ぞわり、と背筋に冷たいものが走った。こういうときに限って予感は当たるもので、私の行く手を遮って影のように立っていた黒いゴスロリ衣装の少女たちがナイフを取り出すのと、私が背を向けて走り始めるのはほぼ同時だった。
どういうことだと悪態をついている余裕もない。久しぶりの全力疾走に早くも脇腹が痛くなってくるが、休んでいる余裕などない。
背筋に感じるナイフの切っ先に追い立てられながら曲がり角を曲がって路地裏に逃げ込む。嫌な予感通り、曲がった先にもすでに黒い少女たちが待ち構えていた。その目には虚ろで殺気すら感じられない。
「ウソだろ……ッ!?」
薄暗い路地裏に光るのは、スタンガンの火花だ。あれを食らった後に再び目を覚ませる保証などない。しかし、そのときにはすでに私は細い路地裏で前後を黒い少女たちに挟まれている形になっていた。逃げ場がない。
黒い少女たちは脅し文句も何もなく、叫び声すら上げずに襲いかかってきた。突き出されてきたナイフの切っ先をかろうじてかわすと同時に、少女の細い腕を掴んで引き倒す。武器を持っているとは言え少女たちは超人的な身体能力を持っているわけでもなさそうだ。だが、身体的にはただの一般人なのはこっちも同じだ。おまけにこうした荒事には慣れてもいない。
今度はスタンガンが火花を散らして襲ってきた。体が本能的にすくみそうになるのをなんとかこらえ、そばに積まれていたビールケースを蹴り倒して少女たちの追手を妨害する。数人が転がり落ちたビール瓶に足を取られた隙に、私は路地裏の出口を目指して全力疾走した。
しかし、その行く手にはまだ黒い少女がひとり残っている。一対一での身体能力ではこちらが勝っているとはいえ、相手はスタンガンを持っているし、何より女性に手を上げるのにはやはり躊躇がある。しかし、相手はそんなことにはお構い無しでスタンガンを振り下ろしてきた。
かろうじて両手でスタンガンを持った手を受け止めるが、受け止めた腕は少女のそれとは思えない力で私の顔面にスタンガンを押し当てようと迫ってくる。前言撤回。この力は明らかに異常だ。
湿った地面に足を滑らせ、私は背中から叩きつけられた。スタンガンの火花はもう目の前だ。
「ああクソッ!」
もう躊躇している余裕はない。私はかろうじて自由になる足で、のしかかってくる少女の脇腹に膝蹴りを入れた。さすがに体重差はどうにもならないのか、少女は私の上から転げ落ちた。しかし、そのときにはすでに起き上がった少女たちが追いすがってきていた。
倒れた少女の手からスタンガンをもぎ取る。同時に突き出されてきたナイフの切っ先が頬をかすめた。反射的に身を離しそうになるのをこらえて、少女の肩口にスタンガンを押し当てた。スイッチを押し込むと火花が散り、少女は痙攣して動かなくなった。
気絶してもたれかかってくる少女を盾にしようかとも考えたが、明らかに正気ではないこの少女たちは構わずに攻撃してくるだろう。間接的とは言え殺しに関わるのはごめんだ。
少女を無理やり持ち上げて追手に向けて投げ飛ばす。あとは路地の出口に向かって脇目もふらずに逃げるだけだ。
ぜえぜえ言いながら、私はようやく路地から出た。しかしまだ一休みしている暇はない。おまけにどこに逃げればいいのかもわからない。
考えもまとまらないまま、私はかろうじて人混みに体を押し込み、雑踏に紛れることができた。さすがにこの人混みの中で物騒なものを振り回すのはためらわれるのか、あるいは私を見失ってくれたのか、黒い少女たちが追いかけてくる気配はない。しかし、周囲にはあの黒い少女たちが潜んでいる気がしてならない。
とにかく、どこか休めるところに行きたい。もう体力は限界だ。今度また追いかけっこをする羽目になれば間違いなく捕まってしまうだろう。
私は足を引きずるようにしながらも雑踏から離れないように歩き、手近な喫茶店に入った。幸い、外から姿が見えにくい奥の席が空いている。レジカウンターの前で崩れ落ちそうになるのをこらえて席に付き、アイスコーヒーを注文した。