目覚めの気分はいつも最悪だ。現状を把握して絶望の底に叩き落とされる。
 死んでしまいたい。男の慰み者なんかに成り下がって、死んだ方がマシだ。このまま一生逃れられないなら、生きている意味もない。ただ欲望の捌け口にされるだけだ。今すぐにでも死んで楽になった方がずっといい。
 どうせいつ死んでもいいと思っていた人生だ。そうでなければ自らの命を賭けてまで危険な賭博行為を繰り返してはいない。
(やっぱり死のうかな……)
 おそらく部屋の中に刃物の類はないだろう。自死するなら首を吊るのが手っ取り早い。それならシーツで事足りる。
 覚悟を決めてシーツを握りしめると指先がカタカタと震えだした。
 無理だ。できない。
 楽になることを望んでいたのにいざ死のうと思うと躊躇する。斜に構えて刹那的に生きていても、心の底ではみっともなく生にしがみついている。
 自ら死ぬ根性もない。死ななくても苦しみが待っている。この先どうすればいいのか途方に暮れる。
 燐は膝を抱えて嗚咽をもらした。涙はすべてシーツに吸われる。しばらくそうしていると酸欠になって頭がぼうっとしてきた。いつまでも泣いていたってどうしようもない。涙を拭っていると隣の部屋の扉が開く音を拾った。すぐにこの部屋の扉が開いてメフィストが現れた。
「おやおや、泣いていたのですか? どこか痛むのですか? 腕の傷は大丈夫ですか?」
 燐の様子を目にして急ぎ足で駆け寄る。腫れた目元に触れられそうになると顔を背けてぎゅっと目を瞑った。
「っ……!」
「だからそんなに怯えなくてもいいじゃないですか……。ちゃんと優しくしてるんですから」
 ベッドの端に腰を下ろして燐の顔を覗き込むように窺う。
「ほら、こっちを向いてくださいよ」
 両頬を包み込んで顔を上げさせると、まるで動物にするようにぐりぐりと撫でた。おとなしくしていた燐も何をするんだと鋭い目つきで睨む。
「食事は、食べませんよね……。別に睡眠薬が入っていても逃げなければ済む話なんですけどね」
「一応用意しておきますので死なない程度には食べてくださいね。食べないなら強制的に食べさせるか点滴ですので☆」
 半分脅しのような台詞を投げかけ、それでも燐が反応を示さないと
「ねえ、貴方の家族を探してあげましょうか? それなりのところに調査させれば見つけられないこともないと思うのですが」
 燐にとって唯一の希望――家族に再び会えるかもしれないと知って心がざわつく。期待に満ちた瞳でメフィストを見上げたが、すぐに表情は萎んで俯いた。
「いい……」
 短く答えて緩く首を振る。
「おや、どうして? 会いたくないのですか?」
「見つかったって俺を自由にはしてくれないんだろ。だったら、そんなの意味ない。それに、こんな俺を見られたって……」
 自分の所有権すら持っていないのに、どの面下げて家族に会いに行ける。これでは昔と変わらない。あの頃よりも待遇はいいかもしれないが、男の慰み者になっているのでは、やはり変わりがなかった。
「なーんかつまんないですねー」
「俺はお前を喜ばせるために生きてるんじゃない……」
 それもそうかと苦笑して、燐の頭をぽんぽんと撫でて退室した。
 逃げ出す気力もなく、大人しくシーツを被って眠る。
 食事は空腹を感じたときに最低限食べるだけだった。睡眠薬は入っているときもあったし、入っていないときもあった。料理に混ぜてしまえば普通ならば気づかないものだが、それでもわかってしまうのが燐だ。
 燐が大人しくしていると、メフィストは本当に何もしてこなかった。
食事を運んだり、着替えを補充したり、燐の身の回りのことは糸目の執事がやっていた。
こんなひょろい男、簡単に締め落として逃げられるというのに、
定期的に包帯を取り替える。
 メフィストは常にいるわけではないが、燐の顔を見る度につまらない、おもしろくないと不満を露わにしていた。
 いっそこのままあの男が飽きてくれたら自由になれるかもしれない。今はそんな僅かな希望しか縋るものがなかった。
 無為な日々が過ぎて、腕の包帯が取れる頃にメフィストが変化を持ちかけてきた。
 メフィストが持ち出したのはなんの変哲もないトランプだった。
「気分転換にちょっと一勝負どうですか? ああ、勝っても負けても何もありませんので。勝負というよりただのお遊びですね」
 それに何の意味があるのだと怪訝な表情をする燐に向かってメフィストは不敵に笑った。
「せっかくだから貴方の勝負運というものをもっと見たいじゃないですか」
 新品のトランプを開封して軽く切ると燐に差し出した。
「どうぞ、好きなだけシャッフルしてください。私がイカサマできないようそのまま貴方が配ってもいいですよ」
 手錠をつけたままで少しやりにくさを感じながらもカードを切る。途中で改める意味でもカードの両面にざっと目を通した。
 燐にはこれで十分だった。賭場で
「何のゲームにするんだ?」
「ここは定番のブラックジャックでどうですか?」
「わかった」
 ならばディーラーはメフィストだとカードを返す。燐はいつだって挑戦者だ。
***
 いざ勝負をして、その結果に両者驚きを隠せなかった。
「どうしたんです? 実は別人なんじゃないですか? 途中で誰かと入れ替わったとか」
「し、知らない……俺もこんなの初めて……」
 いつもなら透視しているかの如く見えるカードの裏面が見えなかった。おかげでバーストを連発し、通常の賭事ならとっくに有り金を全部をスられていただろう。
 最初はメフィストも燐が手を抜いているだけなのかと思ったが、燐の表情を見ればそうでないことは明らかだった。
「ふむ、集中力の問題でしょうか。それとも何か条件があるのか……。できるだけ普段と近い形で試してみたいですね」
 一番関わりがありそうな部分から
「何か欲しいものとかありますか? 私に勝ったら買ってあげますよ☆」
「ない」
 燐は浮かない表情で素っ気なく答えた。
「物じゃなくても、して欲しいことでもいいのですが」
 触るな、近寄るなとか、して欲しくないことはいくらでもあるが、して欲しいこととなるとまるで心当たりがなかった。
カチャリと金属の擦れ合う音が
「あ、これ外すってのはアリか?」
「手錠ですか……。まあそれもいいでしょう。ベットするチップが必要ですね。チップが全てなくなった方が負けですよ」
 そう言ってじゃらりと硬貨を取り出す。硬貨をチップに見立ててゲームが始まった。
 そしてメフィストの
 全戦全勝とまではいかないが
明らかに見えている動きだ。
この豹変ぶりは何だと訝る。
「約束ですからね」
 懐から取り出した鍵で手枷を外した。
ようやく解放されて手首を振ったり摩ったり
「まだやるのか?」
「そうですね。もう少し付き合ってもらいましょうか」
「じゃあ次は部屋の出入り!」
「ふうむ、それだとこちらも何か条件を付したいところですが……」
「何だっていいぜ! どうせ俺が勝つからな! 早く始めようぜ!」
「おや、条件を確認しなくてもよろしいのですか?」
 すっかり調子を取り戻した燐は自信満々に言い切って勝負を急かした。
「ゲームの種類を変えましょう」
「ポーカーか……引きに左右されるからあんまり好きじゃないんだけど」
 だが何であろうと結局は自分が勝つのだという自信に満ちていた。
 堅実な勝負をしているだけではギャンブルと言わない。
「チップのレートを上げてもよろしいですか?」
「やだよ。どうせ上げなくても俺が勝てばあと一回で終わる。それにそっちはもう賭けるチップがないだろ?」
 負けるつもりはないが負ける可能性を考えるとリスクは少ない方がいい。
「部屋の出入りだけでなく、貴方を解放すると言っても?」
 燐は息を呑む。
瞳に宿る光が獰猛なものになる。
「そんなっ、だってそのカードは!」
「またイカサマしただろ!」
「おやあ? そんな証拠はどこにあるんですか?」
「一緒に寝てください」
 燐の肩がビクリと震えて怯えの色が強くなる。
「ああすみません。言葉足らずで。いやらしいことは何もしないので添い寝してください」
「私もそこまで拒否されるとショックなので少し慣れてもらおうかと思いまして」
「夜まで時間もだいぶありますし、楽しみに待っていてくださいね☆」
 夜になった。いつやって来るのだろうと
カチャリと鍵を開く音が響いた。
「ん? 何かつっかえているのか……?」
「あっ! 燐! 扉の前に何か置いていますね!?」
「ベリアル、斧を持ってこい」
「燐、聞いていますか? 立て篭もっても無駄ですよ。さあ、ベリアルが戻ってくるまでにここを開けなさい」
「これ誰が戻すと思っているんですか……。よくひとりでやれましたね」
扉の前に移動されたクローゼットやソファを見て肩を落とす。
 
「取って食ったりしないですって……」
ベッドルームは奥の部屋だ。
「電気、消すな……」
 真っ暗は恐い。嫌なことを思い出す。
「人肌が恐いんですか?」
「ぜんぶ、きらい……」
「脈が速いですね」
「大丈夫です」
「結局一睡もしませんでしたね」
少し疲労を滲ませた顔で
「お前だってそうだろ」
「ああ、私ショートスリーパーなのでこれくらい平気ですよ。人より睡眠時間が少なくても日常生活に支障がないんです」
「今日は夕食一緒に食べましょうか」
「あ、今夜も一緒に寝ますからね☆」
「俺を寝不足にする気か?」
口をつける前に
「これ、酒じゃねーか」
「よく眠れるかと思いまして☆」
「貴方の目の前にいるのは誰ですか?」
「」
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カジノパロ3

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published byつん
執筆開始 : 2019年11月12日 21:23
最終更新 : 2019年11月12日 21:35

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