ホラー松*書けない話
カランカラン、と音がして、喫茶店の入り口が開く。
「いらっしゃいませー」
その店『喫茶ニューヨーク』の店主である桃瀬 百々史(ももせたかし)は笑顔でそう発したが、入ってきた客人を目に止めると、つまらなそうな顔をした。
「なんだ、あんたかー」
「なんだとはなんだよ」
扉を開けた張本人、雑誌記者である青戸唐次(あおごからつぐ)は、百々史にそんな言葉を返す。
「見慣れた顔だから、笑顔つくるの無駄だなーと思って」
「そんなこというなよ」
まったく、失礼なやつだ、と唐次は眉を顰めた。
「いつものコーヒーでいいの?」
カウンターの方に戻りながら問う百々史に、ああ、と答えて、窓際の席につく。
すると、カランカランと音がして、もう1人入ってきた。その人物を目に止めて、唐次は
「コーヒーは2つ、頼む」
そう告げた。
**
雑誌の夏の企画で、心霊特集をしたんだ。
その目玉が、あかつか交通が夏季限定でやっている、心霊ツアーの取材記事。
実際に俺がそのツアーに参加して、その時に回ったコースの写真や運転手が体験した話をまとめたんだ。
かなり凝ったツアーでね。
ツアー開始前に『何が起きても自己責任です』という承諾書を書かせるんだぜ。
心霊ツアーのコースは、赤鹿群内の心霊スポットをあちこち回るというもので、幽霊が出るといわれる踏切とか、入り口付近に幽霊が座っている旅館とか。
他にも実際に練炭自殺のあった坂道や、人がいないのに話し声が聞こえてくる池、首なしライダーが通ると言われる閉鎖された道路なんかも回った。
実際に運転手が体験したっていう話も聞いたよ。
夜中に葬儀場周辺まで送ってほしいという客を乗せて、葬儀場までいって、しっかり駄賃ももらったのに、降りた人が忽然と消えてしまったという話を聞いた直後、それがあったのがここですよ、なんてちゃっかり葬儀場で止まったりしてね。
運転手が話しのうまいヤツで、俺は終始震えながら話を聞いたよ。職業柄、そういう体験が多いらしくて、話がつきなかった。
もちろん取材だから時々写真も撮った。
念のため2台持っていったんだけど、正解だったね。1台途中で真っ暗なものしか撮れなくなったんだから、こういう取材には予備が必須と思い知ったよ。
取材の後、編集部に戻って写真を確認してみたら、変なモヤや光、人影も写っていたりして、記事としてはかなりいいものになった。
**
「……それで?」
唐次の目の前で、紫坂 一(しさかはじめ)は悪い目つきをさらに顰めてそう言った。
「ま、まぁ続きがあるんだ。聞いてほしい」
機嫌の悪そうなはじめをなだめるように、唐次は言って、それから一度ワザとらしく咳払いをした。が、口を開けどなかなか言葉を発さないので、はじめはムスッとするばかりである。
はじめの機嫌が悪くなるのも仕方ない。
ちょっと困ったことがあるので聞いてほしい、協力してほしいと連絡が来たかと思えば、待ち合わせはこの辺鄙な入浴(いりあび)町の喫茶店を指定された。この町までくるのは何度も電車を乗り継がないといけないし、とかく遠い。
歴史学者の父の手伝いをしてる程度なので、時間に余裕はあるけれど、わざわざやってきたのに本題になかなか入らないし、しかも突然怖い話を始めるし、だんだんイラついてきたところだ。
「そ、それでな。記事に書けなかった話があるんだ」
「書けなかった話?」
「ああ。心霊ツアーの最後の方で、ある場所に行ったんだが……」
唐次がようやっと本題を話始めた時だった。
カランカラン、と喫茶店のドアが開き、
「人数多いんだけどいいー?」
突然、大きな声で妙齢の女性たちが入ってきた。派手な髪に、賑やかなメイクの女達は、20人はいそうである。
「だ、大丈夫です! どうぞ〜〜」
店主の百々史は驚きながらも女性達を次々に案内した。
辺鄙な町の辺鄙な喫茶店にこれだけの人間が集まることは滅多にない。この喫茶店だって、普段は多くて5人くらいしか客がいないのだ。
「……め、珍しいね」
しょっちゅうくる場所ではないが、この店の寂れ具合を承知しているはじめは、突然の団体客襲来に呆気にとられていた。
「……そうだな」
しかし、唐次は浮かない顔だ。それに気づき、はじめは不思議そうな顔をした。
「どうした?」
「いや」
「……ああ、で、なんだっけ? 書けなかった話があったって?」
「そうだ」
唐次の表情がなんだか怖い。
「ツアーの最後の方で……」
また、唐次が本題を切り出そうとした時だった。
キキーッ! ドーンッ! と、外から大きな音がした。
窓の外を見ると、喫茶店の目の前の道路で乗用車とトラックの交通事故が起きたのだ。
「……んなっ?!」
なんでまたこんなタイミングで?
はじめは外を見ながら呆気にとられる。人通りも交通量も多くない場所で、交通事故が起きるなんて珍しい。
唐次の方に視線を向けると、悔しそうな表情で窓の外を見ている。
「……唐次?」
「ずっと、こうなんだ。この話をしようとすると、邪魔が入って話せない」
「え?」
「……こうやって邪魔が入るか、背後に視線を感じるんだ。そのせいで書けないし、話すことができない」
唐次の突拍子もない言い分に、はじめは訝しむ。が、確かにタイミングのいい邪魔が入ってしまったのは事実だ。
「……一旦出よう」
外の大事故で店内にいた客達が大騒ぎしはじめたので、窓際の席にいた二人は話を続けるのに気が引けた。
会計を済ませて外に出ると、救急車のサイレンも鳴り響き、静かだった町が喧騒に包まれている。
「どうしたものかな」
話が出来ないのでは、相談も出来ない。
「どうする? また日を改めたほうが……」
はじめがそう提案しようとした時、唐次は道路の向こう側をじっと見つめていた。
ちょうど事故が起きた辺りをみようとたかる野次馬たちから、少し離れた一点。
そこには、黄色いポロシャツに、茶色い紙袋を被った青年が立っていた。
「あれは、黄神の……?」
以前、取材で赤ツ鹿村を訪れた際に出会った、黄神 十四雄(おうがみとしお)のように思われた。この辺りで喜んで紙袋をかぶるやつなど、そうそういない。
不思議に思って見つめていると、十四雄がすっと腕をあげ、何かを指差した。
さした先は、道路の先の方。ちょうどタクシー乗り場のある辺りだ。
「タクシー?」
そこから彼は微動だにしない。
彼がこちらを認識していることは確かだ。しかし、それ以上動くこともなく、ただタクシーを指差している。
「あ、そうか!」
唐次は何かを思いついたように、携帯電話を取り出してどこかに電話し始めた。
「もしもし、あかつか交通さんですか? あ、ええ。タクシーをお願いしたいんです。場所は喫茶ニューヨークで……」
はじめは唐次の行動を不審に思いながら、ふと十四雄のいた方に視線を戻す。すると彼はふっと消えてしまっていた。
「えぇ……」
何が何やらわからない。そして唐次はというと、
「……はい、はい。あ、それでですね、おたくのところの運転手さんに『赤鹿 大蔵(あかしかおおぞう)』っていますよね? はい、そうです。その人をお願いしたいんです!」
なぜか、回してくるタクシーの運転手の指名をしていて、はじめは更に首を傾げた。
**
「はーい、ご指名ありがとーございまーす。あかつか交通でーす」
30分ほどしてようやくやってきたタクシーの運転手は、なにやら調子良さそうにそう言った。
「うちの会社、別に指名制とかじゃないんですよぉ、もう」
「いや、本当に申し訳ない」
唐次とはじめが乗り込むと、タクシーはバタンと扉を閉めた。
「ま、月刊マツゾーの編集者さんの頼みだからね。心霊ツアーの記事のおかげで、超評判良かったし。サービスしちゃうよん」
「はは、助かります」
大蔵はとりあえず、とタクシーを流し始めた。
「んで、お二人はどこ行きたいの? また赤ツ鹿村を回りたいとか? それとも心霊コースいっとく?」
そういえば、緑土家に取材に行く時も、心霊ツアーもこの人が運転手だったなぁと唐次は思い出した。
「あー、いや。まだちょっと決めかねてて」
「えー、そうなのぉ?」
そう言うと、大蔵は道路脇に停車してしまう。
「さすがに行く場所は決めてもらわないとぉ。こっちも仕事だしさぁ」
「そうだよ。行く場所決まってないのになんでタクシー呼んだんだよ」
はじめと大蔵に責められ、唐次は困った顔をしたが、
「いや、この中でなら話ができると思ってな」
「話ぃ?」
「あー、さっきから邪魔されて話せない話か」
はじめは納得したようだったが、大蔵はぽかんとしていた。当たり前だ。
「なんのこと?」
「実は、あかつか交通の心霊ツアー、記事にできなかった出来事があって……」
「えーそなの? 俺も記事一応読んだけど、だいたいのことは書かれてた気がするけど……」
大蔵が読んだであろう記事のことを思い出すように首をひねる。
「たぶん、大蔵さん、あんたも気付かなかった出来事だ」
「えー?」
「カーブミラーに女の子が映るという、トンネルに行っただろう?」
心霊ツアーの後半。
車で入れる場所ギリギリまで行って、わざわざ降りて歩いた先。
ちょうど緩やかなカーブに合流する形でトンネルがあるのだが、なぜかそのトンネルと道路の合流する箇所は封鎖されていた。
トンネルを抜けた先は市道に繋がっているのだが、そこも不自然な柵で封鎖されていて、普段は誰も通らないような場所だ。
誰にも使われなくなったせいで、ヤンキーどもの落書きだらけになっているトンネルの先、封鎖されている道路との合流地点には、ぽつんと不自然なカーブミラーがある。そのカーブミラーには、そこで交通事故に遭った女の子の霊が映り込むと言われているらしい。
「ああ。なぜか道が封鎖されてるあそこね」
「俺はあそこで、……声を聞いたんだ」
「声?」
「女の子の、笑う声、だ」
シーンと車内が静まり返る。
唐次はハッと我に返ると、車の中から前後左右を確認した。
何も起きない。
「や、やっと言えた……」
そう言って唐次は脱力したように、後部座の背もたれにぐったりと凭れかかかった。
「……え、それだけ?」
はじめは明らかに不機嫌そうな顔でそう言った。
「ああ、それだけ。本当にそれだけなのに、話せなかったんだ」
唐次は困ったようにそう言った。
「誰かに話そうとすれば、タイミングよく邪魔が入るし、記事として文章に落とし込んでいると背後から視線を感じたり、頭痛がしたり……。とにかく、誰かに伝えることができなかったんだ」
はじめは唐次のただならぬ様子に、なんとか納得をしたようであった。
「まぁ、それが本当だとして、なんでこのタクシーの中では言えたんだよ」
「ああそれは……」
よっこいしょ、と身体を起こした唐次は、大蔵の方を指差して、
「この人がいるからさ」
「おれぇ? ……って、ああ、そういうこと」
指をさされた大蔵は一人納得したような顔をした。
「……どういうこと?」
困惑するはじめに、大蔵は鼻の下を人差し指の背でなぞりながら得意げに言う。
「なははー、俺には超強力な守護霊様が憑いてっからね。悪い方から逃げて行くんだな、これが」
「なにそれ」
「超有名な霊能力者のお墨付きよん」
バックミラーごしにVサインをしてみせる大蔵に、はじめは少し呆れた顔をする。
「なんで唐次がそんなこと知ってんの」
「心霊ツアーの時に教えてもらってたんだよ。だから、この人のタクシーの中でなら、邪魔されないんじゃないかってね」
そして結果は、唐次の目論見通りとなったのだ。
「それで?」
「ん?」
「話せたのはいいけど、何をどうしたいんだよ」
「ああ、それで、俺はたぶん、この女の子に憑かれてしまっているんじゃないかと、思ってな」
「……それならお祓いでもしたらいいじゃん」
お祓いをしてしまえば済む話を、なぜわざわざ自分をそんな曰くの場所近くまで呼び出したのか。
はじめは顰めていた眉の影をさらに濃くして、不機嫌なオーラを全開にして唐次を睨んだ。
「いや、そ、それも大事だが、……真相というか、なぜ彼女がカーブミラーに映るようになったのか、その辺りを調べたいんだ」
「えー、お祓いでよくない?」
たじろぎつつそう答える唐次に、大蔵も面倒臭そうな顔ではじめに賛同する。
「……なんだか、調べなければいけない気がしているんだ」
確かにお祓いをしてしまえば、簡単に解決できるのかもしれない。しかし、唐次はそうしなければいけないという、妙な義務感に駆り立てられていた。
憑いている彼女がそうさせるのだろうか?
「まぁ、とにかく、その場所について調べる必要はありそうだね」
そこで三人はまず、赤ツ鹿にある図書館へ向かうことにした。
「こっちも乗りかかった船だから協力するけどさぁ、今日1日分の貸切賃はもらうからね?」
タクシーのエンジンをかけながら、大蔵がそう言うと、
「もちろん、そのつもりだ」
唐次が迷いなく答えるので、大蔵は遠慮なくアクセルを踏んだ。
**
「じゃあ、俺たちは調べてくるから」
「はーいよ」
喫茶ニューヨークから車で10分ほどの場所にある、赤鹿唯一の図書館に着くと、唐次とはじめは図書館へ入っていく。
大蔵はそれを見送って、一人駐車場に残ることにした。
あの場所について調べると言っていたし、そこそこ時間がかかるはず。
くしくも、昨日も遅くまでテレビを見ながら起きていたから、超絶に眠い。
「ちょうどいいやぁ」
毎日乗り場や人のいそうな場所をめぐって働くより、こうして誰かに1日レンタルされてる方が割りがいいかもなぁなんて思いながら、大蔵は運転席のリクライニングを少し倒して目を閉じた。
目を閉じて、数分くらいだろうか。
タクシーのすぐ横で、誰かが話している声がする。
なんだもう戻ってきたのかよぉ。もうちょっと寝たいんだけどぉ。
意識半分でそんなことを考えていた。すると、
……ガコッ。
後部座席の、ドアの開く音がした。
あー、やっぱりあいつらか、しょうがねぇな。
そう思いながら大蔵は身体を起こし、
「意外と早かったねぇ。なんか分かったー?」
欠伸をしながら後部座席を見た。が、
「……え?」
誰もいない。
確かに話し声や、ドアを開ける音がしたのに。なんで?
呆然としていると、ちょうどタクシーの窓をコンコン、と叩く音がした。
「……ひっ!」
驚いてそちらを見ると、ちょうど二人が戻ってきたところだったので、いつものように運転席側にある、ドアコックを引いて、後部座席のドアを開けた。
そこで大蔵ははたと気づく。
こちらが動かさないと、ドアは開かないはずなのだ。
「いやー、すまない。意外と時間がかかってな」
唐次とはじめが乗り込んできたのをバックミラーで確認しながら、大蔵はちらりと時計を見た。
「……うっそぉ」
時計の数字は2時間以上進んでいたのだ。
「大蔵さん、どうかしたか?」
「あ、いやぁ、なんでもない……」
たぶん、気のせいだ。大蔵はそう思うことにした。
「あ、そう、それで! 何かわかったの?」
なるべく平静を装いながら、大蔵はそう聞いた。
「ああ、色々わかったぞ」
唐次の説明によると、あのトンネルの出口周辺で交通事故があったのは事実らしい。
トンネル近くに住んでいた中学生の女の子が、トラックに轢かれて亡くなっているそうだ。
が、カーブミラー自体は事故の影響で立てられたものらしいが、トンネル周辺が封鎖されてしまったのは、単に工事中に業者そのものが破産等でなくなってしまったほか、工事を必要としていた都市計画そのものが破綻、中途半端な状態で放置されてしまったことが原因らしい。
工事業者や都市計画の再検討も行われたそうだが、財政も芳しくなく、道が封鎖された不自然なままになったようだ。
「ふーん。じゃあ事故はあったわけだし、その子の未練とかそんなのが残ってるとか?」
「無念だったとは思けど、事故を起こしたトラックの犯人は捕まってるしなぁ」
「あと、カーブミラーに映るって言われてる幽霊は、小さな女の子らしいんだよね」
「ええ……」
事故と幽霊はあまり関係がないのかもしれない。
では、あの声や視線は、一体なんだと言うのだろう。
「それで、今度はあのトンネルのあった辺りについて調べていたんだ。すると面白いことが分かったんだ」
元々トンネルのあった周辺は、トンネルや道路ができる随分と前に墓地があったらしい。
もちろんトンネルを作る前にきちんとした手続きやお祓いをした上でお墓を移動。その後トンネルや道路ができたそうだ。
「そんな経緯でできたから、元々そのトンネルには幽霊が出るって噂があったみたいなんだよね」
その噂が連綿と受け継がれ、不自然に封鎖された道路と、事故後にできたカーブミラーが混ざり合い、不可思議な話になってしまったのだろう。
「となるとー、その墓地が関係してるのかなぁ」
「そうかもね」
「その移設したって墓地はどうなったの?」
「トンネルができる前にあった墓地は、緑土家のものだったらしい」
「え、緑土って、あのぉ?」
大蔵が驚いたのも無理はない。
以前、唐次が取材で赤鹿を訪れ、大蔵が案内したのが、緑土にある華道家・緑土丁呂介の家だったからだ。
「はー、なんか縁があるのかもねぇ」
「そうかもしれんな」
「んじゃまぁ、緑土家に行ってみるかー」
大蔵ははぁ、とため息をつくと、気を取り直してエンジンをかけた。
**
図書館からタクシーを飛ばし、赤ツ鹿村を通って山向こうの緑土へ着く頃には、そろそろ日が暮れようという時間であった。
「ごめんくださ〜い」
緑土にある、華道家・緑土丁呂介の家に辿りつき、玄関を叩く。
広い敷地に大きな屋敷。以前訪れた際は、女中さんが応対をしてくれたのだが、どうにも人の気配がない。
唐次とはじめは、仕方なく門の前で待たせていたタクシーに戻った。
「あれ? いなかった?」
運転席から大蔵が意外そうな声でそう言った。
「ああ。誰も出てこないな」
「あー、この時間だし、買い物に行ってるんかな?」
二人は仕方なくタクシーに乗り込む。
どこかで時間を潰して、改めて訪れようか、という話をしていた時だった。
「……あれ?」
はじめが声をあげる。
「どうした?」
大蔵に聞かれ、はじめが指をさしたのは、道路の先の、ちょうど十字路になっている辺り。
そちらを見ると、紙袋を被った黄色いポロシャツの青年が立っていた。
「あれは……黄神の……」
3人でジッと見つめていると、十四雄はすぅと腕をあげ、十字路の右側の道を指差した。
唐次はタクシーを呼ぶ前にも彼が現れ、タクシーを指差していたことを思い出す。
「……あの道を行こう」
「え?」
「たぶん、その先に丁呂介さんがいるはずだ」
「え、本当に?」
大蔵が唐次のほうをバックミラー越しに見やると、真剣な眼差しで頷くので、大蔵はハンドルを握り、アクセルを踏んだ。
十字路の真ん中に立ち尽くし、道を指差したままの十四雄を避けて右折する。
はじめが振り返ると、十四雄は今度は指差した腕を頭上にあげ、誰かに挨拶をするかのように、左右に振っていた。
十四雄の指した道を突き進んでいくと、雑木林に入り、突き当たりに墓地が見えてきた。
「ここは……」
道がなくなってしまったのもあり、そのままタクシーを停めた。
木々に囲まれ、薄暗いながらも少し開けた場所にはたくさんの墓石が建ち並ぶ。苔むし黒ずむほどに古いものから、比較的新しいものまで、大小様々であった。
中に入るべきかどうか躊躇していると、墓地の奥の方から、見覚えのある和服姿の男が歩いてきた。
「おや、なんだか久しぶりに見る顔ですねぇ」
それこそが、探していた華道家の緑土丁呂介であった。
「お、お久しぶりです。青戸です」
「ええ、ご無沙汰ですね。いつぶりでしょうか」
緑土の家に丁呂介と共に戻ると、以前取材で訪れた時と同じ、日本庭園を臨める広い応接室に通された。
「しかし、どうしてまたあんなところに……?」
丁呂介にしてみれば、仕事の付き合いしかない男とまさか自分の家の墓地で再会するとは予想外だったであろう。
「ええ、実は……」
唐次は丁呂介に心霊ツアーのこと、書くことのできなかったトンネルの話のこと、そしてそのトンネルのあった場所にかつて緑土の墓地があったことなど、ことの顛末を話して聞かせた。
「……なるほど。墓地の移設は私が生まれる随分前の話ですから、存じませんでした」
丁呂介は唐次の話を興味深く聞くと、大きく息をついた。
「しかし、かつて墓地のあった場所が今や心霊スポットというのも、なんだか複雑ですね」
丁呂介は眉を八の字に顰め、その口をへの字に結ぶ。
「緑土の家は、昔からこの土地にあったわけじゃないんですか?」
はじめが興味深そうに聞くと、丁呂介が首を振った。
「本家はずっとこの緑土にあるのですが、分家が以前赤ツ鹿にあったと伝え聞いています。きっとその場所は分家があったのでしょう。しかし何らかの理由で分家が絶え、墓地を本家の墓があるあの墓所に移設したのではないでしょうか」
そんな話をしていると、
「すみません、夕飯の買い出しに出ていたもので」
そう言って、女中さんがお茶を持ってきた。
最初に家を訪ねた時に誰も出なかったのは、やはり買い物に行ってしまっていたのか、と唐次はホッとする。
応接室の大きなテーブルに、女中さんはそれぞれのお茶を置く。
唐次、はじめ、大蔵、そして丁呂介の前に1つずつ湯のみを置いて行き、あれ? という顔をした。
彼女の持っていたお盆には、湯のみが1つ残っている。
「もう一人のお連れ様は?」
「何を言ってるんだい? 客人は3人しかいないよ?」
丁呂介が言うが、女中さんは首を傾げて、
「変ですねぇ。確かに小さな女の子もいたように見えたのですが」
女中の言葉に、4人は青くした顔を見合わせるのだった。
ーーー
おしまい。
本当の話を混ぜて書いております。
視線を感じても、振り返らない方がいいかもしれません。
お憑かれ様でした。