気が付くと、やたらと高い天井に見下ろされていた。吹き抜ける湿った夜風と微かに響く大量の水が落ちる音に一瞬、ここはどこか野外でこの遠い天井も曇った夜空だろうかと思いかけたが、全身を包む上質な肌触りのシーツとからだが沈み込みそうにやわらかなマットレスに、そうではなくここが何れかの宿のスイートルームであることを把握した。瀑布の音がするということは、ヘリオードか。
覚醒したレイヴンは二、三度まばたきをして脳にかかった靄を振り払うと、大きな枕に無遠慮に腕を突いて上体を起こした。寝起きの頭は重く、からだには倦怠感が纏わり付いてはいるが、怪我などはしていないようだ。怪我が無いということは自分は敵の攻撃など外的要因によって気を失ったのではなく、ただただ頭がキャパオーバーしたせいで卒倒したのだと理解して、ため息を吐いた。よりにもよって特に心配症のメンバーの前で醜態をさらすとは。寝かせるために下ろされた髪をぐしゃぐしゃに掻き乱して、顔を覆って、呻く。
「やっちまった……」
きっと後からエステルを筆頭にものすごく心配され気を遣われるだろう。今回は日頃の無理が祟ったわけではなく不意打ちが急所に入ってしまっただけだと説明しても、多分信じてもらえない。それこそ日頃の行いのせいだと自覚はある。
休息を取ったばかりのはずがまた重たく悩み始めた頭を持て余し、レイヴンが眉間をほぐしながら唸っていると、不意に部屋の戸が開かれた。
軋むことなく開いた隙間から長身が室内にするりと滑り込む。薄闇に溶け込むシルエットはユーリだった。起き上がっているレイヴンの姿を見て、柳眉がふと和らぐ。
「おっさん、目ぇ覚めたのか」
「今さっきね」
「気分はどうだ?」
「普通に元気よ、よく寝たから。心配掛けたわね」
「そりゃいつものことだ。ん、いちおう大丈夫みたいだな」
顔色を確認するために、ユーリが顔を覗き込む。突如として距離を詰めてきた美貌と真っ直ぐ向けられた眼差しにレイヴンは反射的に息を詰めた。美人というのは何はなくとも迫力がある。この青年はその威力を理解していない。
ユーリはレイヴンの緊張など露知らず、手短に診察を済ませるとふらりと離れて、水差しとグラスを手に戻ってきた。
「おっさん、倒れる前にここ押さえてただろ」
グラスを手渡して空いた白い指が左胸を指し示す。
「そうだっけ?」
「そうだよ。心臓つらいんじゃないだろうな」
「いや、全然。多分それは無意識に……ああ、いや。とにかくコイツの不調じゃないから」
いまいち歯切れの悪い返答にこれも日頃の行いのせいでユーリは眉を顰めたが、それが事実かどうかを確かめる術を彼は持たない。ひとまず見えている様子からうそではないと判断したらしい、念押しするように「ふうん」とだけ返して、ユーリはベッドの隣に運ばれたひとり掛けのソファにどっかりと腰を下ろした。
グラスに注がれた水はよく冷えていて、飲み下すと気分まで潤うような心地がした。大きく開かれたバルコニーから見える空には星が輝いていて、もうすっかり夜の帳が下りきったことを示している。気を失う前は悪天候で太陽こそ出ていなかったものの、昼食にも早い時間帯だったはずだ。思っていた以上に長時間眠っていたらしい、レイヴンが肩を回すと凝り固まった背骨がバキバキと嫌な音を立てた。
「みんなは? もう夕飯は食べた?」
「ああ。今は向こうの部屋にいる。腹減ったならパティのおでんがまだ残ってるぜ」
「いやあ、寝起きでおでんはちょっと。ていうか、この部屋って嬢ちゃんのための部屋よね? そろそろ部屋交代した方が良いかね」
「いいんじゃねえか、別に。ベッドだってもう使っちまったんだし、今日はこのままこの部屋使えよ。エステルもそんなこと気にしねえだろ」
状況確認を兼ねて当たり障りのない会話を繋げていく。レイヴンにはユーリに訊ねたいことが山ほどあったし、ユーリもレイヴンに訊ねたいが山ほどあったが、お互い核心に触れるタイミングを掴みあぐねていた。そして互いにタイミングを掴みあぐねていることも分かっている。どう訊ねたものか、訊ねて良いものか。
碧の瞳がちらと正面の壁を見遣ったのをユーリは見逃さなかった。
厚い壁を隔てた向こうには仲間達とともに、件の騎士がいる。最初こそどう接するべきか分からずに緊張感が漂っていたが、恐らく今頃はすっかり打ち解けて和気藹々とした空気になっているだろう。パティが年長者として、またムードメーカーとして良い橋渡しになってくれたはずだ。
手が止まっちゃったので今日はここで終わりにします〜!
見守ってくださった方、ありがとうございました!!
音声も何も無いので面白み無かったのでは…ごめんなさい〜!!
・「らしい」って使いすぎ問題