「お嬢さん」
桧山さんが片手を上げているのが見えた。ベルベット生地のソファーがよく似合う人だ。白磁のティーカップも彼が持ち上げるだけで、うん十万と値上がって見えるなんてバカみたいなことを考えた。それもこれも、果たしてこのソファーには座ってもいいものなのかと、無駄な葛藤を抱えてしまっているせいだ。平然と堂々と高級空間に馴染み、しかしなかなか座らない私を不思議そうに見る桧山さんを前に、深呼吸を一つしてから「お邪魔します」と恐々と腰を下ろした。
「迷わなかったか?」
「大丈夫でした。……というより、目立つ建物なので……迷う余地がないというか」
「ああ。周辺住民にも評判がいいみたいだな。市が財政難で取り壊しが出来なかったらしいが、運も実力のうちという。買取を検討したくらいには良い保存状態だ」
「な、なるほど」
何がなるほどなのかは分からないが、とりあえずうなづいた。庶民代表として翻訳すると「とても気に入った」なんだと思う。執事みたいな格好をしたウェイターさんにハーブティーをお願いして一息ついた。お茶一杯で四桁を越えるのにはもう驚かなくなっていた。
「桧山さん。あの大変心苦しいんですが」
「ああ、楽しみは後に取っておくとしようか。お前の望みはなんだ?」
「はい。この前お話した件ですが……」
一人では到底入る勇気が出てこない、おとぎ話の世界にでも出てきそうなお屋敷。桧山さんに待ち合わせ場所に指定されたのはその中のカフェスペースだった。お仕事関連のアポイントとは言え、拡大解釈すれば桧山さんとのお出かけだと言っても過言ではない。はやる心を抑えながら場所を検索して、写真で見て、目を剥いた姿を桧山さんに目撃されなくてよかったと、今は心底思っている。
お庭とお屋敷だけトリミングして、ここはウェールズの貴族の別荘です、と大ボラを吹かれても、騙されてしまうような風貌をしている。断言してもいいが、桧山さんに指定されなければ、一生足を踏み入れることもなかったに違いない。外から見て「すごいなあ」と思うだけで、ここでお茶を飲む機会があるなんて想像だにしないだろう。
「なるほど。その対価であれば請け負おう。俺たちにも利がある」
「ありがとうございます」
資料を見てうなづいてくれた