今日のいおかのキラ白
リビングで寝落ちているのを発見。ベッドまで運んであげようと腕に触れたら起こしてしまった。「ベッドで寝よう」と声を掛けるとゔ〜んとか言って抱き着かれた。甘えんぼさんめ。
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今夜はキラーTと会う約束をしていた。
本当なら毎晩だって会いたい。免疫細胞であるからには、そうも言っていられないんだが、あいつの部屋へ訪れて「よう、お疲れさん」なんて声を掛けられる瞬間は何物にもかえがたいほど幸せだ。
ほのぼのと怒られるかもしれないが、今までに指摘されたことはない。
だって、口には出さないが、アイツもそう思っているんだろうからな。
ということで、俺はそのつもりで今夜のパトロール順を組んでいたし、友人たちもなにかと融通を利かせてくれていた。
だが、敵の来襲の予定までは組めないわけで。
ようやくリンパ管へ続く遊走路を駆けられたのは、すっかり日付が変わったころだった。
「寝てるか……うん、寝てるだろうな」
注意深く足音を忍ばせながら、兵舎の廊下の天井裏を進む。別の部屋の上を通って他の隊員くんたちに気が付かれでもしたら、恥ずかしさで真っ赤になる自信がある。
もはやたどり慣れた道筋をするすると進んで、いつも通りに郵送路の蓋(キラーTに言わせると、それは換気口らしいが)をそっと持ち上げると、ブーツの先から部屋へと降りる。
とん、と小さく着地した。
「……邪魔するぞ、キラーT」
こそっと囁いて、耳を澄ます。予想したとおりに返事はない。
やはり眠っているのだろう。
それはそうだ。彼は明日も早朝から訓練があるのだから。
ふう、とついたため息が、思いがけないほど深くて自分でも驚いた。
雑菌の侵入なんてよくあることなのに、この後キラーTと会える時間を削られる、と思うだけで妙なほど気が急いていた。
たいして強くもないのにやたらと数ばかり多い敵をせん滅して、ようやく仕事が終わったんだ。
本当なら、もっと早くここに来られたのに。
俺が「邪魔するぞ」といえばキラーTはいつも「『ただいま』って言えよ」と少しムッとしながらも、ギュッと抱きしめてくれる。そして、帽子の上からポンポンと頭を撫でてくれるんだ。
そのぬくもりのために、毎日がんばっているようなものなのに、今日はご褒美なしなんて……。
「……まあ、しょうがない。これも仕事だからな」
自分を慰める言葉まで、ボソボソと精彩を欠いて響くのに、俺はもう一度ため息をついた。
疲れているんだ。こんな日は早く寝てしまうに限る。
せめて隣にもぐりこめば、ぬくもりを感じられるだろう?
そう割り切って、さっそく俺は勝手知ったるキラーTの部屋をずんずんと進んだ。
さっさと手洗いうがいを済ませると、そっと寝室のドアを開け……?
「……いない」
ドアノブに手をかけたまま、俺はポカンと無人のベッドを見つめた。
丁寧にしつらえられたシーツは皺ひとつなく、彼が今夜はここへ入っていないことを伝えている。
「なんで……今日は出張の予定だったか? いや……」
浮かんだ疑問をすぐに打ち消した。
だって、今夜は俺と会う約束をしていたんだ。別の予定があるとは聞いていない。
「でも、それならなんでいないんだ……もしかして、遊びに行ったのか?」
こういう仕事だ。俺が来るのが遅れることは、過去にもそれなりにあった。
あまり待たせるのも悪いし、律儀に部屋にいなくてもいいと言っていたのは俺のほうだ。
部下くんたちとの親睦を深めたり、深夜のトレーニングをしたり、まあキラーTにもいろいろあるだろうと考えての提案だった。
だが、アイツが待っていないことはなかった。
今まで一度もなかったんだ。
「そうか……いや、いいんだ……」
住人の熱を感じない寝室から視線を逸らす。
アイツがいなくて初めて分かった。
訪れたときに、誰かが迎えてくれるのがどれほど嬉しいことだったのか。
だが、待たなくていいと言ったのは俺で、時間に遅れたのも俺のほうで……
「だから、別に……俺は……」
フラリと寝室に背を向ける。
キラーTとたくさんの時間を過ごしたベッドは、この世界のなかで一番好きな場所だった。
だが、今はなぜか見るのも辛い。
「……ソファを借りるぞ」
返る声がないと分かっているのに、ついつい口に出してしまう。
どんな言葉でもいいから聞きたかった。
キラーTの、あの男らしい良い声で「好きにしろよ」とか「いいぜ」とか、答えてほしかったんだ。
相変わらずシンと静まった部屋の中をノロノロとリビングへと進む。
冷たいシーツに包まるくらいなら、ソファで仮眠するほうがよっぽどマシだ。
「……キラーTが帰ってきたとき、すぐ気が付けるからな」
心の声がぽろぽろとこぼれてしまう。
ああ、そうだ。リビングのほうが寝室よりも玄関に近いから、一瞬でも早くキラーに会える。――キラーに、会いたい……
ゴシゴシと目元を拭うと、俺はいささか乱暴にリビングへつながるドアを開けた。
「なんだ、電気がつけっぱなしじゃないか……ん?」
ぼんやりとしたフットライトが部屋全体をうっすらと照らしている。薄暗く静かな部屋の中、なにか大きな黒い塊がソファの上にあった。
「また何か新しいものでも買ったのか、キラーTは……っ?」
片づけてやろうと手をのばしたとき、その塊がもぞっと動いた。
それに触れた手のひらから、ぬくもりが伝わる。
その正体を確かめて、俺は思わず声をあげた。
「キラーT!?」
「んー……」
ソファの上でごろりと寝返りを打ったのは、紛れもなくこの部屋の持ち主であり俺の恋人のキラーT本人だ。
大きな体を折り曲げてなんとかソファの上に収めたまま、なんと寝ているらしい。
いったいどれほど前からここにいたのか。ぺちぺちと頬をたたいてみたが、全く起きる気配がない。
「おい、キラーT。こんなところで寝るな」
「うう……」
短くうなったきり、もそもそと身動きしたまま寝直そうとする男を俺はじっと見下ろした。
まっさらだった寝室のシーツといい、玄関に一番近いリビングで寝ていたことといい。
キラーT、もしかしてお前。
俺はふわふわと緩みかける頬にギュッと力を入れると、キラーTへと腕をのばした。
キラーTも俺と同じで、ベッドでひとり寝が嫌だったんだろうか。
そして俺が部屋に来たらすぐ分かるように、リビングのソファで待っていた……?
なんとも俺に都合のいい推測だが、それほど間違ってはいないだろう。あふれ出そうな嬉しさをなんとかとどめて、俺はキラーTの腕にそっと触れた。
どういう理由であれ、こんなところで熟睡したら体調を崩してしまう。
せめてベッドまで運んでやろうと思ったが、腕をつかんでも引っ張ってもびくともしない。
こういうときは俺との体格差が少しうらめしい。
なんとか持ち上がらないかと試していると、間近に迫った金色のまつ毛がふわりと動いた。
「すまない。起こしてしまったな」
「ん……こうちゅ、きゅう……か」
「ああ俺だ」
「うん……、ああ……かえった、のか……」
キラーTが昼間に見せる顔は、どこまでも成熟していて男らしい。
だが今、なかば夢の中にまどろみながら俺へフッと笑いかける表情は、どこか幼く感じてしまった。
だからだろうか、ついつい俺がキラーTの頭へ手を載せてしまったのは。
くしゃくしゃと寝乱れた金色の髪にそっと触れる。
いつも彼がしてくれるように、ポンポンと静かに撫でてみた。
「遅くなってしまった。『ただいま』、キラーT」
「……おう」
キラーTの黄金色の瞳が嬉しそうに細くなる。
寝ていたために普段より温かい熱が、触れた肌からじんわりと俺へ伝わってきた。
まだ眠たげにゆっくりと、キラーTの口が動く。
「『お帰り』、好中球……」
その言葉に、嬉しそうな笑みに、俺の体温もぶわっと上がる。
ああ、そうだ。
ここが俺の居場所。
俺がほかのどこよりも好きで、戦った後に帰ってくる場所なんだ。
そうだ、俺が好きなのは寝室のベッドじゃない。
そうじゃなくて。
こみ上げる気持ちをグッとこらえて、もう一度キラーTの腕を引く。
明日、ゆっくりと過ごすためにも。もう今夜は。
「ほら、ベッドで寝よう」
「ゔ~ん……」
最後に目に焼き付いたのは、キラーの少し眠たそうな得意顔。
次に感じたのは、俺を包むぬくもりだった。
俺は、手のひらから背中まですっぽりとキラーTに抱きしめられていた。
全身をグイグイと締めつける力の強さを感じながら、俺はそっと目を閉じる。
ああ、そうだ。これだ。
これこそが、俺の大好きな場所。
キラーTのぬくもりに包まれた、この力強い腕の中こそが。
すん、と鼻が鳴ってしまったが、たぶんキラーTは気が付かなかっただろう。
なにしろ人に抱き着いたまま、ふたたび寝息へと戻っていたんだから。
ふふっと笑いを漏らしながらも、俺はキラーTの胸板へと頬をこすりつけた。
「……この甘えんぼさんめ」
明日の朝は、たっぷりからかってやろう。昨夜のお前は、まるで子供みたいにもたれかかってきたんだぞ、と。
だから今夜はとりあえず。
「お休み、キラーT」
「……」
すうすうと寝息を立てる相手とともに、ソファへぼすりと転がりなおす。
腕の力が緩んだすきに、金髪の乱れたその額にキスしてやれば、キラーTはフニャッと笑ってふたたびぬくぬくと俺を抱えなおしたのだった。
終わり
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今日のふたり
初公開日: 2020年04月05日
最終更新日: 2020年04月05日
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