でもそれは一瞬で、ドレミーの表情はすぐにいつもの胡散臭い笑みに戻っていた。
「実はもう、今回の問題については赤蛮奇さんに依頼済みでして」
「は? いや、私はなにも聞いてな……」
 そこまで言って、私ははたと思い至った。
「あ、まさかあんた……!」
 案の定、ドレミーはにやりと笑って答える。
「お察しの通り。今回の問題は夢の中の方の赤蛮奇さんの方にお願いしてます」
「やっぱり……っていうかあんた、夢の私にまでおかしな事件に巻き込まないでよ!」
「いやぁ、何事にも適材適所というものがありますから。それに、現実側の人物をそうそう簡単に夢の中に入れるわけにもいきません」
 まあ、それはそうだろう。
 以前の事件のあと、当然というかなんというか私は一度もあの夢の世界には行っていない。夢の世界の私が現実世界に出てきたこともあったけど、あれもドレミーの承認を得た上で、1日限定の約束だった。
 難しいことはわからないけど、やっぱり現実世界の存在は現実世界に、夢の世界の存在は夢の世界にいるのが当たり前だろう。夢の世界に入り込んだり、夢の世界から出てきたりするっていうのはやっぱりイレギュラーなことなんだろう。
「というわけで、こちら側の赤蛮奇さんにもいちおうお知らせしておきます。もちろん、こちら側の赤蛮奇さんにはご迷惑はおかけしませんので、いつもどおり楽しい妖怪ライフをお過ごしください」
 ……とはいえ、夢の世界の私が頼まれたという以上、現実世界の私ができることは、せいぜい心の中で応援するくらいだ。私自身があっんまり深刻に考えすぎると、夢の中の私にも悪影響が出たりするのかも。
 しかしまあ、夢の中の自分に対してとは言え、自分で自分を心配するなんておかしな話……でもないのかも。
 夢の中の私は私とはけっこう性格が違っていたし、私自身、夢の中の私のことを「すごく自分に似ている別人」「双子のきょうだい」くらいに思ってる。だから、こっちからは直接手助けはできないとはいえ、文字通り他人事じゃない。
 だから、影狼やわかさぎ姫と分かれたそのあと、自分の家に帰った私は、布団の中でそっとつぶやいた。
「がんばってね、私……」
「……だそうですよ赤蛮奇さん」
「……」
 このやろう夢の支配者だからって好き勝手しやがって……!
 ドレミーは現実世界の私のそんな姿をわざわざこれみよがしに大きな鏡に映し出してニマニマしている。
 対する私は、マントの襟の中に顔の半分を埋めてなんとか真っ赤になった顔を隠そうとするけど、これなら頭を切り離してその辺に放り投げたほうがマシだ!
 ……まあ、現実世界の私が、私のことを心配してくれてるのは素直に嬉しかったけど。
 そういう自分の心情を意外に思いつつも、私は周囲を見回した。
 勝手知ったる自分の家ならぬ、自分の夢の中。
 前回の事件で、その夢の中を突き進んできたのは現実世界の私だけど、こっちの私にとってもこの世界はもう馴染み深い場所になっていた。
 あの事件が終わった後、私は1日限りという約束で現実世界に行き、さまざまな出会いを経験した。たった1日のことだけど、現実世界を知るという経験はとても面白かった。なにより、現実の私と夢の世界の私が一緒にいるということは、とても奇妙で楽しい経験だった。
 そして、現実世界から夢の中に帰ってきた私は、夢の中の住人たちとも少しずつ関係を持つようになってきた。それと同時に、ただ羨望と嫉妬で現実世界の私を見ているだけだったこの世界のことも、私は少しずつ好きになってきていた。
 そして、ドレミーの話によれば、この夢の世界にはまだなにか問題が残っているらしい。こいつの胡散臭くていちいち余計なことをする性格は苦手だけど、そういうことならと私は強力を承諾した。この世界を救う……なんていったら大げさだけど。
「……で、残った問題ってなんなの? っていうか、それって私がやらなきゃいけないこと?」
 そう言えば、現実側の私の話によれば、前の事件のときは事情もよくわからない状態の現実の私をうまいこと言いくるめて来たらしいんだよなこの妖怪。
 そんな私の疑惑の視線をどこ吹く風で受け流しつつ、ドレミーはしれっとした顔で答える。
「もちろん。なにせあなたはこの夢の世界における赤蛮奇さんなんですから。まさに適任ですよ、夢蛮奇さん」
「その呼び方やめてって言ってるでしょ! ……で、私に何をしろって? 私はもう暴れてもいなしいし、【記憶の欠片】も全部集まったでしょ?」
「まあ、実際に見てもらったほうが早いでしょう。というわけで着いてきてくださいな」
 なにが「というわけ」なのかよくわからないけど、私はドレミーのあとに着いていくことにした。
 ドレミーが私を連れてきたのは、あの事件のときに最初に現実の私が足を踏み入れたという【空間】だった。ドレミーが話していた通り、その【空間】はあのときのまま、現実の世界と変わらない、爽やかな風が吹く平原が広がっている。
「別になにもないじゃない。そもそも、この夢の世界をそのままにしておくって言ったのはあんたでしょ?」
「それがですね、この夢の世界でこんなものが見つかりまして」
 ドレミーが手招きする方に着いていく。ドレミーはかつてこの平原で最初の【記憶の欠片】を見つけた場所よりもさらに奥に進んでいった。
「これです」
「なにこれ……?」
 ドレミーが指し示すのは、パズルのピースだった。
 そう、たくさんのピースを集めて絵を完成させる、あのパズル。
 そのピースが、前の事件の【記憶の欠片】と同じように、空中にぷかぷか浮いている。
「見ての通り、パズルのピースです」
「いやそれは見ればわかるんだけど……そもそもこれ、なんなの?」
「それがよくわからないんですよねえ……」
「えぇ……」
「そもそも前回の事件みたいに、現実世界側の人妖の記憶が断片化して夢の世界に物質化することが異常事態なんですが、その事件が解決したはずなのにこんなものが現れるというのは、正直言って予想外もいいところです。もしかしたら……」
「まだ事件は、終わってなかったってこと?」
 私の言葉を、ドレミーは目顔で肯定した。
「あるいは、また別の事件が始まった……のかも」
「別の事件ねえ……」
 私は、改めて自分の夢の世界を見回す。
 人間でも妖怪でも、自分のことを全部、なにもかも把握している者というのはなかなかいないだろう。いや、妖怪の方はわからないけど……。
 それはこの夢の世界の自分も同じことだ。私は現実世界の赤蛮奇の夢の中に住んでいるだけで、別のそこを支配しているわけでも作り上げたわけでもない。
 でもまあ、考えていても仕方ない。それに、ここは勝手知ったる自分の庭……じゃなくて自分の夢。今やアスレチック施設として利用されている【空間】も、少なくとも一度行ったことがある場所だから、勝手もまあまあ解ってる。
「まあいいわ、乗りかかった船だし……このパズルのピースを集めればいいのね?」
「ええ、よろしくお願いします」
 私はドレミーに背を向けると、自分の夢の中のその奥へと足を踏み入れていった。
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紅楼夢原稿を書いていきます……
初公開日: 2022年09月30日
最終更新日: 2022年10月01日
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紅楼夢原稿を書いていきます。