「申し訳……ありません……」
観音坂独歩は頭を下げる。角度は折り目正しき九十度。
額に汗を浮かべ、口はきゅっと結び、目は伏し目がちに、両手は体に沿って。
誠意と年季の籠ったその頭の下げ方に、神宮寺寂雷は困ったように頬に指を添えた。
「頭を上げてください、独歩君。まだ時間はありますから」
とは言うものの──寂雷は机に広げられた白いノートをちらりと見て、ふむ、と小さく呟く。
「しかし……リリックが浮かばない、ですか」
「っ、先生! もし良ければ、今回、俺は外れても……」
怯えた目で言う独歩に、しかし寂雷は首を小さく振る。
「そういうわけにもいきません。新曲の作成は中王区直々の指示です。
 ですが、何より……我々は、チームですから。
 一蓮托生。独歩君を抜きにして曲を出すわけにはいきません。」
寂雷のはっきりとした言葉に、独歩は嬉しさと恥ずかしさと申し訳なさを噛み締めて頬を赤くする。
一二三はそんな独歩の背中を思い切り叩き、安心感を与えるように快活に笑って見せた。
「そうだぜ、独歩ちん。いつも通りメシ食ってしっかり寝りゃ、歌詞なんて勝手に浮かんでくるって!」
「お前なあ、そんなお気楽なもんじゃあ……」
いつも通り、一二三の軽口を諫めようとして独歩は口をつぐむ。
机の上のノートはもう一冊あった。
一二三の新曲「パーティーを止めないで」は、既に完成に近い状態まで出来上がっている。
「……ない、けど」
「ふむ……とはいえ、一二三くんの言う事にも一理ありますよ。
 あれこれ思い悩むより、一度しっかり栄養と休息を取ってこそ、よい考えも浮かぶかもしれません。
 焦ることはありません。独歩君らしいリリックを、期待していますよ」
「はい……本当に、すみません……」
そう言ってもう一度頭を下げる独歩に、寂雷はふうと小さく息を吐くのだった。
シンジュクの街を一人歩く。
麻天狼のミーティングを終えた後、独歩は「一人で考えたい」と言って一二三を先に帰し、行く場所もなくぶらぶらと街を歩いていた。
眠らない街、シンジュク。
きらびやかなネオンの数々も、今の独歩にはいささか眩しすぎる。
「……ネオン、ライオン、メロン……?」
口の中でもごもごとライムのようなものをつぶやくが、歌詞に結び付くには至らずにそのまま喉奥へと消えていく。
そんなことを二度、三度、四度と繰り返し、独歩はがしがしと頭を掻いた。
「ああクソッ、思いつかない……もっと綺麗な……抒情的な光景が……」
独歩の脳裏にちらつくのは、神宮寺寂雷、伊弉冉一二三とチームを組んでまもなく作った初めてのソロ曲「チグリジア」のリリックである。
あの時、独歩は通勤途中や仕事中に映るシンジュクの街並みを静かに、穏やかに、そして退廃的に歌い上げ、高い評価を得ていた。
あの時のような詩が──今の自分の脳には、まったく浮かんでこない。
それがただ、独歩を焦らせる。
──枯れたのか?
最悪の五文字が頭に浮かぶ。
ディビジョン・ラップ・バトルで優勝した自分。それはことラップに関して、幾許かの自信を独歩に与えてくれたはずだった。
だがそこは観音坂独歩。ひとたび自信を喪失すれば、たちまちその自意識は地の底まで落ちる。
「……は、はは。そっか、枯れたのか……俺は……。
 燃え尽き症候群、というやつだろうな……。
 ……分かってるんだよ。どうせ俺は平社員……所詮こんなもんだ……。
 そうだ……あの大会も、実は俺が足を引っ張ってたんだ……。
 思えばあの時も……あの時も……俺が、俺が……俺が俺が俺が俺が……」
今や止めるものは誰もいない。独歩は電柱に頭をこすりつけ自らの作る暗い世界に落ちていく。
ともすればこのまま野垂れ死んでしまいそうな独歩がかろうじて現世に踏みとどまったのは、
シンジュク広場のオーロラビジョンが映像を切り替えたからだった。
≪一生懸命、頑張ります!≫
馬鹿に明るい、よく通る声だった。
雑踏と雑音に満ちたシンジュク広場で、なぜその声だけが独歩に届いたのかは分からない。
だが事実、独歩はその声を聴いてふと顔を上げたのだ。
目を少しだけ上に向けて、オーロラビジョンを見る。
飛び込んできたのはショッキングピンク。美しい花々に囲まれて立つ、ピンクフリルを身に纏った少女。
どうやらアイドルの新曲CMのようだった。ウェーブがかったロングヘアを片側で結んだその少女は、愛らしい笑顔とピースサインを独歩に振りまいていた。
「はは……一生懸命、頑張ります。か」
誰に言うでもなく一人ごちてしまうのは、それが独歩にとって言い慣れたフレーズだったからだろう。
だが、少女の言う「頑張ります」と独歩の「頑張ります」は、同じ言葉でも大きく意味が異なる。
若い力を漲らせ、自分の夢のために希望をもって進む「頑張り」と、
衰え始めた身体を引きずり、毎朝決まり事として口にするだけの「頑張り」では──。
「……帰るか」
オーロラビジョンに背を向け、独歩は革靴で石畳を叩いていく。
木枯らしがいやに冷たい。後ろからはずっと、例の少女が歌うにぎやかなアイドルソングが空しく響き続けていた。
きりがいいのでここまで。
ありがとうございました。
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観音坂独歩×島村卯月 クロスオーバーSS
初公開日: 2020年04月19日
最終更新日: 2020年04月19日
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