その夜、江宗主は非常に機嫌が悪かった。
 紫の雷が夜闇を切り裂いていく。その後には凶屍がばたばたと倒れ伏している。
「ふん、他愛ない」
 雲夢の端、小さな世家から助けを求められたのは昨夜のことだった。急に凶屍があふれかえり、仙師全員で対応に当たっているが手が回りきらない。どうにか江家に応援を派遣してもらえないか、という話であった。
 江澄はその翌日、つまり今朝から姑蘇へ発つ予定であった。藍家宗主からの招きによって、五日ほどを雲深不知処で過ごすことになっていた。
 しかし、これでは蓮花塢を留守にできない。
 世家への応援を師弟たちに任せることもできたが、江澄は蓮花塢に残ってひとり苛立ちを抱えることになる。そんなことは御免である。
 世家の宗主は江宗主自らが出向いたことにひどく驚き、次いで感謝の意を述べた。いたく感激しているふうでもあった。
「あとどのくらいいる」
「それが分かりませんで。原因も不明のままなのです」
「ならば、調査からはじめなければな」
 江澄は最初に凶屍が現れたという地点へと向かう。山を進めば進むほど闇が深くなる。今晩、月はまだ出ていない。
 ふいに嫌な気配を感じて紫電を振った。バチリ、と音を立てて、凶屍が一体倒れた。
 それを認める前に、江澄は背後に紫電を放つ。バチバチッ! 派手な音がして今度は二体が吹っ飛んでいった。
「多いな」
 それからも凶屍の出現は続いた。
 彷屍かと思うほどあっけなく倒れていくが、江澄を狙っていることに間違いはなく、凶屍であると断言できた。
 しばらく行くと、視界が晴れた。明らかに人の手で木立が切り開かれた広場であった。
 その中央には凶屍が多数たむろし、何体かは四方に歩き出していく。
 江澄は目を凝らした。広場の中央、凶屍どもの中心に何かがある。
 四角い、木箱のようなもの。
 今まさにその箱から一体の凶屍が生まれ出でるところであった。
 江澄は三毒を抜き放つと、その上に飛び乗った。凶屍どもの頭の上を飛び越えて箱の上に降り立つ。
 箱にはなにやら陣が描かれている。これが、凶屍を大量に発生させている原因だ。
 江澄は一回転しながら紫電で周囲の凶屍を薙ぎ払った。
 そして、再び凶屍を生み出そうと光を放ちはじめた箱から飛び降り、紫電を思い切り振り下ろす。
 バキッ! 箱は乾いた音を立てて簡単に壊れた。
 これで新たな凶屍は生まれない。
「あとはこいつらだけか」
 周囲には凶屍どもがうごめいている。
 こんなときにあの人がいてくれたら楽なのに。
 江澄は藍家宗主の顔を思い浮かべた。裂氷の楽で足止めしてもらえれば、あとは紫電で撃つだけになる。しかし、いない人を今乞うてもどうにもならない。
 ため息をつきながら紫電を振った。
 手応えのない相手をただ倒し続けるという苦行は、結局深夜にまで及んだのであった。
 さて、朝である。とはいえ江澄に休む間はなかった。
 凶屍どもを倒し、原因を破壊したとはいえ、元凶はまた別にいる。
 江澄は壊した箱の破片をすべてかき集めて、それを背負った。三毒を御し、向かう先は姑蘇、雲深不知処である。あそこには陣術の専門家がいる。
 昨晩から数えたら、もう何度と知れなくなったため息をつく。
 藍宗主からの招き、という体裁を整えて、恋人と五日間の休暇を過ごす予定だった。凶屍を倒すために一日つぶれたとして、あと四日は残っているはずだった。それがふたを開けてみたら、凶屍を生み出す陣などという、とんでもなく厄介なものがお目見えしたではないか。
 いくら四大世家の一角とはいえ、江家だけが背負える問題ではない。ほかの三家も巻き込んで、早々にこの邪道の使い手を見つけ出さなければならない。
 今回は江澄が出張ったおかげで事無きを得たかもしれないが、これが続けば世家は間違いなく疲弊する。
 つまりだ。
 江家宗主である自分も、藍家宗主である恋人も、これが解決するまでは時間が取れなくなるということだ。
「八つ裂きにしてやる」
 江澄の恨み言は風を切る音に紛れて消えた。
 東の空にたなびく細い白雲は、彼の人の抹額を思わせた。
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曦澄_ワンライ_夜狩
初公開日: 2021年05月29日
最終更新日: 2021年05月29日
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