第三話 旅行行くのって三回楽しめるよね
商店街の旅行代理店
現実的な旅程を提示されるも、予算を知って軽く絶望。旅行やめる?
「たのもー」
「道場破りか」
「あ、いらっしゃいませ。どうぞ」
 スーツの男性が軽く頭を下げました。
「店長に言われて来ましたー」
「あの人の言う事は話半分で聞いておかないと、損しますよ」
「」
「上崎(かみさき)です」
 上崎●は、名刺を胸ポケットに仕舞い、名刺ケースを机に置きました。
「……」
「大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、疲れてますね」
「日改めましょうか? ねえ春希」
「なんで?」
「いえいえいえ! とんでもないです」
「」
「うちの娘がお世話になってるようで……」
「え? お世話してないよ」
「あ、えーと……」
「そういう挨拶だから」
「まずはですね、コチラご記入いただけますか。簡単な質問ですので」
「はーい」
「何? ああ、予算とかね」
「りょこうはーはじめてー、人数はー二人ー、ヨサンはーいちまんー」
「お小遣いの金額じゃないよ」
「そうなの? じゃあ何円?」
「旅行に使えるお金」
「あっ分からなかったら空欄で構いませんので」
「だって」
「春希ココ、名無しの権兵衛」
「ん?」
 春希は氏名欄に「ななしのごんべ」と書きました。
「なにやってんの」
「え、名前……」
「そういうことじゃないってば」
「日程は?」
「決まってない!」
「行き先は?」
「決まってない!」
「候補は?」
「決まってない!」
「な、るほど成程。そうしたらですね……」
 上崎はタブレットを操作しました。
「どこが良いと思う?」
「無難に遊園地とかは?」
 上崎は、いくつかの観光地をピックアップしました。
「遊園地でしたらオーソドックスなのはこちらですね。ランドは で、シーは水に濡れるアトラクションが多いですね」
「もっと近場ですとこちらですね。特別な日にはコスプレして楽しめますよ」
「コスプレだって!」
「春希って、そういう趣味あったっけ?」
「楽しそうじゃん!」
「そう?」
「自分の知ってる範囲に有名なものがあるとフフンてなるよね」
「偉い人が言ってたんだよ。旅行は三回楽しめるって」
「ふーん」
「行く前と、行ってる間と、行った後の三回!」
「でしょ!」
 春希が勢いよく立ち上がると、腕がコップに当たり、中の水が溢れました。
「わっごめん大丈夫? 痛くなかった?」
 うたは冷静にティッシュを数枚取り、水の上から重ねます。
「春希さ、今コップに大丈夫? って聞いた?」
「えっそんなこと言ってた?」
「言ってた」
「……高いね」
「相場じゃない?」
「行く前から行けなくなっちゃうよ」
「なにそれ」
「だってコスプレも買わないと」
「必須じゃないから。私やんないし」
「じゃあいっかー。ねえどうやって行くの? 修学旅行みたいにバス?」
「飛行機かな」
「ヒコーキはじめて乗る!」
「車もいるか」
「飛行機に車乗せるの?」
 上崎がブブッと吹き出しました。
「す、すみま、せん……」
「いつものことなんで、笑ってやってください」
「うた変なこと言ったの?」
「春希が言ったんでしょ。車で空港まで送ってもらうんだよ」
「あーそっち!」
「そっちしかないでしょ」
「だって船は車のせてたじゃん」
「フェリーね。飛行機は載せれんわ」
「ふーん」
「春希、ちゃんと理解しとる?」
「んー話半分くらい!」
「それ間違ってるからね」
「嘘、朝ご飯くらい」
「意味分からん」
「ねこーお前はどこに行くんだー」
 春希は猫の腹を撫でました。
「ずっとここ居る子でしょ」
「あーあ、せっかく自由だった未来が決まっちゃった」
「猫は未来考えないよ」
「考えるかもしんないよ」
「春希が考えられないのに?」
「悩むことに頭使うよりもさ、楽しいことに使おうよ!」
「計画してるのが楽しいんじゃなかったの」
「このネコってなんて言うやつ?」
「知らない。ハチワレとか?」
「それ知ってる! ネコでしょ」
「……猫だね」
「ネコはアタマ良いよ」
「お賽銭でもしとけば」
「そうしよ! 猫缶買ってくる」
「金のしか食べないからね」
「分かってる」
「赤いの見つけても買ったらダメだよ」
「赤いのも好きかもよ?」
「この子食べないよ」
「食べるかもしれないじゃーん」
「ダメだからね?」
「……分かったよーもぅ」
 第四話 眠たい月曜日でも粋那くんに会えたらハッピー!
美夜、粋那さん
型にはまらなくてもいいじゃん
旅行先決まる
 美容院の待合室で、春希とうたは旅行会議をしています。
 外から中を覗き込む男がいました。磨りガラスに張り付くように、両手を眼鏡にして覗いています。
「粋那くんだ!」
「帰ってたんだ」
「こっち見てる?」
「見てる見てる」
「ひーちゃんいないね」
「本当だ」
「こんちはー」
「おかえりー!」
「おう、ただいま!」
 橘粋那(たちばな いきな)が軽く手を上げました。
「粋那くんがいっつもこーやって見るから、白夜くんがマネしてたよ」
「マジで? んじゃ新しいの考えとこかな」
「もうそろ不審者ですよ」
「そしたら庇ってくれや」
「うちやりたーい!」
「頼むで。あ、深夜さん、これお土産置いときますね」
「おーありがと! そこ置いといて」
「まだ好きなの?」
「もぉそんなんじゃないってぇ」
 春希は顔を赤くしながら身体をくねらせました。
「粋那さん見て旅行したくなってんでしょ」
「そうだけどぉー」
「一緒に行きたいって言いなよ」
「……粋那くんにはひーちゃんがいるじゃん」
「ひーちゃんは何も言わないでしょ」
「言わないけどー……」
「同じようなのが一人増えても大丈夫だって。聞いてみなよ」
「でもぉ……」
「ほい、土産」
 粋那は、春希の頭に土産袋を軽く乗せた。
「粋那くん、どこ行ったの?」
「北海道」
「あ、クッキーだ」
「またド定番ですね」
「美味いからみんな食えるっしょ。ホワイトチョコ苦手な奴いたっけ?」
「いなかったはず」
「うちホワイトチョコ好き!」
「だからコレにしたんだよ」
「粋那さんも春希好きですよね」
「うたそれまた言ってる」
「可愛い妹だからな」
「たたた食べていい?」
「おう、いっぱい食いな」
「親子丼ってさ、鶏肉と卵で親子なんだね」
「牛肉だったら他人丼」
「あ、そゆこと?」
「豆腐に醤油かけたら」
「美味しい!」
「それも親子ですね」
「親戚だろ」
「おまけに納豆ともやしと枝豆の味噌和え付けたらお盆の集まり」
「親戚が集まって」
「名前知らない人も居たりして」
「湯葉と凍み豆腐なんか、若い奴らは存在すら知らんのんじゃね」
「豆腐んトコは子沢山で」
「豆乳きな粉まで来たら法事だな」
「誰のですか」
「おからが即身仏になった」
「うちおから苦手。ポサポサしてない?」
「ポサポサって」
 粋那は肩を震わせてクスクス笑いました。
「ケサランパサランじゃねぇんだたら」
「ケサランパサラン聞いたことある! あれでしょ、ようかい!」
「妖怪か……?」
「え、違うの?」
「綿毛みたいなUMAだろ」
「おからってユーマなんだー」
「違う違う。なんでそこに飛んだ?」
「じゃあ、なんの木からできてるの?」
「木か……しいて言うなら大豆の木だな」
「うっそ、じゃあキナコも大豆のしんせき?」
「それも大豆の親戚」
「大豆ばっかりで大豆になりそう」
「それは大事だ」
「おーごとだ!」
「粋那さん、ちゃんとボケないと春希に伝わらないですよ」
「面白い話して!」
「いいぞ、今日のは新鮮なやつだ」
「北海道行ったって言っただろ? そこで面白いことが起こってな」
「おばあちゃんで、もう百歳近かったかな」
「日本語じゃねぇんだ。アイヌ語ってのらしい」
「何を言っても食い違ってな」
「なんで?」
「まず俺とその人で認識してる世界の範囲が違うんだよ」
 粋那はローテーブルに、指で円をふたつ描きました。
「このテーブルが世界の全てだとして、俺が知ってるのがこの範囲。●が知ってるのがこの範囲」
「とおいね?」
「そう。でも春希は俺と同じ言葉で喋って、同じ地元で、共通の知り合いも多いからここらへん」
「ちょっとカブってる」
「同じ物事知ってると被りが多くなる。けどピッタリ全部重なる人はおらん」
「なんで?」
「双子とか多胎児がいい例で、同じ遺伝子同じ環境で育っても、好きなものが違うだろ」
「」
「それに男女の双子だったらまず性別が違う。そこで半分以上変わってくる」
「男子か女子かで半分も変わるの?」
「男と女じゃ生活が違うだろ。トイレの仕方とかな」
「女子って全部個室だもんね」
「そこに年齢だったり、育った環境だったりが加わるとさらにズレてくる」
「」
「だから、性別も年齢も環境も何もかも違う人とは上手くコミュニケーション取れなかったんだ」
「へぇー」
「アインシュタインも言ってるだろ。『常識とは十八歳までに身に付けた偏見のコレクションである』ってさ」
「どういうこと?」
「十八歳まで何もかもが違う世界にいた人は、分かんねえ所があっても当然ってことだ」
「人間って不思議だよな」
「箱ボックスでしょ」
「それじゃただの箱だな」
「」
「儚いな」
「歯が無い?」
「」
「二階で目薬?」
「ただの目薬だな」
「馬の耳にメンボウ?」
「不幸中の幸い」
「不幸中のWi-Fi?」
「耳ぶっ壊れてんじゃないの」
「うち耳良いよ! 身体測定のやつ全部聞こえるもん」
「じゃあ脳細胞のほうだ」
「ノーさいぼうってノーしか言わんの?」
「ただの天邪鬼だな」
「イエスさいぼうは?」
「全肯定ボットか」
「校庭ロボット?」
「自動で白線引いてくれるやつな」
「あ、それね、うち一回やってみたい」
「俺やった事あるけど、夏はマジ無理だったなー」
「鳥取県のエジプトってとこにあるんでしょ?」
「お、クイズか」
「頭の中で連想ゲームしてるんですよ」
「」
「鳥取はむしろハワイが近いかな。砂丘も砂漠も無いけどな」
「羽合って無くなったらしいですよ」
「まじで?」
「でもどこ行くか決まんなくて」
「春希の行きたいとこでいいのに」
「それが決まんないの!」
「無理に行き先決めんでもいいんじゃないか」
「行き先決めて、そこに向かって行くのは楽でいいで」
「でもタスクを処理するだけの機械になったら楽しくないで」
「『楽』と『楽しい』ってのは同じで、表裏一体で、紙一重ってことだな」
「だけん、俺は無理に行き先決めんでもいいと思うな」
「決めないでどこ行くの?」
「気の向くままよ」
「それ良いじゃん! そうしようよ! ねっ」
「いいんじゃない」
「決ーまりっ! あとは、いつ行くかだね」
「まだやるの」
「やるの!」
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向き
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西宮春希がお喋りするだけ 2
初公開日: 2023年02月19日
最終更新日: 2023年05月30日
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コメント
ちょっとテスト
 エイルには珍しい現代ドラマ風かな?  湾多珠巳  様へエイルならこんな感じというかほぼテストです。…
エイル