことをする彼だけれど、誰よりもその人が心のままに在れることを大切にしているように思える。
彼なりのやり方で手を引いたり、背中を押してくれるのだ。
「こんな時間に外を歩いてるなんて、早く起きすぎちゃったの?」
「あ……はい。もう一度寝る気分にもなれなくて。いろんなことを、考えてしまって……気分転換に散歩を。」
「悩みごと?どんなこと?」
苦々しく笑う私に、まるで「今日の晩ご飯はなに?」と聞くような軽快さで彼は言った。その気負いのなさに不思議と自身の口も軽くなって、今この瞬間、彼にだったら心の内をこぼしてもいいのかもしれないと口を開いた。
「その、私って一人じゃ何もできないなぁと。お恥ずかしながら自己嫌悪を……。」
「賢者様は書類仕事も、魔物の討伐依頼も、いろんな場所で好きに動くのも、文字の読み書きも、ぜーんぶ自分一人で出来たらいいのに!って思ってる?」
「えっ?……うーん。そうですね、迷惑をかけなくて済むくらいには。」
まるでさっきまで自分が考えていたことを見透かされているかのような具体的な言葉の羅列に驚きながらも、思ったままに答える。(注釈:たぶんムルは物の記憶を見る魔法等で考えてること本当に見透かしてる。)
「でもそんなのってつまらない!一人でなんでも出来ちゃうなんて退屈!」
「つまらない、ですか?」
そんなのは無理!ではなく、つまらない。思ってもみなかったムルの返しに重い気持ちが吹き飛んで、代わりにそれってどういうことだろうという好奇心がムクムクと膨らんでいく。