「獪岳、桜の花言葉って知ってる?」
「しらねえ」
「俺も知らないんだよね」
「なんだお前」
 小さなレジャーシートの上、隣に座った善逸は、満開の桜を見上げながらぽつりと呟いた。せまっこい百均のレジャーシートには、俺とコイツ、それから養祖父が座れば途端に定員オーバーになってしまう。花見をするからシート買ってこい、と命じられたカスが買ってきたのがコレだ。簡単なおつかいすら碌にこなすことの出来ないコイツには毎度、心底呆れている。
 悪びれもせずに「まあ座れるしいいでしょ」と言い放つと、庭の桜の木の下に小せえレジャーシートを敷いて一番乗りで座り込みやがった。養祖父、もとい先生は酒の肴を仕込むからと先程席を外した。お陰でこの小憎たらしい義弟と二人きりになってしまったのである。部屋に戻っても良いのだが、せっかく三人揃って花見をするという機会を先生が楽しみにしていたようだから、仕方なくここにいるまでだった。
 風で舞い散る桜の花弁を目で追いながら、口数の少ない善逸を少し妙だと思った。いつもは耳を塞ぎたくなるほど汚い高音でぎゃあぎゃあ騒いでいるのだ。それなのに、今日は。
「……なんかあったのか」
「…え?」
「お前が静かだと調子狂うだろ」
「なに、え、心配してくれてんの?」
「そんなんじゃねぇよ、カス」
 コイツの身を案じるなんて、柄にもないことはするものではない。実際相当おかしな顔をしたようで、善逸はうぃっひひ、と気持ちの悪い笑みを浮かべている。それから、はらはらと花びらを落とし続ける桜の木を、白い喉を晒しながら見上げて、また物憂げにため息をついた。
「言いたいことがあるんなら言えよ、鬱陶しい」
「……別に?誰かさんのせいで腰が痛いとか、そんなことはないですけど?」
 ちらりと目線だけこちらへ向けて嫌味を言った善逸に、頭の中で盛大に腹パンを食らわせた。そういうことかとこちらまでため息をついてから、男にしては細い腰へ手のひらを添えた。
「え、なに?こわ……」
「温めた方が良いんだろうが。そんなことも知らねえのか」
「なんで俺が怒られてんのお!?」
 春先でまだ少々冷え込む時間帯もあるというのに、コイツは肌着の上にパーカーだけ羽織って外に出るから、腰回りはすっかり冷えていた。ほの暖かかった手のひらの熱はじわじわと吸い取られ、そのうちに手の方が冷たくなってしまった。
 ぼんやりと空を見つめる善逸の指が、腰へ触れている俺の手にするりと絡みつく。所謂恋人繋ぎになったその手が昨夜の情事を思い出させてどうにも腹の底が落ち着かなくなった。
「…離せよ」
「手、こうしてた方があったかいでしょ」
「先生に見られたらどうすんだよ」
「あ、心配してるのそこなんだ」
 繋ぐのが嫌なわけじゃないんだね、はにかんでそう言われて、初めてその選択肢が頭へ浮かんだ自分にほとほと嫌気がさす。
「だいじょーぶ。爺ちゃんが来る音がしたらすぐ離すよ」
 コイツは、人並みはずれて耳がいい。心音で人の考えてることまで大体わかるらしい。遠くから近づいてくる足音を聞き取ることなど造作もないことだった。
 先生の用意してくれたみたらし団子を一串手にとって、善逸が小さな口で頬張る。横目に見ただけのその光景に別の何かを連想するのだから、俺も大概毒されてるとしか言いようがなかった。
 口の端についたタレまで器用に舐めとってから、脇に置いてあったペットボトルの緑茶を一口飲み込み、こちらへ向き直る。
「美味しいね」
「一年中食えるだろ、こんなん」
「桜は今しか見れません〜」
 そう言って、空いた片手でスマートフォンをポケットから取り出して、ぽちぽちと何かを打ち込み始めた。
 先生、なかなか戻ってこないなと思いつつ、スーパーで買ってきただけのみたらし団子を口へ運ぶ。可もなく不可もなく、普通に美味い。少し団子は固いかもしれないが、九十八円に贅沢など言えるわけもなかった。
「あ、見て。桜の花言葉、『純潔』だってさ」
 スマホの画面を、肩を寄せて見せてきた善逸の方へは、敢えて視線を向けない。
「……縁遠い言葉だな。俺もお前も」
「ほんとだねえ」
 しみじみと呟く善逸の声は、何かを後悔しているような、それでいて全てに満足しているような、そんな音がしていた。
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獪善ワンライチャレンジ
初公開日: 2020年04月02日
最終更新日: 2020年04月02日
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コメント
お題『花言葉』
テストも兼ねてるので不備あったらすみません。