「轟くん、轟くん!」
聞き慣れた声にもう少し寝かせてくれという気持ちを隠せない轟は、布団を手繰り寄せようとして硬い床に寝転んでいることに気が付いた。ひんやりとした床に疑問を抱き、つい先程までの記憶を手繰り寄せた。
敵の活動が活性化する中、寮生活も始まったお陰で毎日、それこそ朝から晩まで顔を合わせることが出来るようになった轟と飯田は付き合い始めよりも共に過ごす時間が出来たことを嬉しく思っていた。だが、圧倒的にデートの回数が減った。いわゆるお家デートという名称を用いればなんら問題は無いように思えるが、不用意な外出を控えるようにと教師陣からも口を揃えて言い聞かせられている。ともすれば元来真面目な気質の飯田がそれに従わないわけがない。轟が物足りないと思うのは、何気ない散歩でも構わないから飯田と移り変わる景色を眺め、同じ気持ちを共有したいからだった。
そして蕎麦が食べたいという理由を作り、案の定あまり気乗りしない表情を見せる飯田をおねだりで封殺した。手段は選んでいられない。根気よく担任の相澤にも訴え、外出時間帯や当日のルートを予め申告することを条件に勝利をもぎ取ったのだった。
それがなぜ、ベッドのある真っ白い床と壁に囲まれた部屋に閉じ込められているのか。
薄れ行く記憶の中で轟が最後に聞いたのは、飯田の酷く心配するような声だった。それもそのはず。遠くから聞こえた「敵だ!」という声に二人で飛び出したのはいいが、曲がり角で急に弾け飛んだ塀の破片から咄嗟に飯田を庇った轟は、そのまま意識を失ってしまったのだった。
「……結局何か個性にやられちまったのか」
「多分……おそらく、そうだと思う」
「見てねえのか?」
歯切れの悪い飯田の言葉に首を傾げた轟は取り敢えず体を起こしてベッドに腰掛けた。ふかふかとした感触が幾分か腰に優しい。隣を軽く叩いて飯田にも座るよう促すと、不安の拭いきれない表情のまま飯田も腰を下ろした。
「よく覚えていないんだ。轟くんの安否を確認していたら急激な眠気に襲われて……気が付いたらこの部屋の中だった。先に色々と試してみたが、この壁はどんな衝撃も吸収してしまうようで、おそらく君の個性でも脱出は叶わない」
「……一生ここってことか? けど個性なら何かしらの脱出方法があるだろ。時間とか、条件……二人なら知恵が出るかもしれねえ」
「いや、それは……」
「諦めんのか? らしくねえぞ」
「違うんだ轟くん。その脱出方法ならもう分かっている」
「……? ならとっとと出るしかねえだろ。なに怖気付いてんだ」
口に出した後で飯田の様子をまじまじと見つめた轟は、飯田が諦めているのではなく、単純に頗る恥じらっていることに気が付いた。じんわりと熱を帯びて「けれど、いや、それは……」と瞼を伏せてもじもじと呟く姿は、不謹慎ながら可愛いと思えてしまう。煮え切らない態度の飯田に焦れた轟は、取り敢えず壁に向けて個性をぶつけてみることにしようと腰を上げ、ゆったりと歩み寄った。
「轟くん、待ちたまえ!」
飯田の静止も虚しく氷で壁を作って防御しつつ、轟は高温の炎を一点に絞って噴出させた。ジリジリとゴムが焼けるときに似たクセのある匂いが轟の鼻を擽る。すると、いきなり体が浮いた。何故だと疑問に思った瞬間、地面が盛り上がっていることに気が付き、気が付けばベッドの上に寝転がされていた。
「あ……?! んぐ、っ……! っほ、かは……」
「だから俺は止めたんだ……!」
無数の触手に四肢を囚われた轟はベッドに磔られ、最後に悠々と伸びてきた触手から強引に薬瓶を口に突っ込まれた。喉奥まで押し込まれ、どくどくと流れ込む液体を飲み干さなければ溺れ死んでしまうと咄嗟に飲み込んでしまったが、それが毒であったのならこのまま命を落としてしまう可能性が高い。
一気に青ざめた轟の両肩を掴んだ飯田は、最初よりも荒い息を吐き出しながら、壁の一点を指さした。
「こ、ここは……媚薬を飲み干さないと出られない部屋、なんだ……!」
こんな状況で何を、と思った轟だったが、壁への攻撃を渋り情事の最中に見せる蕩けた瞳で訴えかけてくる飯田の姿がそのまま証拠でしかない。指をさされた壁へ視線を移動させると、どうして今まで気が付かなかったのか疑問に思うくらいに大きな看板が掲げられていた。
『いいねされた数だけ媚薬を飲まないと外に出られない部屋(今回は三本)』
「いいね……?」
一体誰にいいと思われたのか。疑問に包まれる轟の腕の中には薬がようやく回ってきたのか、先に強制的に媚薬を飲まされたであろう飯田がへろへろと蹲っていた。時折ぴくりぴくりと震える体と小さく零れる声が、堪らなく色っぽい。ごくりと唾を飲み喉を鳴らした轟は、それこそ敵の罠だと理性に訴えかけ、飯田の肩を揺さぶって正気を保つように促した。
「あ……っん、……!」
「わ、悪い!」
「だい、じょうぶ……」
どれだけどろどろになるほど情事に没頭しても声を我慢する飯田の、これだけあられのない声を聞いたのは初めてだった。びくびくと小刻みに跳ねる腰に誘われている気分になり、轟は乾いた下唇に舌を這わせて潤した。
馬鹿なことはやめろ。裸になったところで奇襲されてしまうとどうしようもない。
頭で理解はしているはずなのに、前屈みで上半身を伏せたままの飯田を見下ろしながら、隠れている下半身の状態が気になってしょうがない、見たいという欲求が頭を蝕んでいく。
「……だい、じょうぶ……僕が、僕の……方が、頑丈……」
「飯田……? 飯田?!」
うわ言のように呟いた飯田がゆらりと立ち上がり、いつの間に現れたのか、テーブルとその上に乗せられたピンク色の小瓶を覚束無い足取りで掴んだ。力の入りにくい手で瓶の蓋をきゅぽんと抜き取り、一気に呷る。媚薬に蝕まれ始めていた轟はぼんやりとその姿を眺め、気が付いた頃には全て飯田の口の中へと吸い込まれた後だった。
「おい、大丈夫か?!」
「……大丈夫、だよ。体が大きいぼ……俺、の方が……効果が弱い……はず、だろ……」
「……ックソ、少し寄越せ!」
虚ろな瞳でベッドに横たわった飯田は明らかに大丈夫ではない。効果が出てしまう前に脱出しなければと脱出口を探した轟だったが、代わりに見つけたのは書き変わった看板だけだった。
『媚薬を規定本数以上飲んだあとにセックスしないと出られない部屋』と記された看板を炎で燃やし、轟は飯田を楽にしてやりたい一心で唇を重ねた。まだ残っている媚薬だけでも拭ってやろうと下を伸ばして丹念に舐めたのが逆効果だったのかもしれない。弱々しく縋り付いてくる飯田の腕は甘えているようで、轟は落ち着かない気持ちを胸の奥に押し込めた。救助活動に性欲を持ち込むのはよくない。よくないが、轟にも媚薬の効果が徐々に表れ始めていた。飯田を楽にさせてやろうと動いていた舌はいつの間にか気持ちよさを求めて互いの舌を擦り合わせ、その温い心地良さを貪ろうと強く吸い付いていた。
「……ん、ふ……ぁ、ん」
「……っは……悪い、飯田……」
くぐもった色っぽい声に我慢出来ず首筋を撫でた轟を飯田も咎めはしなかった。先をねだるように轟の袖を引き、優しく唇の表面だけ触れ合わせると、熱を帯びたしせん