ルビはいつものように勝手に事務所に入って、いつものようにソファの上に三角座りでテレビのリモコンをいじっている。
漫然とザッピングされる画面と音声の中には、もうあのアイドルグループの名前も声もない。本当に、あの事件が夢か幻だったように感じられる。
「なあルビ、あのグループ、もう流行ってないのか」
「ああ……」
こっちを見もせずに、ルビは退屈そうに答える。
「発売されてたCDとかはプレミア価格がついて、ネットオークションで高騰してるみたいだけど、まあ一時的でしょ。それにもう、私の知ってる範囲じゃ新しいアイドルが流行り始めてる。『prophet』もすぐに忘れられちゃうんだろうね」
そう言うルビの横顔は、どこか不満げにも見える。こいつはこいつなりに、今回の事件に思うところがあるんだろうか。
――結局、アイドルは偶像(アイドル)でしかない。同じ衣装に身を包み、同じ歌声と踊りを披露していさえすれば人々は同じように熱狂する。そこにあるのが、自分たちの願望によって作り上げられた、歪んだ妄想であっても。
そう、「prophet」の失踪したと思われていた彼女というポジションは、無数の彼女のファンの妄想によって補完されていたと言っていい。彼女本人であることは重要ではなく、誰にも求められてはいなかった。
その人そのものではなく、その役割(ロール)だけが求められる――それはある側面では、人間性の否定とも言えるのかもしれない。
私もルビの隣に腰を下ろした。そのまま私たちは何も言わず、何を話すでもなくテレビ画面をぼんやりと眺めていた。
テレビから聞こえる音声だけが、しばらくのあいだ事務所を満たしていた。そのあいだ、事務所のドアを叩くものは誰もいない。
その沈黙の中に、ふと聞き覚えのあるメロディが途切れ途切れに混じる。ルビの鼻歌だ。相変わらずの退屈そうな顔でテレビ画面に目を向けたまま歌っているのは……一度だけ聞いた、「prophet」の歌だった。
もう、ネットの中にもテレビの中にも流れていない、早々に過去のものとなってしまった、あの曲。あの歌声すらも、妄想によって形作られたに過ぎないものだったのだろうか。
ルビの鼻歌を聞くでもなく聞きながら、私はタバコに火をつけた。立ち上る紫煙に、一瞬だけあの少女の面影を見る。
結局、どこにも存在しなったあの少女。少女の幻影。
誰かもわからない少女の偶像に、私は弔いの煙を吹き上げた。
<了>