シーン1
○喫茶店「キャンバス」(昼)
蓮沼沙由理が食事をお客様に提供している。お客から質問を受けるが、答え
られず愛想笑いをしながら
他の店員を呼ぶ。キッチン内に戻り、大きくため息をつく沙由理。
店員A「慣れないところで大変でしょ。大丈夫? 蓮沼さん」
沙由理「いえー一応業務は元の店とは同じなんで……」
店員A「でも細かな違いがあるよね……ウチのチェーンってさ、ヘルプというか人
の融通が激しくない?」
沙由理「そうですねぇ……まあしょうがないかなと」
店員A「愚痴ってもしょうがないんだけど……あ、でももうすぐ店落ち着くし」
店員Aは言葉を切って、店の入り口を見ながら苦笑いする。
店員A「あ、あのお客さんだ……」
沙由理、店員Aにならって入り口を見る。
賑わう店内に、スーツをきっちり着込んだ蓮沼公人(きみひと)がいる。
女性店員に案内されているが、しかめ面を続けている蓮沼。
店員A「あの人、最近の常連なんだけど……いつもああなのよねぇ」
店員Aは沙由理を見る。驚く店員A
沙由理「嘘でしょ……」
×××
葬儀場でもしかめ面の蓮沼。やや離れた参列者席から見ている沙由理。
×××
沙由理「お、叔父さん???」
シーン2
○喫茶店「キャンバス」
蓮沼はメニュー表を見ながら手を上げる。注文票を持って近づく沙由理。
蓮沼、顔を上げずに口を開ける。
蓮沼「コーヒー……とイチゴ満喫パフェ」
沙由理「はい。かしこまりました、コーヒーとイチゴ満喫パフェですね叔父さ
ん」
蓮沼、一瞬動きをとめる。顔を上げて、沙由理を凝視する。
蓮沼「あっ」
沙由理「お久しぶりです、叔父さん……あの、甘党でしたっけ?」
蓮沼「沙由理……どうしてここに!」
蓮沼の大声に、周囲の人が目を向ける。咳払いをする蓮沼。
沙由理「ごめんごめん、別に驚かせるつもりはなかったの。ただ、おばさんはと
もかくとして、叔父さんがここにいるのがめずらしくて」
蓮沼「アイツは食べ歩きが趣味だったからな……」
沙由理「そうそう。いやーこんなところに会うなんてね、最近父さんにも会わな
かったし、結構心配してましたよ」
蓮沼「……余計な心配を」
沙由理(相変わらずだな……)
沙由理「それにしても、なんでこんな可愛い店でデザートを食べてるんです
か?」
蓮沼「いいだろ……どこで何を食べたって」
沙由理「そうですけど」
蓮沼「とにかく仕事に戻りなさい。客一人にかまけてる暇ないだろう」
沙由理「はあい」
沙由理、蓮沼から離れる。最後に後ろをちらりと見る。蓮沼、深くため息
をついている。
机を指先で叩いている。沙由理、頭を傾げる。
沙由理「謎だわ……」
シーン3
○休憩室
店員Aと沙由理はまかないを食べている。
店員A「え、あのお客さん。蓮沼さんの叔父さんなの?」
沙由理「そうなんですよ。びっくりしましたわ」
店員A「なんか毎度さぁすごい顔で食べてるから、気になってたんだよね」
しかめ面で食べる蓮沼の顔
沙由理「あの人甘党じゃないですからね。よく食べるなと思います」
店員A「そうなんだぁ。普通好きで食べると思うんだけどなぁ」
沙由理「そうですよね……一体いつから何ですか? 来るようになったの」
店員、壁に貼られたカレンダーを見る。目線は一月を見ている。頭を傾け
る店員A
店員A「三ヶ月前だったかしらねぇ。めっちゃ大雪の日だったのに来てたからよく
覚えてるわ」
×××
頭の上に雪をのせた蓮沼。しかめ面で店員に声をかける。
「雪だるまチーズケーキはありますか」
×××
店員A「ちょっと驚いたなぁ。雪だるまチーズケーキって、去年のものだったから
……よく知ってるもんだと思った」
沙由理「叔父さんは去年も来たんじゃないんですよね」
店員A「あんなに毎度しかめ面してる人なら覚えてるわよぉ……今年はカマクラチ
ーズケーキがあると言ったら、それを食べていったわ」
沙由理、唇をとがらす。
店員A「どうしたの」
沙由理「いや、雪だるまチーズケーキが食べたかったわけじゃないんだなぁと」
店員A「そうね、あの人どこかで見たのか、ウチのことはよく知っていたけど。ど
れも微妙に古いのよ」
沙由理「ふむ……」
店員A「まあ、変な人ってことよね」
店員A、笑う。沙由理も曖昧に笑う。
シーン4
○一年前、病室
ナシを食べる沙由理。ベットの上から蓮沼美都子が見ている。
美都子「ごめんなさいねぇ、せっかく持ってきてくれたのに食べられなくて」
沙由理「……食事制限、そんなにきついんですね」
美都子「そうねぇ。しないと死んじゃうんですって……でも甘いもの一つも食べ
られないって、きついわね」
美都子、苦笑いする。直視できず、下を向く沙由理。
沙由理「……叔父さん、忙しいんですね。私おばさんのお見舞いに結構来てるけ
ど、全然見たことない」
蓮沼、せわしなく電話を取り、周りの部下達を見回している。
美都子「そうねぇ。あの人、忙しいから」
美都子、笑う。ムキになる沙由理。
沙由理「でも、お見舞い一つもしないなんて、ひどいと思う」
美都子「ああ、そうねぇ……やっぱり忙しいのよねあの人は」
沙由理「おばさん、よくそれですむなぁ。私には無理だわ……」
美都子「……長い付き合いだしねぇ。ああ、もう三十年なのね……早かったわ、
ふふ」
沙由理「叔父さんはそのことを覚えてるのかなぁ」
美都子「あら、意外と忘れないのよ、そういうとこ」
ベットの脇の棚に置かれたオルゴールを見る美都子。美都子を追いかける
ようにオルゴールを見る沙由理。
美都子を見るが、沙由理に対して美都子は何も言わない。口元は笑みを浮
かべてる。それからオルゴールを鳴らす。
美都子「ちょっとね、弱いのよねぇ……それだけが気がかりだわ」
○葬儀場
笑む美都子の遺影。参列者がぞくぞくと焼香をしている。挨拶をしている
蓮沼。参列者席から見ている沙由理。
親族A「かわいそうにねぇ。まだ五十代だったんでしょ」
親族B「子供もいないし、この後公人さんどうするのかしら」
沙由理、咳払いをする。あっと驚く親族AとB。愛想笑いをしながら沙由理
から離れていく。
沙由理(何にも知らないくせに)
○火葬場
親族が待機している。外は雨が降っている。窓を見る蓮沼。スマホを見る
沙由理。
画面には1月6日と表示されている。
親族A「公人さん、そこにいたら風邪をひくわよ」
蓮沼「ああ、いいんです……少しここにいたいんです」
親族A「あら、そう?」
蓮沼「はい……」
親族Aは蓮沼から離れる。沙由理は一部始終を見ていて、Aと入れ違いに蓮
沼に近づく。
沙由理「おばさんの好きな曲を思い出すね、こんな日は」
蓮沼「……美都子の?」
沙由理、オルゴールの曲を鼻歌で歌う。
沙由理「……暗く冷たい夜(よ)でも、いつか晴れるなら、どうか」
蓮沼「どうか……その時は、一緒に虹を見よう」
沙由理「すごいじゃん、よく覚えて……」
沙由理、息を飲む。蓮沼、涙を流すが拭いもしない。
蓮沼「雨……降り止まないな」
沙由理「うん。そうだね……」
窓の外の雨は強さが増す。
シーン5
○蓮沼の家の前
蓮沼が家に向かって歩いてくる。下を向いていたが、顔をあげる。沙由理を見つ
けて、目を見開く。
蓮沼「沙由理」
沙由理「おじさん、庭の草ぼーぼーだよ? ちょっと何とかした方がいいんじゃ
ない?」
蓮沼、沙由理から目をそらす。
蓮沼「そんなことを言うためにわざわざ家に来たのか」
沙由理、頭を横に振る。
沙由理「まさか」