トゥリアと森の探索を終えた次の日、俺たち『黒い森』の面々は話し合いの場を設けていた。
ただし、それは今宿泊している『歌う乙女亭』ではなく、ルヴェルとラゴウが宿泊している『銀嶺』の宿である。先日訪れた時と同じく、広い応接間には今俺たちパーティーメンバーと、竜人の二人が顔を会わせている。
「……というわけで、森の様子がおかしいの」
「ふむ……」
クロエから説明を受けたルヴェルは小さく声を漏らすだけだ。何度かやりとりをして気付いたが、この態度はルヴェルの公的なものなのだろう。知識を受け継いだときはもう少し砕け
た態度だったが、今は全員が揃っているということでこちらの態度へ切り替えているに違いない。
「それを私たちに教える理由は? てっきり私はまた、トーヤが私の知識を受け継ぎに来たのだと思ったが」
そうかと思うと口調を和らげ、小さく歯を見せて笑う。その笑顔を見るとどうにもあの酔ったときの醜態を思い出して、妙な顔になってしまう。
「んん……そういえば、ルヴェルから与えられたやり方で魔術を操れたよ。これでまた強くなれる。ありがとう。本当に感謝する」
「それはよかった。それで、新しい知識は必要ないのか?」
頷くと、ルヴェルは残念そうに小さく首を振る。
「そうか。いや、またトーヤを抱きしめる準備はできていたのだが」
「ちょ、ルヴェル!!」
「トーヤ?」
ルヴェルの意味深な言葉に、イルシュカを始めとする全員の眼がこちらを向く。なんだか、妙な圧力すら持っているその視線に思わずクロエを見やるが、彼女は素知らぬ様子で出された茶を飲んでいる。
「なんだ、説明していないのか。トーヤは初めて私と繋がったとき、酔って私の胸に顔を埋めたのだよ。私に子はまだいないが、甘えられるというのはこういうものだろうかと少しばかり愛情というものを理解したよ」
「トーヤ……?」
同じ台詞を紡ぎながら、イルシュカが俺と距離を詰めてくる。そしてその手は俺の太ももへ乗せられ、指が強く抓り上げてきた。
「イ……イルシュカ、痛い」
「トーヤ、いつも私に酔いすぎるな、酔っても妙なことをせずに自制しろって言ってるのに、自分は女の人に抱きつくんだ?」
「いや、それはその、不測の事態というか……痛っ、痛いっ!」
イルシュカは力が強い方ではないが、それでも指先で肉をつままれれば充分痛い。なにしろ皮膚というものは鍛えようがなく、感覚も集中している。
「そういえばいつだったか『アンドヴァルドの迷宮』でも、私の唇を奪ったな!!」
イルシュカの責めに耐えていると、今度は逆隣にラ・ミルラが座る。
「う、あ、それ、それはそれこそ緊急事態だっただろう!! ああしなければ解毒薬を飲ませられなかったわけだし!!」
「そうだな!! だが、私の初めてが奪われたのも違いがない!! 私はこれでも一途な方だが、トーヤ殿であればもらってくれても存分に構わんぞ!! 締めつけてくれる力も強そうだし!!」
「ラ・ミルラ!!」
さすがに過激過ぎると声をあげると、ラ・ミルラの顔はどうしようもなく緩んだ顔となっている。からかわれているのは明確だが、それでもやはり女性の初めてという単語はないがしろにしていいものではない。
「なんだトーヤ、君は意外に女たらしだな」
「そうそう。結構そこかしこでやらかしてるんだよねトーヤは」
「そういえばラフレン村で山賊から逃げるときも、村の女性と色々あったな」
「霧吹き竜のときも未亡人からお守りもらってたわよね」
ルヴェルの台詞に皆が次から次へと過去の話を掘り出してくる。そしてそのどれもに心当たりがあるので、反論ができない。
「まあまあ皆さん、その辺りにしておきませんか? トーヤさんが物凄くうなだれておりますし。わたくしを含め、皆さんは嫌な思いをしているわけではありませんし」
今まで喋らなかったシウが周りを宥めて、皆がようやく静かになる。
「ま、それにアタシたちはそれを承知でトーヤの側にいるんだし。そうだろう?」
レンが継ぐと、皆はそれ以上の言葉を持たなかった。しかしその言い分では、なんだか俺がハーレムを作っているような感じになってしまうんだが。
いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「話……戻していいか? それをルヴェルたちに伝えた理由はあるんだが、その前に……ルヴェルたちはあとどれぐらいこのシュトルクに滞在するつもりだったんだ?」
「私たちか? 別段、予定は決めていないな。トーヤのお陰で目的は果たしたが、だからといって急いで帰る理由もない。あと十日でも二十日でも滞在しようと思えばできるし、明日にでもここを引き払うこともできる」
どうやら長寿の竜人らしく、目的を達成してすぐに故郷へ報告、というようなことはしないらしい。
「……そうか。考えたくないが、もしトゥリアの予想が当たったなら、恐らくここで大規模な騒動が起こる可能性がある」
「それは先ほど告げたオルファノスという組織のことか?」
頷く。先だってオルファノスのことは説明しており、ルヴェルたちに心当たりを訊ねもしたが、今の所竜人の領土には出没していないらしい。
というのも竜人の故郷というのは島国らしく、出入りするには船便しかない。そして港ではきっちりと入国を管理されており、ただでさえ竜人だらけの場所で人間が不審な動きをすれば即座に看破されるだろう、とのことだった。
「あいつらがなにを求めて騒動を起こしているのかは分からない。愉快犯なのか、国家転覆なのか、あるいは破滅願望だけなのか」
なにしろ手がかりが少なすぎて、推測するにも限界がある。
「ただ、そのやり口は陰湿だし、大規模な行動となれば街の皆が巻き込まれると思う」
「ふむ……」
ルヴェルが小さく息を吐く。その顔からは、なにを考えているかは読み取れない。こういう部分は、彼女が貴顕であることを感じさせる。
「だから、臨時になるが『黒い森』とあなたがた二人で手を組まないか?」
「……」
俺の提案は予想済みだったのだろう。ルヴェルは静かな顔のまま、表情を動かさない。その瞳はじっと俺を見据えて、瞬きすら監視してきているような圧力を放っている。
「一つ、確認したいのだが」
「……なにかな?」
「この街はトーヤと……というよりはこの場の全員に縁がない場所だ。面倒なことが起こりそうだと予測するならば、さっさと引き払って街を出ることも選択肢にあるだろう。それをしないのはなぜだ?」
相変わらず、ルヴェルの瞳は動かない。俺の答えから得られるものを推し測ろうとしているのだろう。あるいは、知識を物理的に与え与えられる竜人という種族だからこそ、言葉や表情から得られる情報も注視するのかもしれない。
「それも考えたんだけどな。でもこいつらはおそらくこの大陸全土で活動しようとしている。ラ・ミルラからの情報を半分の規模で判断したとしても、そう考えざるを得ない。となれば、俺たちが今現在本拠地として活動しているロルッセアの街でも起こる可能性が高い」
俺の言葉を無言のままに促してくる。今まで喋ったことも、これから喋ることも、全てメンバーですり合わせを行っているので誰かから異議が出ることはない。
「で、あるならば、ここらで一度接触して奴らの目的、思想、あるいは他の手がかり。それを少しでも感じ取っておきたいんだ。なにも分からないまま、ロルッセアで「オルファノスが仕掛けてくるかもしれない」と考え続けるのも癪だし――」
そこで一つ区切って笑って見せると、初めてルヴェルの眼が少しばかり大きく見開かれた。
「オルファノスには多少の借りがある。それを殴りつけて利子つきで返したくもあるのさ」
その答えは竜人の姫を満足させたらしい。ルヴェルは顔に笑みを浮かべ、竜の歯を剥き出しにした。
「なるほど、な。それで私たちの力を借りたいと」
「それもあるし、もしオルファノスのことを知らないなら、巻き込まれたときに面倒になると思ってね。ルヴェルたちがやられるとは露ほども思っていないが、知識があるとないとでは段違いだろう? だったら、不要でも伝えておかなきゃな。せっかくルヴェルたちと縁が結べたのだから」
「……そういうところだな、彼女たちが言ってるのはおそらく」
「?」
ルヴェルの呟きはよく分からなかったが、なぜだかイルシュカたちが大きく頷いている。よくわからないが、俺の訴えることは伝わったらしい。一度茶を口に含み、ゆっくりと飲み下してからルヴェルは息を吐く。
「分かった、いいだろう。そのオルファノスとやら、今は我々に関連がないかもしれないが、この先は国に累を及ぼすかもしれん。そちらの『黒い森』と協力し、正体を探ってみるとしよう」
「! 本当か! ありがたい! ルヴェルとラゴウが協力してくれるのなら、これ以上ないほどの助けだ!」
ルヴェルの手を握って上下へ振ると、彼女の眼が見開かれ、背中の翼がひくひくと動く。
「ん……む、まあ、任せておけ。ラゴウも、それでいいな?」
「は。姫様の仰せのままに」
後ろのラゴウは俺とルヴェルを交互に見て、小さく頭を下げる。どこかその視線に妙な強さを感じたが、ひとまずはこれで安心だ。
ルヴェルとラゴウの二人がいれば、単純に戦力アップだけではなく、やれることも増えてくる。正直いって、彼女らと協力態勢を敷けるかどうかはこの件に関する分水嶺ではあった。
「それじゃあ、とりあえずの取り決めを定めておこう。なにしろ相手がいつ動いてくるか分からない以上、即応できる体制だけは整えておきたい」
「そうだな。それでは――」
ここからはクロエやイルシュカたち、全員が加わって会議を始める。
とにもかくにも、心強い味方が得られたのは安心だ。