見たい映画がまた山ほど案内されてきたのでどうにかしてスケジュールを空けねば。
 というわけで、体調の方はまあなんとか良くなってきたような気がしないこともないので行ってきました塚口サンサン劇場。
 今回見てきたのは、個人的に以前から注目していた「ピンク・クラウド」。
 写真はうっかり撮り忘れてきた模様。
 平和な街を突如覆ったピンク色の雲。正体不明のその雲に触れたものは、10秒で絶命してしまう。
 政府からの陽性でロックダウン状態になった街の中には、行きずりの関係を持ちそのままアパートの部屋の中に閉じ込められたジョヴァナとヤーゴのふたりの姿があった。
 ロックダウン状態は解決されないまま年月は過ぎ、ついに二人は男の子を設けるまでになるのだが……。
 上記のあらすじの通り、本作は現在のコロナ禍をモデルにした――ではなく、コロナ禍が始まる以前の2017年に脚本が執筆されたというもの。
 基本的に映画の中の出来事はフィクションですが、この作品を見てフィクションだとはとても思えない世界を我々は現実に生きているということがよほどフィクションのようです。
 しかし本作は、パンフレットにもあるように「コロナ禍を予言した」という評価軸のみで評価されるのはあまりにも惜しいというか不当だと思います。
 まず本作、こういうシチュエーションだと限られた食料や物資で生き残るためのサバイバルものになるもの。しかし本作では、ドローンによる食料輸送システムが確立されるので食料の心配はなくなります。住むところもあるし衣服もある。なので衣食住の心配はなく、閉じ込められている状況ではあるもの酸素が尽きるというようなこともありません。
 しかしというかだからこそというか、別の形でのサバイバルを強いられるというのがこのシチュエーションの面白いところ。すなわち、「この状況に適応しなくてはならない」というサバイバルです。
 前述のとおり、本作では衣食住は保証されており怪物の襲撃もない。ついでに言うならなぜか電気や電波も使える。だからこそこの状況での生活を強いられるというプレッシャーがあります。しかも本作ではピンクの雲の出現は突然だったため、そのとき別のところにいた家族はそのまま離れ離れのまま。行きずりで出逢っただけの男女であるジョヴァナとヤーゴもそのまま共同生活を強いられます。
 このジョヴァナとヤーゴのロックダウン生活における態度、そのまま現実のコロナ禍における人々の様子の擬人化と言えるでしょう。
 かたやネットニュースに過剰に入れ込むジョヴァナ、かたや薄っぺらい楽観的な言葉で現実逃避しているようなヤーゴ。どちらもネットで散々見た姿でしょう。
 そしてこの作品で上手いというか意地悪なのが、他者とのつながりが完全にシャットダウンされているわけではないこと。前述の通り電波はつながるのでSNSやビデオチャット、ネットニュースなどは生きています。なので離れ離れになった家族とも連絡を取ることはできるんですが、連絡を取れるにも関わらず、あるいは連絡を取れるからこそお互いのすれ違いが徐々に拡大していくのにどうしようもできないという姿は、現実で、ことにフィクションでは頻繁に絶対的安全圏として扱われる「家族」というコミュニティの脆さを描いていると感じました。
 家族といえば、この閉じた状況下にあって「出産」という形で他者が生まれてくるという展開にも曰く言い難い感覚を覚えました。集団の最小単位である「ふたり」という状況のジョヴァナとヤーゴのあいだに、外部からではなく内部から生まれた他者である息子・レノの存在は、本作ではロックダウン中に生まれた「ピンクの雲のある世界」を当然のものとして受け入れている明らかな新世代、さらに言うならロックダウン前の世界を生きていたジョヴァナとヤーゴにとっては明らかな「異物」として描かれています。
 赤ん坊のときは安心してレノに対してヤーゴの悪口を言うジョヴァナ。また、ロックダウン前の生活を忘れられないジョヴァナはレノもまた自分と同じようにロックダウン前の生活を求めていると、自分の願望を投影します。しかし、レノは成長するにしたがってジョヴァナの制御下を離れ、彼女の思いどおりにはならなくなっていきます。
 このことで、ヤーゴとの二人暮らしの段階ですでに破綻していた二人の関係、そして共同生活におけるプレッシャーは決定的なものとなります。そして最終的にジョヴァナは部屋の窓を開き……。
 劇中、お互いのすれ違いを見つめ直したふたりは、いったんは家庭内別居という形で1階と2階に分かれて生活を始めます。これは一見破綻しているように見えて、実は険悪になったふたりが「住み分け」という形で安定した姿だったと思うんですよね。それが内部から出現した第三者であるレノの誕生によって、ふたりは再び結び付けられる。これは一見関係が修復したように見えて、実は決定的な破綻への序章だったというのがなんとも皮肉。「子はかすがい」となどと言いますが、本作ではこのレノの誕生によって集団の最小単位である「ふたり」のバランスが崩れ、さらに「ロックダウン前の生活を知らない、ロックダウン中の生活に適応した新世代」が誕生したことによって旧世代であるふたりが駆逐されたとすら見ることができるでしょう。
 本作では、フィクションの世界では絶対的な力として描かれがちな「家族の絆」があまりにももろく崩壊し、さらには子の誕生によってその崩壊が加速する描写すらあります。個人的にこの「家族の絆」万能描写が大嫌いな自分としては、本作のあまりもあっさりと家族の絆が崩壊・断絶していく姿には癒やしすら感じられました。
 そして本作ラストの「窓を開く」という描写にはさまざまな意味を感じます。本作序盤でロックダウン生活に耐えられなくなり投身自殺したアパートの住人と同じように自暴自棄になって? あるいは夫と子供も巻き込んで無理心中? あるいは、危険を承知で外部に向かって窓を開かなければ閉塞した状況は変えられないという示唆にも思えます。
 しかし、窓を開けたジョヴァナが10を数え終わる前に画面は暗転し物語は終わりを告げます。ジョヴァナが、そしてピンクの雲がどうなったかは闇の、あるいは雲の中。
 個人的にはこの作品は、ピンクの雲云々ロックダウン生活云々はあくまで舞台装置に過ぎず、その本質は「コミュニティの脆さ」だと感じました。
 最小単位ではジョヴァナとヤーゴのふたり、大きな単位では政府。ジョヴァナとヤーゴのふたりは前述の通り、政府は結局この事態を収めることはできずロックダウン生活は続いたまま。衣食住の心配はなく電波も使えるものの、そうした文明の恩恵を持ってしても、わかりやすいきっかけすらなく人間関係や家族の絆はもろくも崩れ去ってしまう。そうした状況下でできるのは、唯一「窓を開く」ことだけ。
 現実のコロナ禍も収束する兆しが見えるようなまた再発するような先の見えない状況ですが、そうした中で我々もまた、「窓を開く」時が来るのかもしれません。
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塚口サンサン劇場「ピンク・クラウド」見てきました!
初公開日: 2023年03月29日
最終更新日: 2023年03月30日
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