既に書いてる部分
 ある漁村の海岸に、毎夜光り輝く物が出た時期があった。
 漁師達がその物体の正体を確かめようと網を用意した所、その光り輝く物は水面から姿を表した。それは半人半魚の奇妙な生物であり、漁師達に予言めいた言葉を残して海へと帰った。
 そしてその後。ビルゲンワースと名乗る神秘の蒐集家達がやって来ると、漁師達が予言の通り描いていたアマビエの姿絵に興味を持ち始め、漁村の人々は首を傾げながらビルゲンワースに姿絵の数枚を譲った。
 そして時は流れ、ヤーナムは医療と芸術の街と呼ばれるに至ったのだ。
 ガスコインとヘンリックは互いに顔を見合わせた。
「青ざめた血の色?」
 二人の前には昨晩この街に着いたばかりだと言う、若き画家志望の男が一人。
 彼はここに来るまでの記憶を失っていて、唯一の記憶の手掛かりである自筆の走り書きにあった「青ざめた血の色の絵具」を探していた。
「血の色って……まあ、大抵の場合は赤だよな」
 ガスコインが首を傾げて言う。ヘンリックもその意見には賛成のようで頷いた。
「高貴な者の血を“青い血”と呼ぶ事はあるが、実際青い訳ではない」
「ああ。だがまあ、ここの絵描きの派閥はいくつかあるからな……そのうちの何処かの連中が作った色かも知れない」
 案内するぞ、と申し出たガスコインの言葉に甘え、若き画家志望の男は市街を案内される事になった。
 ヤーナムの街並みは都市部から離れているだけあり、どこか古臭い物があるが決して寂れてはいない。
 通りを少し歩けばスケッチを取る者や、スナックを売る屋台の横で似顔絵描きが揚がる前に描くと豪語しているのが見える。
 子供でさえも、街道の石畳の上にチョークで何かしら描いていた。……流石に住人に怒られたようだが。
 男は少し気になって、前を歩く二人も絵を描いているのかと尋ねた。
「ん? まあな。俺はアマビエと、後は魚の絵を描く。ヘンリックは肖像画を描いてるな」
 これがまた上手いんだよな、特徴を捉えててよ……とベタ褒めし始めたガスコインを、ヘンリックは肘で小突いた。
「なんだよ、事実じゃねぇか。この前ヴィオラが褒めてたぜ、とっても美人に描いてもらえたってよ――」
 ヘンリックの耳が赤くなり始めた所で、男は分かりましたからと言ってガスコインの話を中断させた。
「そうか? まっ、絵を描いてるのは俺もヘンリックも一緒だ」
 隣を歩く親友の肩を叩き、ガスコインは笑う。
「ここで絵って言ったら大抵はアマビエの姿絵だけどよ。最近はなんだ、アマビエと何かを組み合わせた絵も多いな。色使いが大胆なものも増えてる」
「青ざめた血の色、だったか。もしかしたら鱗の一枚にその色を使っている絵描きも居るかもな」
 色使いに詳しいらしいガスコインとヘンリックの話に、男は耳を傾ける。
 とりあえずヘンリックの知り合いがやっているという工房を訪ねるべく、三人はヤーナム市街から聖堂街と呼ばれる区域を抜けて、街外れの森へと向かった。
 聖堂街から森への道へ行くにつれ、敷かれている石畳の中にガタついている物が混じる。
「足元に気を付けろよ、この辺は結構ガタが来てるんだ」
 ガスコインが言った側から転びそうになり、隣を歩くヘンリックに支えられた。
 本当に足場が悪い。外れかけた石がグラつくのを靴底の裏からでも感じ取れる。
「ったく、何でこんな辺鄙な所に工房を作ったんだ?」
「知らん。私が聞きたいぐらいだ」
 ガスコインのボヤキに、ヘンリックが首を振る。男はヘンリックに「知り合いとはどんな人物だ」と尋ねた。
「ヴァルトールは……まあ、頑固な奴だ。絵描きとしては悪くない」
 簡素な紹介とは裏腹に難しそうな表情で語るヘンリックに、ガスコインは言葉を足す。
「悪い奴じゃないぜ、ただその……難しいって言ったらいいのか? 口はあんまり良くないが、本当に悪い奴じゃないんだよ、なっ?」
「ああ……」
 男は言葉を濁した二人の様子を見て、今から会いに行く人物が人当たりが良くないのを察したのだった。
 三人は古びた螺旋階段を降り、森の入り口へと辿り着いた。
「ここから見えるだろう、あの風車の根本にあるのが工房だ」
 ヘンリックが指差す先に、木々のない開けた場所に聳え立つ風車があった。
 聞けば、既に風車としては動いていないらしい。
「石臼があって、昔はそこで様々な物を砕いて顔料にしていた。喧しいから今は止めている」
 行くぞ、と再び歩き出したヘンリックの後にガスコインと若い男も続く。
 明るい市街とは打って変わって鬱蒼とした森だが、様々な植物が生え、中には男が見たことがないような葉もある。足を止めて、スケッチをしても良いかと訊いてみたが
「この辺、蛇が出るから気を付けろよ」
 というガスコインの言葉を聞いて、諦める事にした。
 風車の根本にある工房への扉は、鉄格子に木の板を貼り付けた奇妙な物だ。
「ヴァルトール、居るか」
 ヘンリックが扉を叩くと、程なく扉は開き中から精悍な顔立ちの男が現れた。
「久しいな、ヘンリック。デートの最中か?」
「殴るぞ」
今日はここから(某宇宙ゲーであれこれしながらなのでチンタラ執筆です)
 細い金髪に、鋭い碧眼が覗く。その眼光は、ともすれば蛇のようでもあった。
 しかし旧知の仲らしいヘンリックは特に気にする事もなく、話を続ける。
「用があるのは私達ではない。そこの若造だ」
 ヘンリックが若い男の方に指をさすと、ヴァルトールは男を上から下まで一通り眺めた。
「ほう、新顔か」
「ああ」
 男がどう切り出そうかと困っていると、先にヴァルトールが口を開いた。
「俺はヴァルトール。この工房の長だ。見たところ、まだ来てばかりのようだが……一体何の用だ」
 青ざめた血の色の絵具を知らないか。若い男がそう言うと、ヴァルトールは目を細め、暫し考え込んだ。
「ふむ……それは本当に絵具か? 血の色……」
 ヴァルトールはブツブツと呟きながら奥へ消え、少しすると大きな木箱を持って戻ってきた。
「おいおい、随分埃臭い箱だな」
 ガスコインが顔を顰める。確かに箱は埃っぽく、少し黴びているかのような……あまりよくない匂いがする。
「この箱には普段使わない色を入れている。探してみろ、だが見つけてもくれてやる事は出来ないからな」
 ヴァルトールはそれだけ言うと、奥にある昇降機で下へと降りていった。
「あー、なんか描いてる途中だったのかもな」
 ポリポリと頭を描いて言うガスコインに、ヘンリックが頷く。
 こうして、三人は箱の中身を改める事になった。
「しっかし、よくこんなに揃ってるよなぁ」
「風車小屋を止める前までは、自前で絵具を作る事は珍しくなかったからな」
 桜吹雪色、錦鯉の鱗色、蛇玉の結び目色、墓石色……
「……なんでこんな、色の名前が詩的というか……ちょっと捻ってるというか」
「皆新しい色を作るからな、既存の色と被らなければいいと好き勝手に名付けていた」
「こっちは"抹茶"色、"木枯らし"色……ん、"神父の髪"色?」
 何故か一層激しくなり始めた二人の言い合いを聞き流しつつ、男は絵具を探し続ける。
 出てくるのは奇抜な名前の絵具の色ばかりだが、三人がかりでチューブに貼られたラベルを見ても、青ざめた血の色どころか血の色の絵具さえ出て来なかった。
「ま、そんな簡単に見つかったら苦労しねぇよな」
 次行くぞ、そう言って肩を叩いてくる大柄の絵描きが、男にとっては頼もしく有り難かった。
「見つからなかったか」
 カラカラと音を立てて登ってきた昇降機からヴァルトールが現れ、その手には一本の絵筆が握られていた。
 若い男は頷き、見せてもらえたのにすまなかったとヴァルトールに伝えた。
「別に構わん。それよりも……お前、ここで絵を描かないか?」
 絵具の入った箱を脇に退かし、ヴァルトールは話を続ける。
「市街から来たのなら見ただろう、あの魚なのか人なのかよく分からない醜悪なナマモノを」
 確かに言われてみれば……醜悪なナマモノかもしれない。男は頷いた。
「あんなものを描くのはうんざりじゃあないか。ならばここで、好きな物を描くといい」
 工房を見渡し、ヴァルトールがゆっくりと、よく通る声で告げる。
「この工房の名は"連盟"。お前がここで絵画を描くのならば、連盟の絵描き達が協力しよう」
 男が左右を見ると、肩をすくめるガスコインと、胸を叩いてみせているヘンリックが見えた。
 特に……何かあるわけでもないのだろうが、ヴァルトールの気迫に――或いは、好きな物を描いてもいいという誘い文句に誘われ――男は、ヴァルトールに強く頷いてみせた。
「そうか。ならコレをやろう」
 ヴァルトールが渡してきたのは一本の絵筆だった。
「この森に暮らす、リスの毛で作られている。柄に刻まれたカレルが連盟の、我々のカレルだ」
 まあ、つまる所そのマークが連盟の象徴だ。横からヘンリックが補足する。
「青ざめた血の色の絵具がどんな物かは俺にも分からないが、他の同士にも聞いてみよう。どのような色なのか気になるしな」
 お前達はお前達で調べてみるといい、と、ヴァルトールはまた工房の奥へと引っ込んで行った。
「な、ちょっと変わったヤツだったろ?」
今日はここまで
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エイプリルフール作品に加筆
初公開日: 2020年04月04日
最終更新日: 2020年04月30日
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