灰色の腕をめいいっぱいに広げた空から、雨粒がぱらぱらと降り注ぐ。傘を掲げ、歩くその足はどこか弾むよう。やがて新緑の並木道に入ると、傘を叩く雫の音は僅かに小さくなった。この道の切れ間に、俺たち二人の家がある。もうすぐ、もうすぐ尾形にこの話ができる。
  報告した瞬間の尾形の顔を想像する。いつもみたいにハハァと笑って、それから酒でも飲もうと言うだろうか、それとも、いよいよ俺に捨てられると思ってまた変な強がりを見せるだろうか。まぁ、できたら喜んで欲しいけど…。
  6月。梅雨入りしたとはいえ今年の雨は例年より少なく、この雨も久々の恵みの雨、と天気予報で言っていた。ソファの上でそれを観ながらくしゅん、とひとつくしゃみをした尾形の丸まった猫みたいな背中と、ソファの背に座って同じようにテレビを観ているサイチの揺れる尻尾に声をかけて、家を出たのが今朝のこと。
  越してきたばかりの時一面ピンク色だった並木道は今、すっかり新緑を湛え梢を雨粒で揺らしていた。
  やっぱり先に電話して言っておこうか、いやでも、もうここまで来ちゃったし…立ち止まり、少し俯くと黒い革靴…尾形と選んだやつ…の先が僅かに濡れて光っている。それが尾形の目、みたいだなと思ったら、これまでのこと…あの"牛鮭のひと"が"尾形さん"になって、"尾形"から恋人になった今までの、二人で過ごしてきた時間が胸の隙間から零れ出し溢れて、あっという間に俺の爪先から頭のてっぺんまでを満たした。
  去年、カレンダーをめくって最後の一枚を見たときは溜息と漠然とした不安ばかりが詰まっていたのに…今は、そうだ。
俺は、尾形と一緒に歩いてる。ここで止まってる場合じゃない。
 尾形と話して、伝えてどうなるかわからない。でも、あの人とだったら俺は、どうなったって構わない。
  緑のトンネルをまた歩いていくと、やがてその切れ目に、外壁にレンガを模したアパートが現れる。小蝶辺さんが市内にいくつか持っている物件の中でもこのアパートはちょっと変わった作りで、世帯数も田舎の割にとても少ない。俺たちが住んでいる二階の部屋は元々小蝶辺さんちの親戚が住んでいたとかで、他の部屋と違って設備や内装が随分手を加えられていて、俺はそんなところも気に入ってここを選んだ。まあ、尾形が契約書書くまではまさか元オーナーの持ち物だなんて微塵も思わなかったんだけど…
  不意に視線を感じて傘を傾け、俺たちの家の出窓…リビングの窓だ…を見上げると、レースカーテンを背景に頬杖をついた尾形がサイチと一緒に俺の傘を見降ろしていた。俺が手を振るとちょっとだけ笑ったけど、振り返してはくれない。ずっと待ってたくせに、そんな顔微塵もしてくれないのが尾形っぽい。エントランスのポーチに入って傘を畳んで振るとモザイクタイルが滴る水に濡れた。
  成人男子にはやや狭い階段を上がって緑色の、ちょっと古い鉄の玄関ドアを開ける。出かけに「鍵締めてね」っていつも言うのに、尾形は「俺の田舎じゃ夜寝る時以外は締めない」って言って全然締めてくれない…
「…ただいまー」
呼びかけても返事もねえし。サイチも来ないし。俺は靴を脱いでスリッパを履くのもそこそこにリビングへ入る。
「尾形」
声をかけても尾形はレースのカーテンの中に立って、黙ってサイチと外を眺めている。
「ただいま、尾形」
しつこい俺が繰り返すと、
「…お帰り」
やっとそれだけ返してくれたけど。やっぱりこの様子だと、俺の報告はあまり喜んで貰えない気がする。
「サイチと並んでそうやってると、尾形も猫みたいだ…折角休みなのに、どこも出かけなかった?」
「………一人は、どうも」
レースカーテン越しの尾形は相変わらず俺に背を向けていて、その表情を伺うことはできない。
「だからサイチと留守番してたんだ」
俺の言葉にまた応えずに、尾形は猫の背中を撫でている。猫は出窓の中でゴロリと横になり、機嫌良さげに
喉を鳴らしていた。窓越しの雨の音も相まって部屋に響くそれはさながら遠雷のようで。
「…尾形、あのさ、聞いてくれる?」
「──── 嫌だっつっても、どうせ言うんだろ。いちいち断るなよ」
やっぱりな、と思いながらその背中に近づいて薄布越しに肩へ触れる。
「…勘弁してくれ。早く聞いて楽になりたい」
「言いにくいなあ、もう…」
その背中に額をぴたりとつけると、くっついている部分だけが温かい。
「…お祝い…してほしいんだけど、だめかな」
「…出たのか、内定」
「 ────── うん」
俺の返答に尾形が急に出窓でべちゃっとカエルみたいに突っ伏すから、俺は僅かにバランスを崩して転びそうになり、慌てて尾形の背を掴んだ。
「うわ、ちょ、尾形」
「…おめでとう…落ちりゃいいなって、ずっと思ってた。許してくれ」
「酷っ…知ってたけどさ」
その声は雨に滲んでいて、俺をからかったりセクハラして笑ってるいつものそれとはまるで違うけど、俺はもうこの尾形の声を知っている。
「── なんで俺が"捨てる"って勝手に自分で決めちゃうの?バカ尾形」
「ハハァ、俺とお前に遠距離ができるかよ、こんなに」
続く言葉を詰まらせて、尾形の肩が震えた。
「…不器用だもんね、俺たち」
  気づけば窓の外では雨足が早まりはじめ、ガラスにぶつかる水滴の音が大きくなった。我関せずといった風情のサイチが尾形の傍で欠伸をする。猫も喰わないのかな、痴話喧嘩。
ともすればふざけんな、いい加減にしろって尾形のこと、殴ってたかもしんない。けど、カレンダーをめくっていくその間…俺はずっと考えてたんだ。
どうすれば、どうしたら、"ふたり"で生きていけるだろうって。
「尾形…あのさ」
〜ここから予告〜
就職内定した杉、区切られる"ふたり"の時間。
二人で選ぶ"これから"は…?
そういえば網走に飛んだ門倉さんは???
続きは紙で!
長い時間お付き合いいただきありがとうございました!配信おわります!
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セト
イマイチ使い方分かってないけど配信できてんのかしらこれ…
181:03
ななし@32e287
間に合った~~~❤
181:35
セト
いらっしゃいませー!
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Calender Lovers #6月の杉尾
初公開日: 2020年04月04日
最終更新日: 2020年04月04日
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