監禁するおとえいちゃんが書きかけなので、それの続きをもくもくとやっていくよ!
突然終わるかもしれないです!よろしく
「とりあえずごはん食べよう、えーいち何か食べた?」
「いや、食べに行こうかと思っていた所でまだ何も」
「じゃぁ丁度良かった!適当に作るからその辺で座ってて」
玄関からフローリングを抜けリビング兼キッチンに通され、窓際に設置してあるソファを示され言われるがままに腰を下ろす。
「あ、とりあえずこれだけ付けとくね!」
「……なんだこれは」
音也のポケットからしゅるりと出てきた真っ赤なベルベットリボン、手触りのよさそうなそれを楽しそうに俺の手首に結わい付けた。
「手錠だよ」
何を当たり前の事を、とでも言いたげな顔で俺の左手首に器用にリボンを括り付け、すぐにコンパクトなキッチンに立つ音也の後ろ姿はいつも通りだ。特に変わった様子も見受けられないし、調子もよさそうだ。冷蔵庫を開けて色々な物を取り出しているのを見るに、ここで料理を頻繁にしているのだろう。たっぷりと詰め込まれた食材がちらりと見え、思ったよりもスムーズな手付きで料理に取り掛かっている。自宅以外の別宅を持つ事はままある、こういった仕事をしている以上、トラブルで自宅に帰れない事や熱心すぎる迷惑なファンやゴシップを狙う記者が自宅を特定してくるパターンもある。大体は事務所が隠れ場所を用意してくれるが、個人で複数の物件を所持している事もあり得ない話ではない。
「それだったら怪我もしないし、痕だって残らないでしょ」
まるで気を遣っている、と言うように得意そうに言うのがあまりにも普段通りで、余計にぞわりとした何かが這い上がってくる気がした。きちんと結ばれた、しかし簡単に解ける程ゆるくもなく、きつくもない良い塩梅としか言えない結び目にはひらひら揺れるリボン結び。赤い手触りのよさそうな艶のあるリボンが揺れる手首は、どこか頼りなさげに白く映った。
「ふむ、確かに……無理に弾き千切ろうとでもしなければ痕も何も残らなさそうだ」
「その色ね、ピンときたんだよね」
瑛一にぴったりじゃん、って。弾むような声に罪悪感や薄暗さなど微塵も感じさせないのに、どうにも不安を煽る音をしている。そうか、とかすれた声でかろうじて返事をした俺の声の不自然さをちっとも気にする様子もなく「パスタでいい?」と問いかけて来る。混乱しているまま、置いていかれているようだ。鼻歌を歌いながらキッチンでごそごそやっている音を背後に聞きながら、己の手首を縛るリボンをじっと見つめる。試しにぴん、と引っ張ってみる。照明の光を浴びて布地は美しく艶めく。衣装の一部に使われたりするのだろうこのリボンを、何を思って買ったのか想像してみようとしたがうまくいかなかった。
そうこうしている間に部屋の中にはにんにくをオイルで炒める良い香りが充満して、水が入ったのかけたたましく油が跳ねる音、耳に心地良い物を炒める音が静かになる頃にはこちらの緊張も僅かながら解けてしまっていた。
「おまたせー!きのこのペペロンチーノです!」
シェフのような身振り手振りでテーブルの上に置かれた白い皿には、つやつやとしたオイルの良く絡んだ平麺のパスタ。しめじとえのきが程よくこんがりとした焼き色でパスタに絡みついている。はい、と渡されたフォークを、すぐにそれに突き立てる事は俺には難しかった。
「……一応聞くが、何も妙なものは入っていないだろうな?」
「妙なものって例えば?」
とん、と向かいにフォークとパスタの乗った皿、それから空っぽのグラスを2つとミネラルウォーターのペットボトルが一つ。
「……薬の類、とか」
「なんでそんなの必要あるのさ」
いただきます、と音也は手を合わせてパスタにフォークを絡ませる。くるくるとうまく巻き付けてぱくりと躊躇いなく口の中におさめゆっくりと咀嚼する。頬がむにむにと動く様と、目の前の湯気が立つ美味そうなパスタとを見比べ、そうして眺めているうちにごくりと呑み込まれた一口目。
「美味しいけどもうちょっと塩振ってもよかったかな?」
二口目、三口目と食べていく様子を呆然と見つめるしかない。正直に言えばいま目の前でおかれた皿が、音也の食べているものとそっくり同じものだと確認出来た訳でもない。自分の物にだけ何かが混入している可能性も捨てきれない。何せ突然「監禁しようと思って」と言い出す男だ、突拍子もないと言う意味では俺だって周りからあれこれと言われる事もあるので、人の事はあまりとやかく言えないが、さすがに今回ばかりは音也の方がどう考えても何かがおかしいと思うのだ。
「食べないの?」
首を傾げて心底不思議そうな顔をされて、次々に音也の口の中に消えていくパスタの行方を思う。胃の中に落ちてかき混ぜられて、体を作る要素の一つになっていく。
おそるおそるフォークを握り、パスタを絡めとり口の中へと運ぶ。小さな一口だった、じっと見つめられながら口の中に運び込み、しっかりと噛み潰して喉の奥へと呑み込んだ。確かに音也の言うように少しばかり塩気が足りない気がした。
「……ね、ちょっと塩少ないでしょ」
かける?と卓上塩を渡され、無言でパスタの上に振りかけた。ぐちゃぐちゃとフォークでかき混ぜて二口目を、先ほどより少し多めの量を巻き込み口に運んだ。しっかりと塩が聞いたパスタは確かに美味いと思えた。オリーブオイルとにんにくの香り、火の通ったきのこの香りも、申し分ないものだった。探し出そうとしても、それ以外の何かの気配を感じ取るのは俺には難しいものだった。
「美味いな」
「でしょ?」
どちらにしても、いまこの場を乗り切るには目の前のパスタを食べ切って、その真意を探るしかないようだ。ゆっくりと三口目を口にして、パスタを噛み切る。咀嚼し喉の奥へ、それをただ機械的に繰り返す食事は、穏やかな物とは遠いどこかにある。音也との食事は嫌いではない。ただし、こんな舐めるような視線に見つめられながら、左手には不釣り合いな真っ赤なリボンを揺らしながら食事をする羽目になるのなら話は別だ。
食事を終えて食器を洗う音也の背に、思い切って声をかける。
「監禁と言うには、まるで子供の戯れだな」
縄をかける訳でも、動けないように足を縛るでもない。ただ左手に付けられたリボンだけが「監禁」らしい何かだ。
「そう?」
「ああ、もし本気で大の大人を監禁するとしたら猿轡をかけて両手足を縛って、目隠しをして連れて来る位の準備は必要だと思わないか?たったこれだけのリボン一本で、ここまでの道順もある程度わかっている俺が逃げるのは容易いと思うのだが」
「そうだね、足を縛るくらいはしてもいいかなと思ったけど、それじゃ意味ないからさ」
濡れた手をタオルで拭って、音也はポケットを探りながらこちらへとやってくる。
「あったあった、はい瑛一」
ぷらん、と目の前に差し出されたそれを思わず受け取ってしまう。それは小さくて、手のひらに隠れてしまうサイズの銀色の鍵。細い赤色の革ひもがついたもの、どこからどうみても何の変哲もない鍵だ。音也の手の中にももう一つ、そっくりそのまま同じ形の鍵が一つ。
「これ渡しとくね。この部屋の鍵」
「……は?」
思わず抜けた声が出てしまったのも仕方がないと思うのだ。監禁と言いながら部屋の鍵を渡される事がこの世の中にあるのだろうか?いや、いままさにその状態であると思いなおして音也と、鍵と。交互に見つめてしまった。
「仕事に行く時は鍵閉めてね」
「は……?」
「遅い方がチェーンもかけること!」
日本語を話している筈の音也が、まるで訳の分からない言語で話しているようで混乱したまま鍵を見つめる。その様子を音也は何だと思ったのか、ふふと可愛らしく笑みを漏らす。
「お揃いの、初めてだね」
ちりちり、目の前で揺れる鍵。同じ革ひもが付いたお揃いの鍵。
音也が、こいつが何をしたいのかがまるで分からない。理解できない事に遭遇するとどうにも脳の処理が落ちてしまうのか、冷静に言葉を思考を組み立てる事が出来なくなってしまう。呆然としているうちに大事そうに鍵をしまい込んだ音也は、ぐっと伸びをしてから何かを思い出したようにあっと声を上げる。
「服とか足りないもんね、あと何か欲しいものがあればそれも」
どこから引っ張り出したのかノートパソコンを開いて通販サイトにアクセスし、どれがいい?と画面を見せて来るのも意味が分からなくて「好きにしてくれ」と投げてしまった。まず頭の中を整理させて欲しかった。次々と投げ込まれる情報に脳が追いついていない。全部投げ捨てて眠るか意識を失ってしまいたいと思うのが止められないのも仕方がないだろう。
「えーいち足長いからズボンどのサイズだったら大丈夫だろう?」などと言いながら次々にクリックしてカートに追加していく器用な指先をぼんやりと眺める。よくわからないうちに数日分の衣類と生活用品、それからページを移動してスキンとローションを追加したときは思わず目をそらしてしまった。何か悪い物を見たような、必要な物だとしてもせめて隠れて頼む、と叫びたい気持ちでいっぱいになったのだ。
「明日は仕事早いんだっけ?」
ぱたん、とパソコンを閉じた音也が柔らかな普段通りの声で呟き、俺は気の抜けたままの声で「ああ」と返事をする。
「じゃぁゆっくりして夜は早めに寝よっか」俺はオフだから、と笑うのも普段通りで違和感に眩暈を起こしそうだった。
「お前は、監禁と言いながら仕事に送り出すのか?」
「だって仕事に穴開ける訳にいかないじゃん、それとも何?そのために休みでも取ってくれるの」
「それは、そうだが」
おかしいのではないか、と言いたくとも正論を当たり前だろとばかりに返されて、自信ありげに口にされれば、おかしいのは俺の方ではないかと不安になる。
「いいんだよ仕事に行って。それで終わったら、またここに帰ってきてくれたら」
それは監禁と呼ぶのだろうか?俺を縛るのは手首の真っ赤なリボンだけ。
「俺はこの部屋でお前を待ってるから。たまには俺の方が遅くなるかもしれないけど、瑛一が帰ってきてくれるまで、ずっと待ってる」
「っ……そのまま、戻らなかったら?」
「それでも待つよ。お前が帰ってくるの」
でも一つ約束して、と覇気のない静かな声が部屋に満ちる。
窓の向こうからは楽し気な子供の声、鳥のさえずり、穏やかな日常が横たわる中で鍵を閉めた部屋の中で、俺たちはソファに腰を下ろし無言で向かい合いながら、互いの顔をまじまじと眺めている。
「ここを出ていく時は、もう帰らないならその手錠は部屋に捨てて行ってよ」
手錠、と思わず口からこぼれる。左手首の赤いリボン、これを外しておいていく時はもう2度と帰らないとき。
「……仕事の時は外すしかないだろう」
「うん、それはね仕方ないからいいよ」
「いいのか」
「うん、でもここに置いてたら、もう捨てたって思うから」
「俺は瑛一を監禁する、だけどそれはお前の自由を奪いたいとかそういうのじゃない。だから自由にしてくれていいし、お前の意思でどこにだっていけるし、どんな風に過ごしてくれても俺は何も言わない。だけど、ここに帰らないって事は、もう終わりだから」
おわり、その言葉にガツンと頭を殴られたような思いで、眩い光を灯す瞳を見返した。
「瑛一が終わりを決めてくれたらいい。俺が始めたから、終わりは瑛一に任せるよ」
「……勝手な言い分だな」
「うん俺もそう思う」
でもさぁ、と音也は諦めたように笑う。
「こうでもしなきゃ、もう俺たちどこにもいけないじゃん」
そこは行き止まりの路地裏だ。
帰り道を無くして、拙い歩みで彷徨い続けた道の果て。どこにもいけない、引き返す事も出来ない。適格に俺たち二人の事を示した言葉に、ふっと口から息が漏れる。
「そう、かもしれないな」
そこに見えるものは明確な終わりだ。行き詰って閉塞感で窒息してしまうくらいなら、終わりの方法の線引きくらい俺たちで。
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音瑛をかいています。
初公開日: 2020年04月05日
最終更新日: 2020年04月05日
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