「鬼太郎、そこ、急ぎすぎるな。楽譜にも駆け足なんて一切書いてないぞ」
 カンカンと鉛筆を譜面台に打ち付けて、水木が曲の最中にアドバイスを送る。
声質は温かいものだが、トーンは厳しい。俗に言う教師モードだ。
 バイオリンの世界的奏者である父、ゲゲ郎と声楽家の母を持つ鬼太郎の家には防音室が備え付けられている。
 その一室で父と同じくバイオリンを弾いている鬼太郎は、父の親友であるチェロ奏者の水木に特訓を受けていた。
バイオリンを降ろしふぅっと息を吐き、側に置いていたミネラルウォーターのペットボトルを一口飲む。
「うぅ……ここ超絶技巧すぎて、つい指が走るんですよね」
「こなすことに精一杯で、楽譜を追うことに一生懸命なのもわかるが……、譜面に遊ばれてんぞ、鬼太郎」
「はい」
「あとな、お前弾き終わりが雑だ」
「終わり、ですか?」
 水木の言っていることはわかっても、その意図する内容がわからず思わず疑問系で返す鬼太郎。
「そう、お前のはこう」
 水木は自身の肩に立てかけるようにして置いていた相棒を起こすと、弓を持ち弦に滑らせて音を鳴らす。バイオリンよりも低い音を響かせ、チェロが鳴った。
しかしその音はどこか雑みを含み、違和感を感じる。
「これじゃあ駄目だ。トゲトゲして聴けたものじゃない。違うんだよ、こうする」
 水木が楽器を構えると、その姿から先ほどと違った。楽器に触る全ての部位が柔らかくも芯があり、指先までその神経が注がれている。
 チェロから柔らかい音が鳴ると弦と弓が別れを惜しむかのように離れていく。
耳に響き終ったその一瞬の……
「余韻、ですか」
 鬼太郎が応えると水木はニヤリと笑い「呼び方はなんでもいい。俺は0の響きって言ってるけどな。まぁ何か掴んだのなら弾く弾く!」足を2回タンタンと踏みしめた。楽器を持っているので手を叩く代わりに足を鳴らすのは、クセになっている。
 鬼太郎は返事の代わりに楽器を構え、超絶技巧のフレーズから終盤にかけて再び弾き出した。
「そうそうそう、いいぞ。テンポ守って!そう、最後、気ィ抜くなよ!」
 水木の叱咤激励が防音室に飛び交う。鬼太郎もそれに応えるようにボルテージを上げつつ、冷静に弾きこなしていく。
そして、最後の音。
0の響き。
滴る汗、呼吸、楽器を降ろす音。
防音のはずのその部屋が、いつの間にかコンサート会場になったかのような、そんな1拍の無音。
自分が掴んだ感覚を、鬼太郎が見事に体現した瞬間だった。
 水木は再び足を2回鳴らすと「よし!今日の練習はおしまい!」と上機嫌に告げる。これは、水木にも鬼太郎が何か掴んだということを感じた為だ。
 二人とも練習時の緊張からか、大きくため息をついて水を一口含んだ。
「はぁ〜今日の水木さん、厳しかったです」
「まぁ、出来のいい可愛い子には厳しくしてしまうものさ。でも最後の演奏はとても良かったぞ」
「また可愛いって言う」
「すまん、すまん、もう鬼太郎も中学生になろうって時になぁ。ついつい」
 先ほどの練習中のピリついた雰囲気は何処へやら、和やかに話をしながら楽器を片付けていく。
「あ、そういえば」
 鬼太郎が楽器をケースに一旦置いて、水木の元に駆け寄る。水木も何だと応えるように鬼太郎の方に顔を向けた瞬間、優しく唇にキスを落とされた。
 耳に残る可愛らしいチュッというリップ音。その音の余韻を噛み締めるように、鬼太郎はゆっくりと唇を離した。
「こういうも、0の響きってあるんですね」
 フッと笑うと、自分の楽器を片付けに戻る鬼太郎。口付けをされた水木はポカンとした後、意識が自分の身体に戻ると顔を真っ赤にして口をパクパクとさせている。
「お、おま……口は大事な人に取っておけって……!!」
「僕の大事な人、水木さんですから。それに今度のコンクール、何だかわかってます?」
「こ、国際コンクール……」
「僕が小さい頃に水木さん約束しましたよね。国際コンクールでタイトル獲ったら、付き合ってくれるって。次は獲るんで、覚悟しててください」
 バタンとバイオリンのケースを締め、防音室から颯爽と出ていく鬼太郎を見送った水木は呆気に取られた。
「確かに言ったな、それ……」
 先ほどまで鬼太郎と触れていた唇をそっと指で撫ぜる。
 鬼太郎にとってこれが初めての国際コンクールだが、注目株として話題に上がっている。
「俺も覚悟、しなきゃ……だな」
 水木は気がつくと、いつまでも先ほどの余韻を反芻していた。
 
 国際コンクールまで、あと1ヶ月。二人の行く末はいかに。
おわり!ありがとうございました!
カット
Latest / 78:44
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
20241104 鬼水シネコン小話
初公開日: 2024年11月04日
最終更新日: 2024年11月04日
ブックマーク
スキ!
コメント
シネコンの時に配布するかもしれない鬼水のシネコン小話
さっきトイレでぼんやり思いついたので、まじでプロットも何もありません……
一から勢いで創り出すオタクの狂気を見たい方はどうぞ