捏造過多
 僕を呼ぶ声が聞こえる。
 少ししか進まない足を動かして人混みをかきわけて行く。周りの人間は何事かと見やってはまた日常へ戻っていく。どこの国の言語かわからない言葉で話しかけられては逃げていく。
「兵庫さん!お待ちください!兵庫さん!」
 うるさい。うるさい。もうたくさんだ。
 内からは"旧国"と呼ばれる国々が、外からは人間が、僕を追い詰めていく。自我が点滅して意識が揺らぐ。よろけた足が細い道へと入り込んだ。
 ここなら誰にも見られることはないだろうと確信し、転送扉を展開する。
 行先は、県境。
「ああぁぁもう!あんたが私のこと併合してる間に兵庫ってとこに淡路国とられちゃったじゃないの!」
「いや知らん。そもそもお前さんにも非はあるんだろ」
 時は兵庫が逃げ出す一日前、旧阿波国―今の徳島県にあたる揺神の徳島は旧土佐国―高知県の揺神のもとを訪れては開口一番、不満をもらした。高知は徳島に肩を揺らされながらため息をついた。
「そもそも兵庫ってところは本気で五つもの国を合わせて出来たのか?にわかには信じられん。淡路国も一つで独立していても何も不自然なことはなかろうに」
「んーそうなんだよね。港町がどうとかって話は聞いたことあるけど、それにしては大きすぎるというか……」
 四国は併合、独立を繰り返したとはいえ、一国が一県という形で最終的には落ち着いている。徳島自身も二つの国、三つの国などは何度か耳にはしていたが、五つの国を合わせたのは兵庫しか聞いたことがなかった。
 阿波国の記憶が多少残る徳島はあの播磨国がすんなり受け入れるはずがないと思っていたが、現実はそのまま独立なども起こることはなかった。
 だからこそ徳島は疑問に思っていた。どうして播磨国の独立も起こらず、さらには淡路国まで合わせて"大国"が出来上がったのか。
「港町なぁ……開国……んん……?なんだったか……?」
「……よし、決めた」
 徳島は立ち上がった。
「なんだ。もう行くのか」
「元々ついでだもの。今から兵庫とやらの揺神に会ってやろうじゃないの。大国……じゃなかった、大きい……なんでもいいや、それだけの国を合わせて出来上がったところの揺神の姿はさぞご立派なんでしょうね」
「おいおい正気か?海を渡らんと行けんだろう?お前さんところ、渦が出るんだって?」
「基本的には穏やかだから問題ないの!さて、準備しなきゃ」
「……あのなぁ徳島」
 徳島の駆けようとした足が止まる。高知はひとりごとでも言うようにどこかを見つめながら口を開いた。
「どれだけわしら揺神があがこうとも、文句を言おうとも、何も変わりやしない。兵庫の揺神に会ったとて、お前さんの現状は何一つ変わらんぞ」
「…………わかってるよ」
 徳島は踵を返すと一歩踏み出し、止まった。
「だからこそ"八つ当たり"でもしてないと、どうしようもなくなっちゃう」
 それじゃあね、と徳島は高知のもとを去った。
「ははっ…わしは何だと思われとるんだか……」
「ちょっと!」
 その声に驚いて転送扉が閉じる。走り疲れた足が震える。
「あんたそんなに急いでどうしたの?迷子?その服、この国のものじゃないよね?どっかの偉い人間の子供さんだったりする?」
 次々と疑問を投げかけられて回らない頭をかき回される。僕を追いかけてる港町の人間ではないみたいだが、僕のことは見ていたらしい。上がった息が落ち着かない。
「……大丈夫?私でよければ一緒に……って私この町のこと全然知らないどころか初めて来て困惑しっぱなしというか……」
「……この町はどう映ってますか?」
「えっ……えっと……」
 初対面の、否、顔すら見ずに声だけ認識した人間に突拍子もない質問をする。声の主は明らかに戸惑っている。
「同じ国なのかなぁって……私のとことは景色が違いすぎる。すごいというか……なんというか……」
「そうですか……」
 喜びのような虚しさのような、くすぐったい感情が渦巻いた。
「どうしたのよそんなこと聞いて」
「……僕の町ですから、他人の評価が気になって当然でしょう」
「そ、そう……あんたこの町出身なの?ならちょうどよかった。私さ、兵庫の揺神捜してて、あ、えとーわかんないよね。土地神様なんだけど」
「えっ」
 思わず振り向いた。女性は綺麗な黒の長髪を結って垂らしていた。目は植物を思わせる緑を持っていた。この国の人間らしいその姿は、黒の混じる桃色の髪を持つ僕にとってはこの上なく羨ましいものであった。
 しかしこの瞳はどう考えても人間の持つものではない。
「ひ、兵庫の揺神を見つけて、なぜ、なぜです?」
「え?いやただ会いたいだけよ?なんで慌ててるの?」
 旧国の土地神か何かだろうか。同じ土地同士の神でも、住む場所が違えばわからないということなのだろうか。ただもうこれ以上は少年としてはいられないようだ。
「ぼ、僕、です」
「……え?」
「僕が、あなたの捜している、兵庫の揺神、です」
 相手は緑の瞳をぱちぱちさせ、僕の顔をじっと見てきた。流石にこの距離では桃色の目も隠すことは出来ない。
「ガ、ガキ!?」
「ひっ」
「えっだってそんな、五つも国を合わせて……いや、完全に比例はしないだろうけど、えっ……うっそぉ」
 相当驚いたらしく女性神はぶつぶつとひとりごとを繰り返す。僕は「ガキ」と言われてしまった衝撃がじわじわと心を蝕んでいた。
「あ、ご、ごめんなさい私ったら失礼なことを……」
「い、いえ……よくあるので……ところで、僕に会いに来てくださったということは、どこかの揺神ですか……?」
「失礼しました。私は海を隔てた向こうにある旧阿波国……今の徳島県にあたります、その地の揺神の徳島です。まさかあなたが兵庫さんだとは思わず、失礼な言動を……」
 別の県からの揺神の来訪は数柱を除いて滅多にないことだ。その珍しさに僕は声をあげそうになるがぐっとこらえて徳島さんを見る。
「徳島県の揺神だったのですね。こちらこそ気づかずに申し訳ないです」
「……でもなぜ、さっきはあんなにも急いでいたんですか?い、急いでいたならばこんな話している場合ではなかったり……」
 徳島さんは顔を青くして慌てだした。僕はなだめようとしたが己の状況を思い起こし、目線を落としてしまう。もてなすことも出来ず、こうやってどこかもわからない道で、迷子だとか、急ぎだとか、そんな勘違いをさせてしまって、恰好悪いことこの上ない。
「兵庫さん?」
 名前、を呼ばれて目線を戻す。
「大丈夫ですか?」
「……ぼ、僕は」
「兵庫さーん」
 港町の人間の声だ。僕の体は強張る。無意識のうちに手を握りしめていた。
「人間に捜されてる……?ど、どうしたんですか?何があったんです?」
「……僕は」
 もう一柱の僕が話すな、溢すな、保て、と警告を出す。しかし、一度開いた口は達者に言葉を吐き出していく。
「逃げたんです。仕事から。だってもう、僕が兵庫として意識を持ってから、ずっと、神戸のことを、なんで、僕は兵庫やのに、みんな神戸しか見てへん、港が港が、みんなみんなみんなみんな」
「兵、庫さん」
「なんで、ぼくはただ在りたかっただけやのに」
 目元が熱くなって、視界が霞んだ。目から何かが落ちる。頬が一瞬ぬるく、そして冷めて、繰り返して、言葉も消えていった。
 徳島さんにはどう見えているのだろうか、と外面の僕が怯えだした。異国への玄関として開かれている土地の揺神は、己の運命に耐え切れなくなって、みっともなく泣きはらして、外見相応のような行動をしている。人に生かされている存在が、人から逃げ出している。
「兵庫さんのような揺神もいるんですね」
 徳島さんは驚いたような顔をしていた。それは僕の行動ではなく、状況に、そうだったのかという具合に。
「町の賑わいを見てると、兵庫の揺神はとてもここが誇りで、嬉しくて仕方がないのかなって……でもそんな簡単に収まる感情じゃなかったんですね。他の土地も、大切ですもんね。こんなに広ければ、こんなことも揺神に起こるんですね」
 僕は言葉が出てこなくて湿った目元をそのままに徳島さんの言葉を聞く。
「私や私の周りは、一国から成った県ばかりで、多少の分裂はありますがそれでも意識は県に向いています。少なくとも私は県として見られることが普通でした。だから知りませんでした」
 僕はそこで、港町を有する土地のほうが少なかったことを思い出した。意識を持った頃から港町を目にし、異国のあらゆるものを見てきた僕には、苦しくともそれが"日常"だった。その苦しさは港町特有か、あるいは僕だけのものかもしれない。
「……僕って変ですかね」
「変、とは?」
「神戸のために、神戸のためにとずっと仕事をして、向けられる視線全てが兵庫ではなく、神戸であることに、揺神にも関わらず、いやだとかどうしてだろうとか、思ってしまったことです」
 徳島さんは場所は違えど、同じ土地神、揺神である。大阪さん、京都さん、滋賀さんのように身内でもなく、神奈川さんのように港で繋がりがあるわけでもない。人間の評価は聞き飽きるほどに入ってくるが、徳島さんのような第三者に近い揺神が、僕のような土地に対してどう思っているのかは聞いたことがなかった。
 徳島さんは黙り込み、ずっと言葉を考えている。大阪さんがたまに見せる仕草とどことなく似ている。僕に気を遣う時にいつもこうするのだ。
「あの、素直に思ったことでいいですよ。その方が」
「んー……疑問に思うことは、別に間違いではないと思いますよ」
 へ、と気の抜けた声が出る。間違いではない、という言葉が胸に引っかかった。
「私、あなたに会いに来た理由が、旧淡路国を取った土地の揺神はどんな奴なのかこの目で見てやろうっていう、めちゃくちゃ感情的で個神的なものなんですよ。ふんぞり返ってでかい態度をとられようものなら、文句の一つでも言ってやる!って具合に。要するに八つ当たり、みたいなものですよ。酷い話でしょう?私が高知県に併合されてようがされてなかろうが、編入は神様が決められることなんかじゃないのに、どうして、なんでって、悔しくて、既に高知には八つ当たりしてしまいました。でも憎めないんですよ、誰も。ただただ湧き上がる疑問をゆっくりと抑えていくしか、方法がないんです。私たち揺神って、けっこう何もできないんですよ。見られ方も、きっとそうなんだと思います。私はこう……人目に晒される、みたいなことは経験していないのでよくわからないんですけど、その見られ方に対して疑問を持ってしまうことは、何も変なことじゃないと思います」
 なんか自分のことを言ってしまってすみません、と、徳島さんは眉を八の字にして笑った。僕の心は不思議と穏やかになっていた。
「……そう、ですか、ありがとうございます……」
「いや、別にお礼されるようなことなんて」
「僕一人なら、また大阪さんの元に逃げて、自問自答を繰り返す悪循環が起こっていたと思います。形はどうであれ、とても助かりました」
 僕にはこうやって向き合う時間が足りていなかったのかもしれない。向き合っていたと思い込んでいたのかもしれない。いつまでも残り続けていた心の重さがなくなったことが何よりもその証拠だった。
「それならよかったです。兵庫さんの笑顔も見れましたし」
「え……僕、笑ってました?」
「はい……気づいてなかったんですか?」
 "最近笑っていなかったせいか気がつかなかった。"自分自身の表情の変化すら認識出来なくなっていたとは思いもしなかった。表情が勝手に出てきてしまうことは都合が悪いが、素の表情が消えていたこともあまり良いとは言えない。徳島さんにたくさんのことを気づかされてしまった。
 意識の中で淡路がクスクスと笑ったような気がした。
「気づけないだなんて、相当お疲れみたいですね。今日くらいはしっかり休んで……とは言えませんが、適度に休んだ方が、県に影響も出ずに済むと思いますよ。私、そろそろ失礼しますね」
「あ、待ってください」
 僕は神通力を使って新しく知った洋菓子を転送する。異国の食べ物に徳島さんの目が光る。数年前の僕であれば素の感情でこうなっていたのだろうと寂しさを覚えた。
「淡路まで送らせてください。そこから神用の船を用意しますので、船内でぜひ食べてください」
「い、いいんですか?そんな手配まで……」
「神様をお迎えしていた、と言えば誰も文句は言えませんよ。それに、これくらいさせてもらわないと、僕の気が済みません」
 まるで貿易をしている時のように言葉が飛び出し、表情を作り始めた己に驚いてしまった。徳島さんも同じように驚いていた。
「ひ、兵庫さん、まるで別人みたいに話しますね」
「すっかり癖がついてしまったみたいで……姿と口調が合わないってよく言われるんですよ」
 転送扉を開き、足を踏み入れれば景色が自然一色へ塗り替わった。数年ぶりに自然だけの景色を見たような気がして吸い込まれそうになるが、意識を保って神用の船を作り出す。異国を基準としたものしかすぐに浮かばなかったため、神以外には見えないようにしておいた。徳島さんはまたも目を輝かせて珍しげに船を見ていた。本当にいいんですか、など興奮した口調でいろいろと言われたが、構わないの一点張りでなんとか乗船させた。
 あの洋菓子を食べた徳島さんはまた同じように目を輝かせるのだろう。僕がそうだったのだから。眠れないほどに船内を見て回るのだろう、僕のように。
 そうして次第に慣れていく。
 今だけの話だろう。どうかその喜びを忘れないでほしい。僕はむなしく願う。
 転送扉をくぐり、また先ほどの道へ戻る。人混みの方向へ足を進めた。
 「僕のところのサイトじゃないですか」
 背後に立たれていたことに気づかず、私は驚いた勢いでパソコンを閉じてしまった。兵庫さんはそんなに驚きましたか、と眉を八の字にして笑う。
 昔のことを思い出していたらそれなりに時間が経っていたらしい。なぜこのタイミングで明治時代の―それも、初めて兵庫さんと出会った、少々恥ずかしさもある日のことを思い出したのだろうか。昔の出来事に意識を飛ばすことは無論あるが、出会いの日を思い起こすことは少なかった。
 紅茶を淹れている彼を見ながら、随分と追い越されてしまったと感じる。五つの国を合わせて出来上がったのだから人口では当時から彼のほうが上回っているが、身長もこの通りすっかり私の方が低くなってしまった。人間の姉弟はこのような感情になるのだろうかと思ってみる。面倒を見てやったわけでもないのに、初対面の影響でどうも感覚が抜けない。
「徳島さんはコーヒーですか?」
「あ、えと、紅茶でいいですよ」
「……遠慮しなくていいですよ?」
「え、遠慮してませんよ!?見てたら飲みたくなってきたので」
 兵庫さんはこちらを気遣いながらもカップをもう一つ取り出し、先ほどと同じように注いだ。あの幼子の姿でこの技を学んでいたのだと思うと、慣れた手つきが時の流れを見せられたかのように映った。
 受け取った紅茶を啜りながらパソコンを再び開く。画面は五つの色を並べた彼の象徴を映した。
(とりあえず完成)
 
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47ts 未知の導く先
初公開日: 2020年04月03日
最終更新日: 2020年04月16日
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明i治i時i代の超捏造話です
ワンドロ
テニヌ幸村夢ワンドロ
むん
海兵コラさんローコラ
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ゆべ