・子供の頃に結婚を約束した美少女がイケメンになってた話
ふわふわと輝く金髪に、りんご飴のように甘くとろける大きな瞳。
それはまさに、絵本から抜け出たお姫様。
「大きくなったら、ボクと結婚してくれる?」
彼女はその白い頰をりんごのように染め、とろける笑顔でこくんと頷いてくれたのだった。
幼い頃の、甘く綺麗な初恋の思い出。
できれば、綺麗な思い出のままでいて欲しかった。
幼い頃の口約束なんて珍しい話ではない。覚えている人間は少数派だろうし、例え覚えていたとしても「まあ小さい頃の話だし」と荒唐無稽な約束は大抵はお流れになるものだ。
ローエルはといえば、案外とそういう思い出を覚えているたちであった。ふざけながらとはいえ小さい頃のことを引き合いに出すので、妹には大層こういう部分は嫌がられている。
ある程度そういった記憶を網羅しているローエルであったが、人に進んで教えたくない、所謂宝物というか、綺麗な思い出が一つだけあった。 前後はあまり覚えていないが、その思い出には少女が登場する。
昔住んでいた場所が何かの療養地と隣接していた。ローエル自身は今も昔も金にあまり縁がないけれど、ちょうど住んでいた場所と療養地の真ん中にある花畑には用事があった。
孤児院育ちの彼には、院を彩る花を摘む役目と、食べられる野草を採取するという重要な任務(特別院は金に困っていたわけではないが、それはそれとして)があったのだ。
そこでその少女と出会ったのだ。柔らかく風にたなびく金の髪と、りんご飴のように真っ赤な瞳。肌の白さは彼女の儚さをそのまま現しているようで、人形がそのまま動いているような、そんな幻想的な美貌の持ち主だった。
一目で裕福な家庭のこどもだと判った。彼女の纏う白いワンピースは、水草の青さの中でも際立って白く、空に昇る雲にすら負けていなかった。
きっかけは覚えていないが、少し話して、会えば話すようになって、約束をして会うようになった。
名前も思い出せない彼女は、「身体を悪くした」のだと言った。暫く落ち着くためにここにつれてこられたらしい。
交流を重ねるうちに、確かに彼女が元気になっていくのが判った。なのでローエルは嬉しいが、悲しかった。彼女が元気になるということは、ここから離れて行くに他ならなかったからだ。
「大きくなったら、ボクと結婚してくれる?」
一世一代の告白であり、思わず口をついて出た言葉だった。
春だったか夏だったか。秋や冬の、寒く凍みつくような空気ではなかったと思う。花と草に囲まれた青い匂いの中で、赤い眠たげな眼が少し大きく開かれて、蕾が開くような微笑みが視界に飛び込んできた。
後れてやってきた肯定が、いやに胸に残って――――。
「そういう綺麗な思い出だったんだぜ、お前」
「照れますね」
「いや確かに恥ずかしいけどね。オレが」
かつて世話になっていた孤児院からも自立して、随分遠くへ来たものだ。まさかあの時の美少女――――もとい、美青年から「お久しぶりです、結婚しましょう」と話しかけられるなど誰が思うだろうか。
紆余曲折を経て随分と親しい間柄になってしまった。事故でうっかり頬を殴った時以来、「ご主人様」などと呼ばれるようになったから縁を切ることも考えた。けれど結局、こうして顔を突き合わせて喫茶店でランチを共にしているのだから、人生とは何が起こるか判らない。
「そういえばこのくらいの時期でしたね、あの頃も」
「そうだっけ。寒くなかったことしか思い出せん」
甘いものの気分だったので頼んだフレンチトーストはすっかり数を減らしていて、残す所あと一口、二口もあれば、という量だった。一緒に頼んだコーヒーを啜ると、甘さを上品な苦みが中和する。ただ時間が経ってしまったせいだろう、少し渋みが強かった。
「スミレが咲いていましたので。ローエルさん、摘んでいたでしょう、スミレ」
「見境なく千切ってたからなあ。シェスディ、お前こそ何か、白い花持ってなかったっけ」
「そうでしたか?」
青年が、シェスディが秀麗な面立ちに反した幼さで首を傾げた。最後のサンドイッチが少しだけ焦らされて、改めて口腔へ迎え入れられる。むぐむぐ、頬が動く。
「……あー……いやごめん、自信ない。気にしなくていい」
そうですか、と嚥下の後にシェスディが頷く。窓際から差し込む陽光に合わせて、月の光を集めたような金の髪が揺れて光る。
少しだけ残った食事に集中するべく、沈黙が訪れた。最後の一切れを咀嚼しながら、ローエルは外を見た。花畑や療養地などとは掠りもしない、調和の取れた煉瓦造りの通りが目に入る。気取った作りは表だけで、裏通りへ二、三本進めば武骨なコンクリートがお出迎えだ。
あの頃と重なるものなんて、せいぜいがシェスディの美形ぶりくらいだ。事実は小説よりも奇なり。そんな言葉が、彼と会うたびに脳裏をよぎる。
丁寧に食べるからかやや進みの遅いシェスディを横目に、コーヒーを啜る。思えば、あれが初恋だった。恋愛とはいまいち縁のない人生を送ってきたので確信は持てなかったが、なんとなくそんな気がした。
初恋の相手が実は男だったからといって、過去に幻滅したりもしないし、後悔することもない。思い出を思い出で終わらせていたローエルの前に、約束を約束のまま持っていたシェスディが現れるとは中々皮肉がきいている。
どちらともなく昼食や用事を誘ったり誘われたりしているこの関係を、恐らく世間では友人と呼ぶ。けれどローエルにとっては、この関係は知人以上の何か以外で形容することは難しかった。
それは恐らく、未だにシェスディがローエルに「結婚しましょう」と言って憚らないからであろうし、何度拒否しても何度でも諦めずこちらに向かってくる彼に段々と絆され――――いや、心が折れかけているのを感じているから、というのもあるだろう。
自分が一番不誠実であると、ローエルは自覚している。
「どうされました?」
「え?」
気付けばカップを持ったまま考えに浸っていたらしく、食事を綺麗に終わらせたシェスディが、不思議そうにこちらを見ていた。何でもないと伝えつつ、会計をするべく席を立つ。
「何か悩み事でも?」
「いや、別に。そんな深刻な事じゃないし」
嘘だ。重大ではないが、深刻だ。
「そうですか。何かお力になれそうなことなら、なんなりと」
曖昧な返事をしつつ、気遣いを受け取ったような受け取っていないような、微妙な逃げ道を自分の中で無意識に作ってしまう。心の中のどこかが、やばいな、と囁き始めたのは、もうずいぶんと前のことだ。
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